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キャシーと手を繋いで食堂に行き、皆でご飯を食べた後 "おとうさん" から土下座する勢いで謝られた。え。なんで。
困惑するリーンに "おとうさん" はお母さんとの約束を守らなかったと聞かされた。そのせいでお母さんはとても困ったんだそうだ。
お母さんが大変な苦労をしたのもお母さんが死んでしまったのも、リーンが大変な目にあったのも全部自分が悪いのだと言っていた。が、正直よく分からない。
「おかあさんは、いつもたのしそうにわらってた。ボクもたのしかったし、みんなやさしいよ。たいへんじゃない」
フルフルと首を振り、いつも子供みたいにはしゃいで笑い転げていた母親の姿を思い浮かべる。
大変な苦労って何だろう。
もちろん何かしらの苦労があるのは子供ながらに解ってはいるが。先程申告されたような悲壮感漂うものでは無い。
「おかあさんがしんだのは、びょうき、で。おくすりものんだけど、ケインさんも、クロイラばあちゃんもおくすりのんだけど…ダメだったから。……しょうがないの」
小さな両手をギュッと握って主張する。しょうがない。自分に何度も言い聞かせた言葉だ。
別に目の前の男を慰めようという優しさでは無い。ただ誤解があるようなので、事実を伝えているだけだ。
「そう。マリーさんはとても素敵なお母様だったのね」
"おくさま" がリーンと目線を合わせて微笑む。
コクリと頷くリーンに、続けて「お父さんに怒っている?」と聞かれる。今度はフルフルと首を振る。
「じゃあ仲良くなれそう?」と聞かれたので、わからないと答えた。だって苦悩していた姿を眺め一方的に謝罪されただけで会話もちゃんとしていない。
ドランは床にめり込みそうになり、ミリアはその背に手を添えながら困ったように笑った。
「仕方ないわね。だって、今日から始まったのだし」
ミリアはドランの背に添えた左手をそのままに、右手をリーンの小さな肩に置いた。
「リーン君……リーン。今日から私があなたのもう一人のお母さんで、お父さんと妹のキャシーと弟のオズと、リーンの五人で家族になって暮らしていくの」
リーンはパチクリと大きな瞳を瞬かせ、急に家族がいっぱいになったなと思った。
伯父さんの家に居た時は伯父さんの家族と自分、だった。他人行儀だったという訳では無いが、元々別の家庭だと認識していた後で認識を変えるのは難しい。
リーンはここでもそうだと思っていたので驚いたのだ。
「皆で暮らすのだから、皆で仲良くしていた方が楽しいでしょう?」
リーンに異存は無い。コクリと頷く。
「嫌な事を全部我慢するっていう意味じゃないのよ。いくつかは我慢も必要だけど、本当にどうしても嫌なら嫌だと言っていいし怒ってケンカしてもいいわ」
ケンカ、良いのか。びっくりしてまたパチクリと瞬いた。
「リーンはお母さんと一度もケンカしなかった?」
割とよくケンカした。
カエルを頭に乗せたリーンが可愛いという謎の主張をされ、カエルをたくさん家に持って帰ってきた時はしばらく口をきかなかった。
「ケンカ、した」
コクリと頷く。
でしょう?とミリアが微笑む。ミリアが思っているケンカとはパターンが違うが、問題は無い。
「家族ってそういうものでしょう?これから少しずつ仲良くなっていきましょう」
リーンの肩にあった手が頭に移動し、ミリアの肩に頭を誘導されるような形で緩く抱きしめられた。
ドランもソロソロと体を起こし、口をギュッと引き結ぶとリーンの肩に手を回してミリアごと抱きしめる。
「ずるい!キャシーもぉぉぉぉぉぉ!」
どこからか叫ぶ声と、バタバタという騒がしい足音が聞こえ、次いでドーン!という衝撃が背中に飛び込んできた。
ちょっとウッとなった。背中にはキャラキャラという明るい笑い声と温かな温度が張り付いている。
「もう!キャシーったら」
ミリアが苦笑しながらちびっ子二人の頭を一緒に撫で、ドランはどこか痛くしなかったかと慌ててリーンに聞いてくる。
リーンもキャシーにつられて何だか楽しくなって、ふふふっと笑い声をあげた。
何故か悲しくないのに涙が出そうになってしまって、不思議な色の瞳をパチパチと何度も瞬いた。