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結局、キャシーは六歳になったら作法などを学ぶためにリュクスの街に行く事になった。リュクスでは隠居したドランの両親が侯爵に贈られた家で暮らしているので、そちらに住む事になる。
ドランの父親が向こうで事業をやってそれなりに暮らしているので余裕もある筈だ。
宿に帰る馬車の中でドランはリーンを膝に乗せてギュウギュウ抱き締めながら六歳だなんて早過ぎる、いやでも遅くなれば苦労するのはキャシーだし、とブツブツ呟いている。
何故キャシーじゃなくリーンなのかと言えばキャシーに拒否されたからだ。鬱陶しかったらしい。拒否されて絶望の表情のドランにイワンがスっとリーンを差し出した。その結果がコレだ。
ほぼ聞き流している言葉の中にリーンは私の自慢の息子なんだ、というような言葉も入る。そう言えばお父さんが侯爵に怒っているとヴィオが言っていた。
イワンをチラリと見ると苦笑して頷かれる。身代わりという訳でもなかったらしい。ならまあ仕方ないか、と諦めて宿に着くまでドランの精神安定剤の役目を全うした。
「う〜わ〜。お姫様侯爵家にお嫁に行くの?え、大丈夫なの?なんて言うかほら」
「向いてねえんじゃねえか?」
「ちょっとセオ、もっとさぁ言い方……」
あぁ。ホッとする。
戻って来てからいつもの五割増しニコニコしているリーンに流石に違和感を覚え、二人が顔を見合わせる。
「リーン?大丈夫?疲れた?」
「なんかあったのか」
「おじいちゃんにおわびされて、王子様オーラあびた。あと魚がパクパクしてた」
全く分からないが疲れたらしい。脳みそが働いていない。
「寝ろ。飯になったら起こすから」
脇腹を掴まれてひょいとベッドに運ばれた。ケネスが毛布をかけてくれてセオが靴を脱がせてくれる。王様みたいだとふふふと笑ってお礼を言う。
「起きたらとっくん、きかせてね」
半分夢の中に入りながら言うと頭ポンポンで返事をされた。
「おじいちゃんって侯爵様だよねぇ?お詫びって。何されてのお詫びなんだろ」
ケネスがいつもとは全く性質の異なる笑みを浮かべる。
「さあな。けど、こいつは婚外子ってやつだろ」
逆にセオは無表情だ。いつもの眉間のシワすら無い。
そして部屋に近づく足音がひとつ。ノックも無く扉が開き呆れたような声が響いた。
「おいアホガキ共。威圧しまえ。つーかまぁたスキル増えてんのか?ケネスお前威圧無かったよなぁ」
先程までケネスに弓の指導をしていたラウロだ。午後に戻って来て弓なら俺だろとケネスの担当を引き受けた。
ズカズカと部屋に入り、リーンが寝ている事に気付いてピタリと止まる。そこから足音を全くさせずに二人の座るソファまで歩いて来た。
「坊ちゃん寝てんのか。あの威圧の中でグッスリ?相変わらずだぁな」
声を潜めてくつくつ笑う。
「で、おめぇらは何キレてんの」
「ほーん。まあどんな対応されたかは想像つくがなぁ」
二人の空気がまた尖り出すのに若いねぇとボヤいて続ける。
「坊ちゃんは気にもしてねーだろ。あなたは別室にどうぞっつわれたところでニコニコして頷くし、面と向かってなんか言われたとしても聞いちゃいねー」
悪口言われてるなぁおめめパチパチで終わりだろ?と言ってまたくつくつ笑う。
その言葉に二人揃ってため息を吐く。多分正しい。想像もつく。分かってはいるけれど。
「俺らが嫌なの〜」
ケネスが不貞腐れて言う。セオも横を向いて同じく不貞腐れている。
「んじゃーいい事教えてやんよ。コウシャクサマが何したんかは知らねぇが、孫がコテンパンにやり込めたらしいぜ?嬢ちゃんの未来の旦那」
「王子様オーラの奴か」
「なんだそりゃ」
「知らないけど。リーンが王子様オーラ浴びたんだって」
「ははっ全然分っかんねーな」
楽しそうに笑ってベッドに視線を向ける。
「で、その孫が坊ちゃんに嫌われたくねーから嬢ちゃん一生大事にするって誓ったとかなんとか」
「意味が分かんねえよ」
「だろ?俺も分かんねぇ」
揃って微妙な顔をしたら、おめぇらがブチ切れてっから途中で出て来たんだろがと言われて何も言えなくなった。
「とにかく、坊ちゃんはなんも気にしちゃいねーし、現当主のジジイやり込めるようないーい性格で権力持ったガキ味方にして帰って来たっつー事だ」
褒めてやれよと笑ってラウロは部屋を出て行った。
「こいつこそなんか変なオーラでも出してんじゃねえの」
「ほんと。変な人に好かれるよねぇ」
くすくす笑うケネスにお前それ自分も含まれてんぞと呆れた目を向ける。もちろんセオもケネスも含まれている。
「…早くでかくなりてえな」
「……そうだねぇ」
子供じゃなくて、冒険者としてパーティを組んでいたら一緒に行ける。意地の悪い貴族様のお屋敷だろうが危険なダンジョンだろうが。
今の自分達はそれぞれの親の付属品だ。
「腕を磨いてさぁ」
「あ?」
「強くなって、お貴族様に何言われても鼻で笑ってやる」
「ああ」
「リーンにもセオにも酷い態度なんか取らせないから」
「…………」
俺もかよ。ケネスが決意に燃えている様子を珍しくきょとんと見る。次いで温かな何かと一緒に込み上げる笑い。
「アホ。威圧すんのは俺の担当。お前はポヤポヤの横で腹抱えて笑ってろ」
「残念でしたぁ〜何か知らないけど、俺も威圧覚えたっぽいもんねー」
「俺とお前で威圧して、後ろで一人首傾げてポカンとしてんのか?絵面酷くねえ?」
「…………」
こうしてギールの街での最終日はいつも通りに過ぎていった。
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翌朝見送りに来たシルヴィオを見て、二人とラウロは納得した。確かに。なんかキラキラオーラが出てる。
先程婚約者への贈り物だという荷物が馬車に運び込まれた。布や小物のようだ。宿に来たのはシルヴィオと荷物を抱えた使用人達で「おじい様は遠慮してもらったよ」らしい。
出発前に煩わせる気は無いと言われ、ドラン親子以外は普通に荷物を積んだり馬車や馬の準備をしている。
そしてそれも、もう間もなく終わる。
「リーン。君もそのうちリュクスへおいで。キャシーが来るまでに面倒なのは処分しておくから」
キラッキラ爽やかに恐ろしい事を言ってるが、この人を敵に回してる時点で遅かれ早かれ処分されるだろう。リーンは気にしない事にした。
「うん。ヴィオも元気でね。まだ先だけど、キャシーをお願いします」
「ヴィオさま、さようなら!」
「数々のお気遣いに感謝致します」
馬車から声がかかる。
「旅の無事を祈るよ。またいずれ会おう」
そこから行きと同じ日数をかけての帰り道。巨大牛をビリビリさせたりリーンが攫われかけたりびよんが増えたり、また色々とありながらも全員無事に村へと帰り着く。
楽しく過ごして様々な事を学び、そして子供達それぞれの人生を決めた旅が終わった。
幼児期終了となります。
ここまでお付き合い下さってありがとうございました。
帰り道のあれやこれやはそのうち思い出話で。
次は少年期。あんまり変わらないですが、ちょっとだけ大きくなって逞しく(?)成長していきます。
お好みに合いましたら、引き続きどうぞよろしくお願い致します。