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一話から十話ぐらいまで加筆修正をしています。
細かいエピソードが増えたり表現が変わったりはしますが、大きく流れが変わる事はありません。
「ぐぅぅ……ね、寝ねぇ!俺は、俺、は…………スゥ」
「あ、寝た」
「寝たな」
木に凭れて眠るジャックを見つめ頷くリーンとセオ。リーンは髪の毛が焦げたので懐かしの肩につく長さになっている。
暑いので今は結んでいるが。
場所はリーンの家の庭で、庭師のフレディが凄く困った顔でこの集団をチラチラ見ていた。
「おーっし次は俺だ。ぜってー寝ねえ!」
「いやいや次俺だし」
「お前普段からすぐ寝るじゃんかよー」
「俺だって俺!寝ない自信ある!」
「こういうのは精神的に落ち着いた俺が適任っしょ?」
俺!いや俺!と挙手しながら自分に睡眠の魔法をかけろと主張する狩人達。リーンが林組さんと呼ぶむさ苦しい男達に囲まれ遠い目をするケネス。
「俺、何してんだろ……」
その呟きもテンション高めな林組による次は俺コールにかき消され、この一分後にケネスがキレて全員昏倒させられた。
「で、どういう事なのぉ?」
死屍累々の庭でケネスが腕を組んで仁王立ちしている。リーンの家に呼ばれ、来たら男達に囲まれた。勢いに流されたが真面目に意味がわからない。
「俺にもなんかかけて…ぐっ」
寄ってきたセオを間髪入れず痺れさせる。お前もか。
蹲るセオを半眼で見下ろすケネスにリーンが拍手しながらニコニコ答えた。
「えっとね、皆で状態異常耐性のスキルを覚えよう計画」
「んん?」
状態異常耐性?……ああ。ドラゴンの咆哮か。ようやくこの騒動の原因に思い当たった。
しかし相変わらずネーミングセンス無いなと頷く。
リーンはお説教祭りの後で半月間の外出禁止を言いつけられ、庭には出ても良いが門から先には出られない。
あの日ドランには怒鳴られも叩かれもしなかった。怒られてすらいない。ただ真っ赤な目で歯を食いしばり、震える声で「村の長として言う。良くやった」と言われただけだ。
村を預かる立場とか父親としての想いとかは子供のリーンには全くわからないけど、ドランがそのセリフを言いたくて言ったんじゃない事ぐらいはわかる。それと言いたくないセリフを言わせたのが自分だという事も。
それはもう心の底からごめんなさいした。言い訳も無しだ。
結局号泣したドランにぎゅうぎゅうされた後でミリアにも泣かれ外出禁止の罰に大人しく頷いた。待ちに待った夏がようやく訪れたところだが自業自得なので仕方ない。
で、セオがリーンの家に来ていた時に丁度林組が全員で、お礼だという肉や魔石や果物を持って訪ねて来たのだ。初めて会う人達も同じテンションだった。
次こそ坊ちゃん抱えて走り回るぜと息巻く狩人達にお願いしますとニコニコ笑うリーン。咆哮の硬直どうやって防ぐんだよというセオのツッコミから最終的にスキルを習得しようという流れになった。
経緯を説明されケネスがフムフムと頷く。
「なるほどね〜。そう言えばリーンは状態異常耐性のスキル持ってたもんねぇ」
「うん。多分。教会で調べた時はレベル無しだったけど」
「でもほらぁ、攫われた時に睡眠魔法かけられて発現したんでしょ。ホントはもっと長く寝てたはずって聞いたし」
「ゲッホ、……ハァ。今回全く硬直しなかったんなら相当レベル上がってんじゃねーのか」
復活したセオが頭を振って立ち上がる。狩人達はまだ夢の中だ。フレディがチラ見してくる頻度が高い。
「んーでも、僕何もしてないんだけど」
「え?そうなの?」
首を傾げるリーンの言葉に二人とも驚く。突然鑑定を発動したり収納鞄を作ってきたりするので、状態異常耐性も何かやって上げていたんだと思っていた。
「あ」
何か思い付いた様子で後ろを振り向くリーン。
「イワーーーン」
「はい。ここにおりますよ」
家に向かって叫んだのに真横から返事が返ってきた。
突然の予期せぬ事態にセオが剣に手をかけケネスがリーンを抱えて後方に飛び退る。二人の咄嗟の反応にイワンは満足げに微笑んで頷いた。
「心臓に悪いよぉ〜」
「勘弁してくれ」
二人が冷や汗を拭うのに笑って謝っている。
ちなみにリーンはずっときょとんとしてた。イワンが予想外の場所から返事をしてくるのはいつもの事だし、まず気配とかよく分からないので予想が当たる事の方が珍しい。
「坊ちゃん、ご用は何でしょう」
そうだった。聞きたい事があって呼んだんだった。
「うん。あのね、いつものピリピリするお茶って」
「おや。お気付きになりましたか。ええ。あれは痺れ薬が入っておりますよ」
マジか。ぎょっとする二人の横で痺れ薬入りのお茶を飲まされていた本人が「そっかぁ」とウンウン頷いている。
「えぇ。どういう事なのぉ?」
ケネスから本日二度目のセリフが出た。
「二年前に攫われた時、状態異常耐性の素質があったおかげで坊ちゃんは危機を脱しました。ただきちんとスキルを育てていれば防ぐ事も出来た筈です」
「だから育てとこうってか」
「ええ。身体に悪影響の無いごく弱い痺れ薬を日常的に飲んで頂いています。旦那様のご指示で」
「二年も飲んでたら、そりゃスキルレベルも上がるよねぇ」
知らないうちにスキルを育てられていたらしい。ずっとピリピリする珍しいお茶だと思ってた。
「お父さんの、指示」
「はい。あの方は心配性ですからね。この先ずっと坊ちゃんを助けるスキルだからと」
「うん。凄く助かったよ。もしスキルが無かったらドラゴンのブレスで死んでた」
庭に転がる林組に視線を向ける。あの時の皆も一緒に死んでしまっていただろう。今日帰ってきたらお礼を言わなきゃ。
「イワンも。美味しくしてくれてありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
痺れ薬なんて物を美味しく飲ませるって凄い技術なんじゃないだろうか。リーンもキャシーも普通に好んで飲んでいた。
結局林組の狩人達は夕方まで寝こけフレディの胃が痛くなった。そしてセオとケネスも含めた全員がイワンからピリピリするお茶を買って帰る事となる。
その後マルツ村では状態異常未満のちょっと刺激的なお茶が一大ブームを巻き起こし、最終的に特産品となったとか。