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「これは……。坊ちゃん、とても素晴らしい素質ですよ」
イワンは呆然と呟き、無意識に懐からハンカチを出して、リーンに差し出しセオに受け取られた。
普通、相性のいい属性を選び魔法適正があったとしても、一度の試みで成功する事など無い。諦めずに何度も何度も繰り返し、徐々に慣れてコツを掴んでいくものだ。
ひとつ頷き眉間にシワを寄せたセオが、受け取ったハンカチで丁寧に顔や髪を拭っていく。
「良かったじゃねえか。魔法。すげーな」
大人しく拭かれていたリーンはようやく自分が魔法を使えた事に思い当たり「うん」と笑顔を浮かべた。
「まほう!!すごいの!すごい!おみず!!」
キャシーはもう、訳が分からないぐらいに大興奮だ。
一行はテクテクと、当初の予定通り農地に向かう。
イワンは「すぐに戻ってお父様にご報告しましょう」と言ったのだが、まだ帰って来てないと思うと言われ報告は先送りにされた。
実際、大物の鹿が二頭も獲れたので、それを買い取り各所に振り分ける手配で忙しくしている。イワンもそれに思い当たったのだ。
目的地の農地が見えてきた。広大な範囲に規則正しく背の高い緑色の植物が並んでいる。…………麦だ。
「ね!おやさい!」
ここまで案内してきたキャシーが得意げに胸を張る。
セオとイワンは農地に行くとしか聞いてなかったので、ここで「ん?」となった。
「すごいね。ひろいねぇ」
妹に甘い兄はニコリと笑って、植えられている物の種類には言及しない。野菜も麦も同じ植物だし。
「じゃあ、やくそくだから、とおくからみてよう」
端の方に生えている大きな樹の木陰を指さす。
野菜畑の、芽が出てからの手入れなどを見たかったんだけど。まあいいか、とご機嫌な妹にぐいぐい引っ張られる手を握り返した。
イワンがミリアからバスケットを預かっていて、中には焼き菓子が入っていた。木陰でそれを広げると最早ただのピクニックだ。
そしてそこで、衝撃の事実が明かされることに。
「セオが……ろくさい………」
リーンは瞳をまん丸にしてセオの顔を見つめる。セオはこいつ目ポロッと落ちるんじゃねーかな。とちょっと心配になった。
リーンは自分の腕をチラリと見た。細くて白くてちょっとプニプニしている。セオの腕をチラリと見た。細身だが明らかに筋肉がついていて、浅黒く強そうだ。
リーンは自分のシャツを捲ってじーっと見た。薄くて白くてちょっとプニプニしている。セオのシャツをガバリと捲ってじーっと見た。「おい」うっすら腹筋が割れている。ペチペチ叩く。硬い。
「おいって。ヤメロ」
いつも通りの眉間のシワだが、ものすごく嫌そうな顔でガシッと顔面を掴まれた。そのままグイグイ押される。
「……………」
おかしい。どう考えても一年後の自分はあんなじゃない。
難しい顔をして小さな腕を組んで、体ごと首を傾げる。
「坊ちゃん、その、坊ちゃんは魔法が使えるんですし、小さくても大丈夫ですよ。強いんです」
リーンは、魔法が使える体格のいいクマをじっと見つめた。目を逸らされた。
「お前、その顔で逞しかったらこえーよ」
先程の暴挙により、ちょっと離れた位置に移動した肉食獣が悪口(?)を言ってくる。かお……??
腕を組んで傾きながら口をへの字にするリーン。向かい側で目をそらすイワン。ちょっと離れた所でリーンの動きを警戒するセオ。リーンの横でニコニコと焼き菓子を頬張るキャシー。
「あれぇー?何して…………え?何してんの?なにこれどういう状況??」
通りがかったケネスは、非常に珍しいことに真顔だった。
「きんにく、が、たりないみたいなんだけど。どうしたらいいとおもう?」
「うぅ〜ん?ちょっと…わかんないかなぁ」
出会い頭のカオスの原因これかよ。
セオとイワンがソワソワしているのを横目に見る。
「でもさぁ、リーン。ムキムキになったら、お姫様に怖がられちゃうかもだけど。いいの〜?」
その言葉にハッとしてキャシーの方を見た後、ゆっくりとケネスと目を合わせフルフルと首を振る。
「ボク、きんにく、やめる」
解決した。
イワンに無言で焼き菓子をいくつか包んで渡され、セオと握手を交わし、にこやかに去って行くケネス。
出来る男はやはり違う。
今日の一番の出来事と言えば間違いなく、リーンに魔法適正があり簡単に水魔法を発動させてしまった事だ。
だと言うのに今日の思い出が全て筋肉で塗り潰されてしまった。イワンですらドランへ報告をするのを翌日の朝まで忘れていた。
それが原因、とも言い切れないが、翌朝ちょっとした騒動が起きる。