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「木のコップ、小さい布、大きい布、大きい布、綺麗な布、薄い布…」
「布ばっかじゃねえか」
「ぶふっ」
見える物を呟いていたらセオが文句を言いケネスが吹き出した。前から思ってたけど、ケネスの吹き出すタイミングがよく分からない。
「この辺は布多いね。綺麗だけど、よく分からない」
「だーねぇ。さっき服屋で散々見たし」
「布持って帰ってもな」
「セオのお母さんは喜ぶんじゃないの〜?」
「使い所が無えだろ。鍋買ってこいって親父に頼んでた」
見送りの際にちょっと会っただけだが、セオの母親はふわふわしたイメージを裏切り実用的な土産を頼んでいた。
そうなるとやっぱり村で作れない金物がいいんだろうか、などと話しながら露店の隙間を歩いて行く。
「あ」
「ん?なんかあったぁ?」
リーンが目を止めたのは蓋に木彫りの細かな装飾がされた小さな小物入れ。あれ、凄く見覚えがある。
両側のセオとケネスがそちらに方向を変え連れて行ってくれる。目の前まで来て手に取って眺めてみた。
やっぱり。使われている木の材質も掘られた模様も、良く知っている人が昔作っていた物に似てる。蓋を外してその裏側を見ると控えめに入っている作り手の印。それにも見覚えがあった。
「なかなかいい出来だろう?そいつは3000ルクだよ」
暇そうにしていた商人が立ち上がりニコニコと愛想の良い顔で近寄って来た。3000ルク。大銅貨三枚だ。
どうしようか。欲しいけれど結構高い。残りでお土産買えるかな。
「えぇ〜これで3000は無いよぉ。あっちでもっと良い細工のがもっと安かったよ。あっちに行こう」
迷っているとケネスがリーンを促し移動しようとする。その言動に何か違和感が。あれ?
「ちょっと待ってくれよ。うぅーん。そうだな、せっかく気に入ってくれたんだし特別に2500ルクにまけとくから」
「無い無い。あっちのは1500ルクでもっと良い品だったし。これなら1000ぐらいじゃない?」
「1000だって!?バカ言うなそんなんじゃ……」
「だから向こう行くって言ってるでしょぉ?ほら、リーン行こう」
「ま、待った!じゃあ……1300だ!これ以上は無いぞ!」
ボケっとしている間に半額以下になってた。ケネスが素知らぬ顔でリーンの方を向いて尋ねる。
「1300だって。どうする〜?」
「……買います」
違和感を感じた理由に遅れて気付いた。ケネスは誰かが気に入った物があったら、それが例え無価値に思えても否定的な言葉を口にしない。
リーンが土の中から拾った石に大喜びしていた時もニコニコ見てた。最初から値切るつもりだったのか。
「ケネス、ありがとう」
「ふふ。どういたしまして〜」
「お前……すげえな」
セオはちょっと引いてる。
後ろの二人には高評価のようだ。にこやかに頷いている。
「でもそれ、そんなに気に入ったの?」
ケネスが不思議そうに聞いてくる。
どの村にも何人かは蔦を編んだり木を彫ったりが人より得意なのがいるものだ。マルツ村にもいる。そういう人達が作った物が行商人や村の雑貨屋に売られ、そしてそれらが街に運ばれて売られる。
リーンが持っている小物入れはそういった類いの物だと思われ、職人技とはとても言えない。良く出来てはいるが特別な物ではないのだ。
「うん。お母さん…マリーお母さんが作ったやつ」
ほら、これが印と蓋を外して二人に裏側を見せる。
「…………」
「…………」
なんだろう。何か潰れた猫みたいな何かが小さく彫ってある。コメントしづらい。
「あれ?でもリーンのお母さんってお針子してたんじゃなかったっけ〜?」
「うん。お針子はあきたんだって」
「…………」
「…………」
飽きた。セオとケネスが視線を交わす。
「それで、村に帰ってから木彫りにめざめたって」
「…………」
「…………」
目覚めちゃったんだ。再びセオとケネスが視線を交わす。
そして後ろでドランが微妙な顔をしている。そう言えばそんな人だった。
「あー…多才だったんだなお前のお袋」
「うん。これはふつうだから、最初の頃のやつだと思う。病にかかる前は王都から商人が買いに来てたよ」
「えぇそれ凄い。才能あったんだねぇ」
「ふふ。うん。家には一つも残ってなかったから嬉しい」
ありがとうともう一度ケネスにお礼を言う。
王都から商人が買って行ったのは普通じゃないらしい。セオの脳内では潰れた猫が全面に押し出されたデザインの小箱が乱舞している。……売れるのか?
満足して再び歩き出そうとしたが、そう言えばさっきからキャシーの声を聞いていないと気付く。寝ちゃったかな?
チラリと後ろを見るとモゴモゴとドランの腕から抜け出そうと蠢いている小さな塊が見えた。お尻と背中しか見えない。
「お姫様も何か気になったのがあった〜?」
「キャシーね、おにんぎょう!」
リーンの視線に気付いたケネスがキャシーに声をかけ、それにパッと笑顔で振り向き答える。お人形を見つけて脱出しようとしてたらしい。
「じゃ次はそっち行くか」
「そうしよぉ。俺の妹の土産もなんかあるかな〜」
可愛らしい妹の主張とあっさり進む方向を変えてくれる友人達に笑みが零れる。
キャシーの気に入る物があるといいな。
ニコニコした二人と不機嫌そうで不機嫌じゃない一人はまた仲良く歩き出す。