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その頃出掛けたドランはメイソン侯爵家の屋敷に居た。
侯爵家の当主エドアルドが半年に一度の公開裁判の為にギールの街に来ており、丁度ドラン達が宿屋を出て教会に行くところをエドアルドの侍従が見ていたらしい。後からそれを聞いた侯爵が「時間があったら顔を見せにおいで」と宿に伝言を残させたのだ。
用が有っても無くても日時を指定して呼びつけるのが当たり前の高位貴族だが、なんとも寛大な伝言だ。もちろんこの待遇は余程気に入った人物か身内相手に限定されるが。
「早速訪ねて来てくれるとは。嬉しいね」
「いえ。私も閣下にお時間を頂ければと思っておりました」
ドランの言葉に、珍しく何か相談事があるようだと気付いたエドアルドがブランデーを一口含み頷く。
「それは、君が連れていたという子供達に関わる事かな」
「はい。息子と娘、それと村の子供を二人伴って来ております」
「……息子?」
確か息子は産まれたばかりではなかっただろうか。そう視線で問いかける。
「はい。その…結婚前に。母親が亡くなったために引き取りました」
「なんと」
「…お恥ずかしい話です。ですが、あの子はとてもいい子で。私の所に来てくれて良かったと思っています」
「なるほど。まあ上手くいっているのなら良かった」
さて、どこから話したものか。出鼻をくじいてしまったが。
今回、当然侯爵の予定に合わせてギールの街に来ている。心配した通りに相談しなければならなくなったぞと頭を抱えたところにあの伝言だったのだ。
もう少しキャシーのスキルについて調べてから来るべきだったか。いやしかし……
「子供達を連れて教会に行って来たのかい?」
悩んでいると侯爵から願ってもない質問が。
「え、ええ。実は、そこで少々困った事がありまして」
「……ふむ。もしや『芽吹き』かな?」
「………は」
ドランは目を見開き口をパクパク開閉している。その様子を見てエドアルドはいたずらが成功したかのように笑った。
「はははっ驚かせたか。歳をとると意地が悪くなるんだ。すまないね。しかし……そうか。君の所に出たのか」
「……は…い、娘に。あの、まさかあのスキルは」
「そう。メイソン家の血筋で稀に出てくるんだ。前回は私の祖父だった」
唖然とするドランにブランデーを継ぎ足す。
「そうだね。先ずあのスキルについて説明しようか」
「…ええ。お願いします」
スキル名は『芽吹き』その名の通り様々なものの芽吹きを助ける。
1.植物の種
一日につき自身の片手で握り込める量、大きさの種に影響を与え発芽を助ける。育つ事が出来る環境に置かれると即座に発芽する。影響を与えるには手で触れ、芽吹くよう念じる必要がある。
2.命
人に限らず周囲で赤子が産まれるのを助ける。『芽吹き』を持つ人物が暮らす街や村は出生率が明らかに他より高くなるが、お産で死亡する母子が全く居なくなる訳では無い。あくまで助ける程度という事だろう。
3.能力
周囲の人間のスキル習得を助ける。スキルを育てるにはそのスキルに関わる経験を積む必要があるが、その経験値のようなものに僅かに補正がつく。但しこの能力の影響を受けるのはLv1未満のスキルに限る。
更にこのスキルの影響を受け習熟率20%を超えたLv1未満のスキルが教会で調べた際に表示される。
このスキルの影響を受けている間にLv1にまで育てた場合は問題ないが、育つ前に影響下から脱した場合受けていた補正は消える。
ドランは話を聞き思わず唸りそうになった。3のみを重視していたが、2も充分やばい。そこに居るだけで出生率が高まるスキルなど領地を持つ者としては是非とも欲しいだろう。
「これらは長年かけて、高レベルの鑑定持ちや『芽吹き』スキル持ちの本人とその周囲で調べた結果なんだ」
「はい。お教え頂けた事に感謝致します。まさか…これほどのものだとは」
ここまで親切に教えてくれるという事は……キャシーを養女にと言われるだろうか。あのスキルはメイソン家のスキルらしいし、その本元に迎えられるのが一番安心なのは理解している。だが。
「そしてね、三番のスキル習得の恩恵を受けるには実は条件があるんだ」
「条件、ですか?」
子供達はその条件を満たしていたという事か?
「そう。条件は『芽吹き』スキルの所持者の近くに居る事。距離が離れると影響下から外れる」
ああ。まあそれは。ドランが頷く。
「それと『芽吹き』スキルの所持者に好かれている事」
「………はい?」
くすくすと可笑しそうに笑う侯爵を唖然として見る。揶揄われたのか?
「いいや。揶揄っていないよ」
ドランの心の声に返答がある。
「面白いだろう?嫌われてしまうと恩恵を受けられないんだ。あとね、過去に我が一族自体を嫌っていた『芽吹き』の所持者がいたが彼女は出生率の恩恵も齎さなかった」
だから、と続ける。
「私も一族の他の者も、君の娘に嫌われるような事はしない。自分の首を締める事を知っているからね。約束するよ」
嫌われずに守る方法を考えよう、と言う侯爵にドランはもう頭が上がらない。本当にこの方が領主で、親戚で良かった。
嫌われたら恩恵を受けられないと言っても相手は幼子だ。言いくるめるなり一芝居打つなり、やりようはいくらでもあるというのに。
「ありがとうございます。本当に……」
「良いんだよ。で、その方法なんだけどね。私としてはお嫁に来てもらうのが一番かなと思うんだ」
………誰の。
ドランが笑顔で固まった。