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今日は林組の狩人達の狩りにお供している。
昨日村の中を歩いている時に先日の蜂祭りの時の林担当、ヒューとジャックの二人にばったり会って誘われたのだ。
ヒューは風魔法がちょっとだけ使える弓使いで、茶色の髪と瞳の若い男。肌の色はリーンと同じぐらい白い。ジャックは浅黒い肌と黒い短髪、明るい茶色の瞳でちょび髭の斧使いだ。ムキムキ。
「今日は坊ちゃんが一緒だ。この前のアピメル(蜂)の件では世話んなったし迷惑もかけちまった。おめーら、汚名返上すんぞー!」
「「「おー!」」」
基本的に狩人達はノリが良いが林組は輪をかけてノリノリらしい。迷惑は特にかけられていないが。蜂蜜いっぱいでウハウハだった記憶しか無い。
リーンはとりあえず一緒になって「おー」と拳を掲げた。
林の中を狩人達と一緒に歩く。リーンが真ん中。
森に比べると明るいし見通しも良い。足元も比較的高低差が無くて歩きやすい。
「うるぁぁぁ!奇襲なんざ生意気なんだよ!」
ただ、気を抜いて歩いていると上空から鳥の魔物の奇襲を受ける。リーンは上から一直線に降下してきた鳥が投げられた槍に串刺しになったのを見てパチクリと瞳を瞬いた。あれ。槍って投げる物だっけ。
「坊ちゃんを狙うなんざ百年はえぇ!」
「そうだそうだ!」
「てめぇなんざ美味しく丸焼きだ!」
「そうだそうだ!」
いえーい!とハイタッチする狩人達。楽しそうだ。
ちょっと考えてスっと両手を上げてみた。気付いた狩人達がわーっと皆でハイタッチしてくれて最終的に胴上げされた。
分からない。けど楽しいから良いか。
鳥はひとまず頭を落として皮袋を被せ、ひっくり返して血抜きしながら先へ進む。お昼に開けた場所で纏めて解体するらしい。
「そう言えば、ヒューさんもラウロ師匠の弟子なの?」
ヒューが持つ小型の弓を見ながら聞いてみる。
「んえぇ?あれは俺には無理無理。俺ぁ風を操って矢を飛ばすけど、走り回る猪の目射抜くとか。無理無理」
「ありゃもう人間じゃあねぇ」
顔と手をブンブン振って無理だと言うヒューと、しみじみ言葉を発するジャックに頷く周囲。
どうやら師匠は人間じゃなかったようだ。
「えっと。じゃあウォードさん」
「あれも、人間じゃあねぇ」
真剣にリーンの目を見て言い聞かせるジャック。頷く周囲。
それはちょっと分かる。昔体高4メートルのハピス(牛)の突進を真正面から涼しい顔で受け止めていた。
コクリと頷くリーンに頷き返すジャック。何か分からないけど通じ合えた気がした。
木が途切れてポッカリと出来た日当たりの良い広場に着いた。林組の狩人達がいつも休憩に使う場所だそうだ。
途中で拾ってきた枯れ枝に火をつけ焚き火を作り、周囲で獲物の解体が始まる。あの後更に二度鳥の魔物に襲われ返り討ちにしたのと、ヒューが仕留めた兎。
ヒューは風を操り矢を飛ばすと言っていたが、かなり遠距離にいる獲物に矢を命中させていた。普通ならとてもあんな遠くまで飛ばないし飛んだとしても威力などほとんど無くなる。本人は謙遜するが素直に凄いと思う。
いつも森で狩人達にするように穴を掘ってバケツを水で満たすと大喜びしてくれた。ハイタッチにはたくさんの種類があるのだと学んだ。奥が深い。
皆が解体してる間にリーンはスープ作り。野菜をいくつか収納鞄から出して刻み干し肉をちぎって入れる。自作の調味料で味を整え、後は野菜に火が通れば簡単美味しいスープが出来上がる。
出来栄えに頷いているとワイワイ聞こえていた周囲の声が突然ピタリと止んだ。
不思議に思って顔を上げると、正面の木の根本に赤い大きなトカゲ。じっとこちらを見ている。
「おいおいおいおい、冗談きついぞ」
ジャックの酷く焦ったような声が聞こえる。あのトカゲ強いんだろうか。鑑定してみる。
イグニスドラゴンの幼体(火)
「え」
ドラゴン。トカゲじゃないらしい。
周囲を見ると皆ジャックと同じように顔を引き攣らせてドラゴンの子供を凝視している。きょとんとしているリーンに気付いたジャックが教えてくれた。
「翼が生えるまで子供は親と共にいるもんだ。なんでこんなとこに居るんかは知らねぇが、親が捜しに来る」
「親」
「あぁ。その親が問題だ。多分子供捜すのにここら一帯焼き払われるだろうなぁ」
「え」
そんな迷惑な。パチクリと瞬くリーンにドラゴンとはそういう生き物だから仕方ないとため息が返された。
とにかくあの子供を出来るだけ村から遠くにやりたい。でも子供を抱えて運んでる最中に親が来たら親の怒りに触れて死ぬ。という事らしい。
「仕方ねぇ。ジャンケンで負けた奴二人な」
「よっし。今度こそ勝つ!」
「でもさ〜蜂ん時は結局負けた方が美味しかったじゃん」
「それな」
再度ワイワイし出す狩人達。
割と命に関わると思うんだけど、ジャンケン?とリーンが首を傾げる。
そしてふと視線をずらすと体高1メートル、体長4メートルぐらいの赤い大きなトカゲがすぐ傍まで来ていた。目が合うとビクッとするトカゲ。いや子供ドラゴン。
じっと見てるとそろーっと後ろを向いて逃げようとする。
「あ。もしかして、お腹空いてるの?」
リーンの言葉に振り返る。チラッとリーンを見て鍋を見てまたリーンを見る子供。
「スープ?」
パアッと目を輝かせる子供。どうやら言葉が通じるようだ。
「うーん。じゃあスープあげるから、キミのお父さん?お母さん?にこの辺焼かないようにお願いしてくれる?」
リーンが火から鍋を下ろして言うと任せろと言わんばかりに頷き「ピャー」と鳴いた。鳴き声可愛い。
熱いけど平気?別の器に入れようか?と聞いたが首を振るので、熱々の鍋を子供ドラゴンの前に置いた。顔を突っ込んで食べている。火の属性持ちだから平気なのだろうか。
ほのぼのしている背後であいこを繰り返し未だ決着のつかない林組の狩人達。
燃え盛る炎を纏った災害そのものと言われる魔物が我が子の元に辿り着くまで、もう間もなく。