39
不可解だと盛大に主張するリーンの表情にシルヴィオの笑みが深まった。
「彼女を納得させてその場だけでも頷かせる事は出来るよ。でも君が許さないだろう?ああ大人達はダメだよ。君の父上は君を排除しようとしたおじい様にお怒りだ。君が思うよりずっとね」
そもそも他所の家庭に口を出そうなどと傲慢が過ぎる。おじい様も耄碌したのかな?と爽やかに言う。
キラキラ王子様フェイスで爽やかに毒を吐くシルヴィオにリーンが目を瞬く。
「シルヴィオ様、は」
「ヴィオで良いよ。公の場じゃ無ければ敬称も要らない」
「ヴィオ、はスキルが欲しいの?」
「あったら助かるだろうけど。あれはスキルの保持者が周囲を思いやる気持ちが形になったようなもので、それに頼るようなものではないと思う」
「じゃあ、どうして」
「僕は君と友人になりたいんだ」
「ボク?」
益々分からない。何故自分と友達になりたくてキャシーを嫁に貰おうとするのか。
「さっきも言ったけど、今回断ってもいずれ我が一族に彼女のスキルが知られて一族の誰も彼もが君達にちょっかいをかけ始める。残念ながら、強引な事をしそうな人物に心当たりもある」
それは、面倒そうだ。ターナー家では現状権力には全く太刀打ち出来ない。だからここに来たのだし。
「それなら僕にしておかない?っていう提案。この先起こるだろうゴタゴタで嫌われるよりも君の味方でいる方が楽しそうだし。彼女はとても愛らしいと思う。お嫁に来てくれるなら大切にすると約束するよ」
じっとキラキラ輝く淡い碧眼を見上げる。嘘は無い。
「キャシーは、大人しく座ってほほえんでいるような、お上品なふじんにはならないと思う」
「ふふ。そうだね。好奇心いっぱいの瞳もクルクルと変わる表情も彼女の魅力だと思うよ。見たい物を見せて、やりたい事をさせよう。そのうち彼女を喜ばせるのが僕の生きがいになる。そして君がたまにそれを見に来るんだ。なかなか良い未来だと思わない?」
どうも本気で言っているようだ。
彼はまだ十歳の子供だが次期当主としての教育を受け、更に元々とても聡明なのだろう。それに多分、敵には容赦無く懐に入れたものにはとことん甘いタイプだ。
これは。大事な妹の旦那さんにこれ以上の人物など居ないのでは。今現在本人よりもその兄への興味が勝っているのはどうかと思うが。
それでも、彼が語った未来が容易に想像出来る。
チラリとキャシーを見ると当然だが全く分かっていない。きょとんとしている妹に笑いかけた。
「キャシー、ヴィオがキャシーが大きくなったらお家に来てほしいって。どう?」
「おうち……りゅくす?おはなのおうち!」
覚えていたようだ。余程気になっていたのだろう。
「そうだよ。良く知っているね」
くすくすと笑ってキャシーの前に跪き、どこから出したのか白い可憐な花を差し出す。
「生涯貴方の笑顔を守り、貴方の望みを叶えるために努力すると誓います。だからどうか、僕のお嫁さんになってくれませんか」
完璧だ。
キャシーの手をそっと離し三歩下がった。後方のイワンと目を合わせてウンウン頷き合う。
絵本の王子様が目の前で跪き求婚したのだ。これで喜ばなかったら乙女じゃない。キャシーもステキステキと両手を組んで大はしゃぎしている。
背景で魚達がパクパクしているのは記憶から削除しよう。
まあ、キャシーは確実に分かってはいないけど。
だが早急に後ろ盾を得なければならない状況だし、彼は自分が口にした言葉を違えないだろう。最強の盾が彼女を大事にすると約束したのだから上々、いや最上だ。
その後シルヴィオとキャシーが手を繋ぎリーンがシルヴィオの横に居る、という状態で部屋に戻った三人にドランが問いかけるような視線を向ける。
「キャシーは、ヴィオさまのおよめさんになる!」
愛娘の宣言に白目を剥いて気絶するんじゃないかと思ったが、意外にも冷静に頷きリーンへと視線を向けた。
「リーン。君は、それを良しとしたのかい?」
「うん。ヴィオは、絶対にキャシーを大事にする」
「そうか」
ふうと息を吐き天井を見上げた後で侯爵に向き直る。
「閣下。先程は一度白紙にして頂きたいと申し上げましたが。状況が変わったようです」
侯爵が逆に狼狽える。
「それは、歓迎するが。……君はそれで良いのか?」
「ええ。息子の人を見る目は確かです。彼が言うのなら、これが最上なのでしょう」
苦笑して立ち上がり、リーンの頭をサラリと撫でる。
そしてシルヴィオが前に出てドランと視線を合わせた。
「おじ様。キャシー嬢には先程伝えましたが、彼女の望みを叶え笑顔を守るために生涯尽力すると誓います。お認め頂けますか?」
「貴方がそこまでする理由を聞いても?」
まさか一目惚れとかそういうものでは無いだろう。
「リーンに嫌われたくないので」
爽やかキラキラオーラ全開の笑顔で答えるシルヴィオに意味が分からな過ぎて真顔になるドラン。
ちょっと失礼と笑顔で告げてリーンをヒョイと抱き上げイワンの腕を掴んで庭園へと出る。不敬だが今更だ。
結局庭園であった会話を全て説明しドランも納得した。これを断ったら一族の波状攻撃が来るとかやめて欲しい。
「キャシーをかわいいと思っているのは本当だし、スキルめあての人達よりずっといいと思う。ヴィオつよいし」
「そうだね。アレは、強い。それに……」
彼女の望みを叶えるのが自分の生きがいになる、とは。本当に十歳なんだろうか。
苦笑するドランに不思議そうな瞳が見上げてくる。何でもないよと笑いご苦労様だったねと頭を撫でる。
さて、お兄ちゃんが頑張って良い縁を掴んだのだから、ここからはお父さんが頑張りますか。
詳細や今後の事を侯爵と話し合うために部屋へと足を向ける。先程まで自身の胸の内にあった嫌な感情はいつの間にか綺麗さっぱり消え去っていた。