いつも、いつまでも
『またきっと、あえるよね・・・』
9歳で亡くなった姉が残した言葉。
それは今でも、彼女の胸に反響する。
一人の少女が、ランドセルを背負って歩いている。
彼女の名前は星田 桃花、小学2年生。
実は、2歳の時に、当時9歳だった姉を亡くしている。
「優希にはね、お姉ちゃんがいたのよ。優希の名前は、お姉ちゃんがつけたの。
このノート、読んでみなさい。」
そう言って、母から手渡された6冊のノート。
「あおぞら学級 ほしだ あかり」
「あおぞら学級 星田 あかり」
「あおぞら学級 星田 朱里」
表紙には、そう、書かれている。
桃花は自室へ戻り、ベッドの上でそのノートをそっと開いた。まずは1冊目。
1+4=
2+6=
といった整った字の後に、まだまだ覚束ない字で、5、8と書かれている。
そういった計算問題やひらがなの続くページを1ページづつ読んでいくと、ふいに赤の色鉛筆で書かれた、やけに目立つページがある。
桃花はそれを読んでいく。その瞳は見る見るうちに驚きに見開かれていった。
「いもうとがうまれたよ 2ねん ほし田あかり
3がつ27にちに、いもうとが生まれました。
おなまえは、わたしがつけたかった、ももかというなまえです。
ももの花が、きれいにさいていたので、ももっていう字を、おかあさんにおしえてもらって、「か」は、学きゅうでならった、花という字です。
わたしは、いもうとのなまえを、とても気にいりました。これから、たくさんよんであげたいです。」
そうだよ、もっともっと、呼んでほしかったよ・・・。
ねえ、おねえちゃん・・・。
桃花は、机の上の写真立てを手に取る。
日が傾いた海岸。もうじき夕暮れだろうか、水平線の向こうはほんのり朱く染まっている。
奥には、「城ヶ崎海岸総合病院 小児病棟」
というプレートがある。きっと姉の入院していた病院だろう。
その海岸で、ふたつに髪を結んでいる朱里が妹である桃花を抱きしめていた。
その景色を、不思議と彼女は、覚えていた。
穏やかな風が吹き、かすかに香る、潮風の香り。
外に歩いて出るのは危ないからと、車いすに乗った姉は、よちよちと歩く桃花を呼び寄せて、膝の上に座らせていた。
海岸で遊ぶ桃花を、みつめていた姉は。
突然歩いて、ここまでかけっこ、と、桃花を走らせて。
朱里は、飛びついてきた桃花を、ぎゅっと、抱きしめたのだった。
急に潮風が吹きつけ、風の音が二人を包む。
そっと、聞きとれるか聞き取れないかの小さな声で、朱里が云った、その言葉。
もう、6年も昔になるというのに。
不思議と、朱里の声で、桃花の胸に響いてくる。
そう。
魔法がかった、その言葉。
子役をしていたときに、朱里が言った、その言葉のように。
「どんな役でもやりたいし、わたしはできると思う。」
・・・わたしはできると思う。
この言葉は、いつでも桃花を応援してくれる。
くじけそうになった時も。
泣きたくなった時も。
負けそうになった時も。
そうして。
あの写真の中の。
「またきっと、あえるよね。だいじょうぶ。いつでもわたしは・・・、あかりは、ももかのそばにいるよ。」
今私は、姉と同じ、子役をしている。
撮影前は、いつも必ず思い出す。
「私はできると思う。」
そう。きっと、わたしはできる。
そして。
「あかりは、ももかのそばにいるよ。」
いまも。一緒だよね、おねえちゃん。
「桃花ちゃーん。時間だよ!」
「・・・はーい!」
いつも、いつまでも。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
あ、そうそう。
作中の、朱里ちゃんの。
「どんな役でも〜」は、吉田里琴ちゃんが云った言葉です。引用しました↓
http://itopix.jp/2007_01/riko_yoshida/index.shtml