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朝晩も暖かくなってきて、キャシーの居ない生活にも少しずつ慣れて来た。
リーンは今日はお勉強の日。勉強の日は色々ある。ミリアに難しい言葉の読み書きや算術を教えてもらったり、ドランが村の仕事をするのを眺めていたり、クレアに一般常識や礼儀作法を教わったり。
今日はイワンが先生。イワンはなんでも知っている。魔法やスキルの種類や使い方も植物や動物、魔物についても教えてくれるのでリーンにとっては一番楽しい授業だ。
「では今日は付与を頑張ってみましょうか」
「うん」
付与は以前から何度も試しているが一度も成功していない。
とは言え、以前は魔力自体が低すぎたので仕方ない。何度も試してみる事が大事だと言われてリーンも納得している。
「この布に氷属性を付与してみましょう。じきに暑くなるので、冷たい布があったら気持ちがいいですよ」
イワンが手に持った布を差し出すのを頷いて受け取る。
氷はあまり得意じゃない。頑張ろう。
リーンは水と風と土の魔法は得意だ。呼吸するように自在に操れる。攻撃魔法以外は。回復は二人が怪我をしないのであんまり使う機会が無いが、先日屋根の修理中に落下した村人の骨折を綺麗に治した。これも得意と言っていいだろう。
だがそれ以外はあまり。発動まで時間がかかるし集中しないと失敗する。
気合いを入れて布を手に集中し始めた。
(氷、氷。ひんやり冷たいやつ)
体を巡る魔力を冷たい氷属性に変換して手のひらから出す。途端にパキン!という音と共に膝の上に一抱えもある氷が出現した。布は氷の中だ。パチクリと瞳を瞬いている間にイワンによってサッと氷が回収され部屋の隅に置かれた桶の中に移動される。
そして差し出される布。
「坊ちゃん、今日は布に氷属性を付与してみましょう」
無かった事になったらしい。
リテイク六度目。ちょっと集中が切れてきた。イワンはそれを察してオヤツの手配をする。
付与が使えるようになったらたくさん入る魔法の鞄も作れるだろうか。空間魔法の収納が使えないからまだ無理かな。異空間がどうのこうのと言われるよりは荷物がいっぱい入る鞄の方がイメージしやすいんだけど。
魔法の鞄があったら薬草の群生地があっても平気だし先日のように美味しいお肉をむざむざ捨てる事にもならない。
欲しい。よし。とりあえず付与、頑張ろう。
気合いを入れ直したところでイワンに肩を揺すられた。
「ぼ、坊ちゃん。これは……」
イワンの視線を追って手に持った布を見ると何か黒いモヤが渦巻いている。え。なにこれ。
魔法の鞄では無く魔法の布が出来てしまった。
布の表面に収納魔法がくっついていても困るので、布にハサミを入れて付与を散らす。
再度今度は鞄で挑戦。あっさり出来た。
感動とか、努力とかこう……まあいいか。いい物が出来たのだし。喜ぼう。
お昼を食べて、収納魔法を付与した鞄を二つ自分の肩掛け鞄に入れてニコニコ家を出る。いつもの二人の分だ。
セオは今日は狩りに出ている。ケネスの所から行こう。
村の中をてくてく歩きたまに村人達とすれ違って挨拶をし手を振る。リーンは半年前に村内のひとり歩きと大人が居ない場所での魔法の使用、そして三人での村周辺の散策を許可された。というかもぎ取った。
過保護気味なドランが出した条件はマジなイワンを鬼にした庭での鬼ごっこ。一人で一時間逃げきれたら勝ち。
この条件が伝えられた時その場に居た全員が無茶だと思った。一生ひとり歩きさせないつもりかもしれない。同情の視線が集まる中わかったと神妙に頷くリーン。手抜きしたら給料半額と伝えられるイワン。
結果は、といえば。
イワンが十数えている間に「よいしょ」と見えない階段を登っていくリーン。数え終わった時には遥か上空の空気の足場でしゃがんでニコニコ下を見下ろしていた。
もちろん勝った。
そんな訳でリーンはお勉強の時間以外は自由なのだ。
普段は狩人達に同行したり畑仕事を手伝ってみたり、村の子供達に交じって籠を編む仕事をしたりしている。予定が合えば三人で秘密基地だ。
夏になったら水遊びもしたいし、大きな氷を出して山ほど氷菓子を食べるのもいい。冬は冬でそれなりに遊んだけれど家に籠る日も多かった。きっとこれからの季節の方が楽しい事が多いだろう。
夏の計画を思い浮かべてニマニマしながらケネスの家が担当する畑へと歩いていった。
「おや坊ちゃんこんにちは」
「お手伝いかい?」
「「「雨、あーめ!ふらせて〜!」」」
大人達がニコニコと声をかけてくるのに交じって子供達の雨コール。土の状態をチラリと見ると乾いて白っぽくなっている。そういえばここ数日晴れだ。
「雨」
リーンが呟き顔の横で人差し指をくるりくるりと回す。指の動きに合わせて水滴が降り注ぐ範囲がグングンと広がり、視界に映る範囲全てに雨を降らせるとあちこちから歓声が上がった。
霧雨のような細かい水滴をしばらく降らせ、農民達が全員軒下や木の下に避難したのを確認してザアッと強くしてから止める。大きな虹がかかったのに再び歓声が上がった。
「リーンありがと〜助かったぁ」
大人からも子供からも笑顔でお礼を言われ手を振って答えているとケネスが走って来た。
日照りという程では無いが今日あたり一度水を撒かないといけないなと話をしていたらしい。子供達はそれが面倒で雨コールをしてたのだ。
確かにここ全部に撒ける程の水を汲んで来るのは大変な作業だろう。いいタイミングだった。
「ふふ。どういたしまして」
「お陰で今日は作業終わりだって〜。何か用事だった?」
「うん。あのね……」
肩掛け鞄から付与した鞄を取り出そうとして止まる。
「リーン?」
「今日もう終わりなら一緒にセオ迎えに行こう」
どうせなら二人一緒にびっくりさせよう。
ニマニマ笑うリーンを不思議そうに見ながらケネスが承諾する。何か分からないけど嬉しそうだし。
「じゃあ一応弓取ってから行こうか」
「うん」
そうして二人は連れ立って歩き出す。今日はどんな獲物を仕留めたんだろうか。