第十二話 恐狼
「トーマ」
「ああ、わかっとる」
「何かしら、何か来る……?」
モトカも何かしらの能力で危険を感じ取っているようだ。
如何せん相手のスピードが速い。
逃げるべきか、迎撃するべきか。
「相手は十匹以上、エネルギーは大きくないですけど明らかにこっちに向かって来てますね。しかもかなりのスピードで。どうしますか?」
「そうね、その数とスピードならたぶん銀狼ね。逃げきれないことはないけどスキルの[嗅覚]があるからどこまでも追ってくることもあるわ。めんどうだし私たちなら迎撃した方が早いわ。いいわね?」
「はい……そうしましょう」
「ああ、ええで」
お互いに邪魔にならないように間隔をあけて並び立ち迎え撃つ体制を取った。
「それで、銀狼とやらは弱点とかあるんですか?」
「賢くて集団で狩をしてるのが特徴ね。スピードがかなり速くてか攻撃が当たりにくいわ。それに毛皮がかなり厄介で生半可な魔法や斬撃は通さない。でも力熊に傷を入れられるあなた達なら問題ないわよ。これと言って弱点はないけどあえて言うなら攻撃が噛みつきと引っ掻きだけだから急所さえ気を付ければ怖くないわ」
スピードと防御に特化していて攻撃力は集団の連携でカバーするタイプか。
厄介だけど俺達の敵ではないかな。
賢いなら俺たちに攻撃仕掛けてこないでほしいな、もう。
「おい、やられたで」
「え、なにが――」
――やられた! 反対側からも十以上来てる。
くそ、思っているよりもかなり賢いみたいだな。
「おかしいわね、ここまで賢い銀狼なんて聞いたことがないわ。群れのボスが相当強いのかもしれないわね。もしかしたら祖狼がいるのかも。でも全然問題ないわ。祖狼がいたら私が奥の手を使うからあなた達は銀狼をやってちょうだい」
「ああ」
「はい、わかりました。トーマはそっちを頼む。俺は後から来たこっちの群れをやる」
「ああ、腕がなるで」
緊張からかトーマは薄っすら笑いながら刀を構えていた。
銀狼が目前に迫り、モトカが魔法を使った。
「アースウォール」
俺達を囲むように土の壁が出来上がり川側を背にして一ヶ所だけ空いた状態になっている。
「おお、これなら挟み撃ちを無効にできますね。さすがです」
群れをそれぞれ迎え撃とうとしたがさすがに無策すぎたな。
やっぱり冒険者としての経験値が全然ちがう。
これなら相手も連携を取りずらいし狭い入口から一匹ずつしか入ってこれないだろう。
「あまり高い壁にしてないから上からも来るかもしれないわ。あたしは上から来る銀狼と祖狼を警戒しておくわ」
「はい、トーマ、入ってきた奴から交互に倒していこう」
「ああ」
銀狼を交互に倒していく。
たまに上から飛び込んでくる銀狼をモトカがハンマーで打ち返す。
集団で来られたらかなり厄介だったけど個々の強さは今まで倒してきた魔物の中でもかなり弱い。
トーマが九匹目を倒したところで次は俺の番なのに眼前を刀身が横切りトーマが銀狼を切りつけた。
「おい、俺の番だろ。危ないじゃん」
「ああ? うるさいわ。黙っとけ。ワイが全部やるから下がっとれや」
「勝手なことすんなよ。どうしたんだよ」
「もっともっと切る。もっともっと血を吸わせるんや」
「おい、どうした。しっかりしろよ」
やばい、まただ。
やっぱりだ、あの刀は妖刀なんだ。
抑えが効かなくなってきてる。
だけど今は止めに入ることができない。
くそ、様子をみるしかないか。
「ちょっとあんた、何してんの! ちょっとそれもしかして妖刀じゃないの! どこでそんな――」
――ドゴーン!!!
モトカが動揺して集中を切らした瞬間だった。
川側の壁が一瞬で破壊されて銀狼の数倍はあろう馬鹿でかい狼が現れた。
アースウォールを粉々に破壊してその勢いのままモトカに爪を立てて薙ぎ倒す。
何が起こったのか動揺してしまい一瞬固まってしまったが地面に叩きつけられたモトカを見た瞬間に[瞬身]でモトカを抱きかかえて[瞬身]で木の上に離脱した。
トーマも正気を取り戻したのか一拍遅れて[瞬身]で隣の木の上に離脱してきた。
モトカの腕は千切れかかりあばらの骨が見えるぐらい抉られていた。
普通なら意識を失うどころか即死してもおかしくない。
「とにかく逃げるぞ」
「……ああ」
すぐさまファイヤーボールを馬鹿でかい狼に放ったが全く効いていない。
[敏捷]と[瞬身]をフルに使ってその場を離れる。
ギリギリ意識を保っているモトカに負担がかからないように全力で駆けた。
「大丈夫ですか?」
「これが大丈夫にみえるかしら。でもたぶん内臓は傷つけられていないから何とか生きてるわね……」
見た目よりは重症じゃないって事か?
だがどう見てもやばい、あまり喋らせない方がよさそうだ。
「とにかく逃げた方がよさそうですね。あれが、祖狼ですか……? 全然次元が違う」
「ち、違うわ……。あれはたぶん恐狼……。並みの斬撃や魔法なんて全く効かないわ。あなた達じゃ手も足も出ないわ。何してるの、早くあたしを置いて逃げなさい……。」
「いや、あなたを抱えていてもおそらくスピードはそんなに落ちないと思います。」
「そう言う問題じゃないわ。このままどこに逃げるつもり? 奴らは私の血を辿って何所までも追いかけてくるわ。街まで恐狼が来たら最悪街は壊滅よ。最低でも住民に被害が出る。だからあたしを置いてバラバラに逃げなさい」
「そんな……」
後ろを振り返ると付かず離れず恐狼付いてきている。
しかも足場のないところを蹴るように駆け、あたかも空を歩くように向かってくる。
そしてその後ろを銀狼十匹位が走って付いてきている。
くそ、こっちが少しでも減速すればすぐに追いつかれてしまう。
このまま逃げ回ってもモトカが持たない、街に助けを求めることもできない。
「モトカさん、魔法で何とか回復できないんですか?」
「無理ね。生命維持で精いっぱい。下級魔法一回すら使えないわ。あと三十分持てばいい方ね。だからわかったでしょ? あたしを置いて逃げるしかないのよ」
「……ちなみに街に行けば治りますか?」
「ええ、聖教会に行けば回復魔法を使える者がいるわ。ギルドにも運が良ければそこそこ腕のたつ回復魔法の使える人がいるかもしれないわね。でもこのまま街に逃げるくらいならここで今自分で死ぬわ。街を見つけたらギルドに行ってすぐに恐狼が出たと報告しなさい。街にはA級の冒険者しかいないけど防衛位はできるはず。その間にきっとS級の冒険者か王国の騎士団を呼んでくれるわ。だから私を置いて行くのよ」
「いや大丈夫です。なんとかします」
俺が囮になって恐狼を引き付けてその間にモトカを街に届けてもらう。
そして俺がスキルを駆使して応援が来るのを耐えればいいんだ。
それしかない。
「トーマ、ちょっとモトカが重くて辛いから持つの変わってくんねぇ?見た目よか重たいんだよね」
「……」
「ちょっと何言ってんのよ……」
トーマが急に立ち止まり刀を抜いた。
「おい、なにしてんだよ。早く逃げるぞ」
「ああ、勝手逃げたらええ。ワイはまだ斬りたりんのや。もっと血をすわせなあかん」
「こんな時に何言ってんだよ。状況考えろよ馬鹿が――」
――トーマがいきなり俺の腕に斬りかかってきた。
「どいつもこいつも斬ったる。さっさと行かんとお前もふっ殺すぞ」
やばい、完全に正気を失っているのか?
ダイアウルフもすでに目前に迫っている。
もうだめだ、重症のモトカを連れて恐狼と銀狼十匹とは戦えない。
「くそ、ほんとに置いて行くからな! モトカを街まで届けたらすぐに戻ってくる。それまで何とかしのいどけ」
「ああ? 戻ってきてももう全部ぶっ殺した後やけどな。いいからさっさといけやユージ」
俺は振り返らずに全力でその場を後にした。