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「っおい」
「リーン!」
森の奥の目的地に向かって歩いている最中。
前を歩いていたセオが突然振り返りケネスがリーンの方に大きく踏み込む。リーンは力を抜いて軽く両手を上げ抵抗しませんのポーズ。
ケネスの左腕がリーンの腹に回って持ち上げられ、そのまま後ろ向きに二歩分運ばれる。その直後にリーンの目の前を大きな何かがドドドと通り過ぎすぐにギィィ!!と短い断末魔、そしてドォォンという音が聞こえた。
足をブラーンとさせたままセオが居た方に視線を向けると長剣に雷を纏わせたセオの少し先に大きな……頭がどっかいってるので分からないが多分猪が倒れている。
あ、頭あっちにあった。猪だ。
「えぇ……。一撃でアレの首飛ばすのぉ?」
うんうん頷いているとトンと地面に降ろされ後ろからボヤく声が聞こえた。
「ケネス、ありがとう」
「どーいたしまして〜」
そう言えばケネスも自分を片手で持ち上げられるようになってしまったのか。ちょっと微妙な気持ちになりながらセオの方に歩き出す。
倒した猪は背中の毛が銀色で針のように尖っている。立ち上る魔力も感じるし獣では無くスノウボアという猪型の魔物だったらしい。美味しいやつだ。
魔物は自然に出来る魔力の淀みから生まれるものと、その周辺で生きる獣が淀みの影響を受けて魔物になるものの二種類いる。そしてどちらも繁殖して数を増やし土地に定着していく。淀みから生まれる種は食べられないものが多くて獣が魔物になった種は美味しいものが多い。
「こんなでけえのここで手に入れてもな」
「帰りだったら良かったのにねぇ」
「でも、お肉」
リーンの一言とじっとお肉を見つめる視線でとりあえず解体する事に決まった。持てる分は持っていこう。
二人がかりで木に吊るされ血抜きされる猪。すぐに血抜きしなければ美味しくなくなる。
「じゃあ僕は葉っぱ採ってくるね」
猪の真下に穴を一つ掘って、上を指さし二人に告げた。巨木の上の方に絡まっている蔦植物の葉っぱは狩人達が肉を包むのに良く使うやつだ。
「おう。落ちんなよ」
「あぁ〜待って待って。びよん達〜!リーンが落ちたら助けて!」
途端に各色びよんがワラワラ出てくる。出てきた位置が悪かったためナイフと縄を持ったセオに対峙するような配置になり、びよん達がギョッとしているのに笑った。
ケネスが「違うから。アレと戦えなんて言わないから」と首を振ると、なんだよもうみたいな雰囲気でリーンの方にびよんびよん移動してくる。
セオがなんとも言えないような顔をしているのに再度笑いが込み上げた。
「ふふ。落ちたらキャッチしてね」
びよん達にはリーンが木登りに挑戦して失敗した時に見事キャッチした実績がある。
「だから落ちんなって」
「気を付けるんだよ〜」
二人に片手を上げて答え足を斜め上へと踏み出した。
蔦があるのは大分上の方だ。見えない階段を登るようにしてどんどん上へと上がる。風魔法で空気を圧縮して固定し足場を作っているのだが、これが出来て何故攻撃魔法が上手く出来ないのか。周囲は割と本気で首を傾げている。
「よいしょ」
大きな葉を持つ蔦植物の目の前まで来た。丁寧に絡まる蔦を外して巻き取っていく。この葉は食べ物を腐りにくくする効果がある上に無味無臭。肉や魚を包むのに最適だ。それに蔦もそれを縛るのに使える。便利。
高所に育つのが難点だけど、ラウロなんかはヒョイヒョイ木を登って採ってくる。
再度空気の足場を踏んで戻ると吊るされていた猪はもうお肉の塊になっていた。さすが解体スキル持ち二人。
「うーん。やっぱり多いねぇ〜」
「肉は持てねえのは捨てるしか無えな」
スノウボアから得られるのは美味しいお肉と牙と魔石。毛皮は硬くて使えない。剣を弾いてしまうような毛皮なので、上手くしたら防具にでもなるのかもしれないけど。
セオは比較的柔らかい顎下から剣を入れ首をはね飛ばした。狙う箇所としては正しいが普通はそこに傷を入れて出血で弱るのを待つ。ケネスが絶句していた理由だ。
「収納の魔法使えたらなぁ」
「あの意味分からねえやつか」
「空間魔法は全部意味分かんないよぉ〜」
空間魔法で魔力により異次元に収納用の空間を作り出し、そこに色々な物をしまっておく事が出来る。らしい。
リーンは空間魔法の移動系は使えるが収納は未だ使えない。そこに自分だけが干渉出来る別次元の空間があると仮定して実体化しそれを固定するとか言われても。
勿体ないが残りを泣く泣く諦め先へと進んだ。
本日の目的地、森の奥にある岩場に到着した。
森の中にそれなりに広い木の無い空間が唐突に現れる。ここは以前見つけた三人の秘密でもない秘密基地で、魔法の練習なんかもここでしている。
リーンが竜巻を起こしても火柱を上げても問題ない。
「着いたー」
「お腹すいたよぉ。肉焼こう肉」
「屋根付いてんな」
セオが見ているのはリーンが土魔法で作った竈。以前来た時には無かった屋根が設置されていて薪代わりの木の枝が竈の横に積んである。
「ほんとだ。誰だろ。師匠かな」
嬉しそうにリーンが笑う。
狩人達はこの場所が三人の秘密基地なのを把握しており、休憩に立ち寄ったり面白がって手を加えたりしている。
秘密じゃない秘密基地だ。
「リーン〜お腹すいたぁぁ〜」
「はーい。じゃあお肉焼こうか」
くすくす笑って竈に枝を入れ火魔法で火をつける。ケネスは肉の準備、セオは奥の倉庫に入って行った。
あれもリーンが土魔法で作ったただ壁と天井があるだけの四角い建物だ。中で薬草を乾燥させていたり薬缶や鍋、制作中の矢がたくさん入っているだけなので扉も無い。
お昼用に持って来たパンを出して、来る途中に採った香草や山菜をチェック。お昼を食べたら魔法の練習を頑張ろう。今日こそ適切な規模の魔法で攻撃出来るように。
二人と一緒にお昼を作りながら決意を新たにした。
結果、岩山を一つ吹き飛ばし倉庫の奥に滝と池が出来てびよん達が大はしゃぎ。ケネスが遠くを見ていた。セオは最初からこんな景色だったと言い切った。