59
いつもいつも間に合わない。大事な友人が何かに立ち向かう時、毎回自分はその隣にいない。
「グゥゥアァ!!」
「うるせえ」
頭に角を生やした大きな熊の魔物が後ろ脚で立ち上がり威嚇している。
構わず前進して前脚の横なぎをスレスレで避け、すれ違いざまに脇腹を深く抉る。即座に振り向き、四足に戻って先程とは違う種類の鳴き声を上げる魔物の背に飛び乗った。
魔物も振り落とそうと必死に暴れるが、揺れるどころじゃない足場を全く問題にせず頭側へと進み首の後ろに剣を突き立てる。最後の悪あがきも雷で封じて終わり。
しばらくして動かなくなった魔物を収納鞄に放り込んだ。
------------------------------
狩人達が大物を仕留めた時に解体に使う広場が森と村の間にある。他にもあるが大体は皆この広場を使うので、ここに居ると良く狩人達に会う。
「あれ〜セオ今日お休みでしょ?リーンのとこ行ってるのかと思ってたぁ」
「ああ」
……会話になってないんですが。スタスタと広場の隅に歩いて行くセオを思わず黙って見送った。
「あ?なんだぁありゃ。反抗期かぁ?」
「えぇー…」
反抗期。似合うような似合わないような。ラウロの言葉にものすごく微妙な気持ちになった。
今日ケネスは朝からラウロと森で特訓をしていた。仕留めた鹿の魔物を二人がかりで解体していたところにセオが森から出てきて、普通に話し掛けたらコレ。
反抗期云々はともかく機嫌悪いのなんて珍しいなと首を傾げ、視線をセオから外そうとして二度見した。
セオが収納鞄の背負袋からバカでかい一角の熊の魔物を地面に出す。口をポカンと開けて見ていると続いて大トカゲの魔物、魔物と獣の狼が数匹ずつ、猪の魔物……
「ちょ、ちょ待って。待ってセオ。これ全部一人で相手したの?怪我は?怪我してない?」
「………あ?ケネス。お前いつ来たんだよ。つーかなんだこの狼とか」
やばい。セオが壊れた。
「とりあえず怪我はねぇんだな?」
「ああ」
盛大に顔を顰めたラウロが念の為にと回復魔法をかける。森でボケっとして歩いていた事をしこたま怒られた後だ。ゲンコツももらった。
セオの記憶にあるのは大トカゲを倒した後に突っ込んできた熊を仕留めたところまで。狼なんかは襲われて無意識に返り討ちにしたものだと思われるが、全く覚えていない。
それで怪我してないとか逆に怖いとケネスにドン引きされ、ラウロには返り血すら浴びてないなんて可愛げが無いと文句を言われた。どうしろと。
「でぇ?おめーは何をそんなに考え込んでた訳」
鹿の魔物の解体を終わらせ、ケネスと二人セオが出した大量の魔物や獣の解体を手伝いながらラウロが口を開く。大方の予想はつくけどな、と内心呟きながら。
今日、弓の腕を上げたいと思い詰めた顔で訪ねてきたケネスにチラリと視線を向ける。連れ出してあれこれと口を出し無茶振りし、やっといつもの飄々とした雰囲気に戻ったと思ったら今度はこっちか。
手の掛かる弟子共だなと思いながらもそれを煩わしく思っていない自分にふと気付いた。まあ、たまには悪くない。
「……よく分からねえ」
「あぁん?」
「強くなっても間に合わなきゃ意味ねえだろ。俺はあの頃より強くなった。けど、意味ねえんだ」
おい。何か随分と重症なんだが。
呟くように話しながら解体を進めていくセオ。同じく作業しながら心配そうな視線を向けるケネスと目が合った。
(ちょっとお前これどうにかしろよ)
(えぇ、無茶言わないでよぉ)
フルフルと首を振る一番弟子に使えねぇなと舌打ちし、ケネスの前に猪と狼数匹を追加する。理不尽だと言わんばかりの視線は無視。師匠なんざ理不尽なもんだろ。
「間に合ったじゃねぇか」
意味が分からずラウロに視線を向けるが、ラウロは大トカゲの皮を剥ぐのに真剣で視線が合わない。
「坊ちゃんが生きてるうちに間に合っただろ」
「それは」
「ありゃぁ一人にしたって早々くたばんねぇよ」
そんな事分からない。不満を込めてラウロを睨むと、こちらをチラリと見て鼻で笑われた。
「二年前は土魔法で穴ぁ掘って隠れてて、今回は風魔法でてめー吹き飛ばして動き回った。どっちもそん時初めてやったんだと。そんで今ぁ短距離転移の特訓中だ」
大トカゲをひっくり返して更に続ける。
「根本的に何をしてでも帰ろうと思ってんだよ。家族と、おめぇらのとこに。そういう奴ぁしぶとい」
セオは解体作業も忘れてラウロの言葉を考えていた。
確かにそういう時にリーンが諦めるイメージは無い。相手が悪意を持ったならず者でも巨大なドラゴンでも。
おまけに短距離転移。無事に逃げる気満々だ。
あいつらしいなと笑いが込み上げ、なら次こそは一緒に戦えそうだと思った。
「だからさぁ俺らは強くなんないと。逃げてきたリーンが一息ついて、余裕で特大魔法ぶっ放せるよーに」
「ああ。もっともっと強くなんねえとな」
ケネスが拳を握って主張するのに同意する。二人は顔を見合わせて頷いた。
「うぉぉい。やぁっとその脳筋思考から引き離したっつーのに。二人に増えやがった……」
横でラウロが一人呟いている。
いや、思い詰めてねぇならとりあえずはいいか。
「おいガキ共、無茶はすんじゃねぇぞ」
素直に頷く弟子達にホントかよと笑いながら三人で解体作業を再開した。
今日中に終わんのかこれ。