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手に手に銃を

作者: 和泉直人

趣味に全振りガンアクション。

用語や銃の動作は『解る人だけ解ってくれればいいや』くらいの投げっぱなしです。

  上弦の月を、足の速い雲がこすっていく。

  いたずらに隠され、現され、辺りの明るさは不安定だ。


  バンッ!


  銃口(マズル)が火を吹いた。

  同時に空っぽの薬莢が、排莢口(エジェクションポート)から吐き出される。

  撃ち出された弾丸は、三十メートルほど先のコンクリートの壁に着弾。

  すり鉢状の傷を穿った。


  ちぃぃん・・・


  妙に澄んだ音と共に、空薬莢がアスファルトの地面へ落ちる。

  その底部に刻印された文字は『380AUTO』。

 .380ACP、9mmクルツなどと呼ばれる実包(カートリッジ)だ。


  ガン!


  着弾した方向から、応える様な銃火(マズルファイア)

  比較して、太く重い銃声。

  撃ち出された弾丸は、先に撃った射手の頭上のコンクリートの壁に着弾し・・・貫通とまではいかないが、深く食い込んだ。


  きぃぃん・・・


  こちらも吐き出された空薬莢だが、音が先程の物よりやや大きい。

  底部には『40S&W』と刻印されている。

  .40S&W、10mmショートなどと呼ばれる実包(カートリッジ)


  「おっと。威力がだいぶ違うな」


  先手の射手が建物の陰に入り込んで、ため息混じりに呟く。

  幼さすら感じられる、トップテノールの男声。

  影に溶け込み視認しにくいが、体格も小柄。

  恐らく百六十センチメートル程か。


  「ずいぶん可愛い弾をお使いね!」


  9mmクルツを撃ち込まれた壁の向こうから、張り上げたメゾソプラノの女声。

  こちらは成熟した、どこか妖艶さが感じられる大人の声だ。


  「心配するな! お前さんをぶち抜くには充分だ!」


  銃弾を撃ち交わしたとは思えない、緊迫感の無い口調で、だが張り上げた男声が返す。

  彼の手にはベレッタ84FSと名づけられた拳銃が握られている。

  体格相応に小さめの手でもしっかり保持でき、コントロールも容易な中型拳銃に分類される。

  スライド上部に大きな切り欠きがあり、銃身(バレル)を露出させているのと、先細りの優美なシルエットが特徴だ。


  「男って生き物は皆『大きさ』にこだわるものだと思ってましたわ!」


  言葉こそ丁寧なれど、明らかに嘲る内容がまた返ってくる。

  壁の影に溶ける女性の身体は、かなり大柄な部類に入る。

  窮屈そうに片膝を着き、背を丸めているが、恐らく百八十センチメートルに届くだろう。

  その手に在る拳銃はH&K P30L。

  全体的に角ばっていながらも、衣服などへの引っ掛かりを防ぐために要所を削ったシルエットを持つ。

  大型拳銃に分類され、9mmクルツ弾の倍以上のエネルギーを持つ.40S&W弾仕様である。

  奇しくも両者が持つ拳銃の、一つの弾倉(マガジン)当たりの弾数は同じ十三発。


  「はっは!今夜はその偏見ごと撃ち抜いてやる、よっ!」


  言うが早いか、地を蹴るが早いか、彼は飛び出した。

  建物の暗い影から、道路にたちこめる仄暗い闇へと。

  同時に、


  バン!バン!


  女が遮蔽物(カバー)にしている低い壁方向に二発撃ち込む。

  彼が斜向かいの建物へ到達するまでの、時間稼ぎを目的とした牽制だ。


  「!」


  壁の端をかすめた弾丸が削った欠片が、女の髪に降りかかる。


  「ああ!もう!髪が汚れますわ!」


  その怒声は、


  ガン!ガン!ガン!


  と三度響いた.40S&Wの咆哮にかき消された。

  身体は出さず、壁の上に拳銃を持つ肘から先だけを出した射撃だが、確実に男の足音を追尾していた。


  「あぶねっ!」


  一瞬前に己が蹴った地点が火花と共に弾けるのを尻目に、男は目指した建物の影に入った。


  「勘が良いな、お嬢さん!」


  コンマ数秒の差で爪先がえぐられたかもしれないのに、男の口調は軽い。


  「そんなにバタバタ足音を立てては、夜這いもできませんわよ!」


  女も女で軽口を返し、


  ガン!


  銃撃も返した。

  男の隠れた建物の、顔の高さの角が砕け、えぐれる。


  「!」


  弾丸も破片も当たらなかったが、男は思わずのけぞる。

  女の正確な音と位置の探知能力に、緊張の汗がにじむ。


  こっ!かっ!


  奇妙な音を、男の耳は捉えた。

  それが女の移動音で、移動先が同じ建物の向こう側だとすぐに理解した。


  「もしかしてハイヒールかい?」


  男は鋭く硬い、あの音を聞いて悟る。


  「ええ、淑女の嗜みですわ」


  当然の様に答える女。

  二人はもう声を張り上げない。

  その必要が無いほどに、距離は縮まっていた。

  しかし十数メートルの距離を二歩で縮めた女の機動力は、かなり高いと言わざるを得ない。


  「そりゃあダンスするにはもってこいだな」


  男は軽口を叩きつつも、地形を確認する。

  建物と建物の間に居る。

  その隙間は一メートル程だ。


  「あら、お付き合いいただけますの?・・・一弾倉(マガジン)分ほど」


  くすっと笑いを帯びた、だが男の背筋に寒気が走るに充分な威圧感を持つ女の声。


  「なに。一弾倉(マガジン)もあればお前さんを夢中にさせてやれるさ」


  男はそんな寒気も、武者震いに感じた。

  この女は素晴らしく巧く、強いだろう。

  ・・・おもしれぇ。


  「おやまあ。可愛らしい身長にしては、ずいぶんと粋な物言いですわね」


  女は男の余裕が奇妙に思えた。

  根拠の無い軽薄な自信か、経験からの重厚な自信か、量りかねている。


  「ん?『大きさにこだわる』のは、男って生き物だってのがお前さんの持論じゃないのか?」


  この期に及んで揚げ足まで取ってくる。

  この男・・・面白い!

  女の目が影の中で、ギラリと輝いた。


  「・・・」


  「・・・」


  昂る二人は、心中と真逆に息を潜めた。

  数拍。

  男は左足で背面の壁を蹴った。

  その勢いで、前面の壁に右足を強く叩きつける。

  次に反動で右脚に貯まったエネルギーを、斜め上、少し道路側にベクトルを調整し、跳んだ。

  建物の反対側へ、彼女の方へ。

  女は腰を落とし、地を這う蛇の様に音も無く影を出る。

  薄闇でなお爛々と輝く視線が絡み合う、刹那。


  ババガバガン!


  絡み合って一塊になった銃声。

  男は空中で、女は地面すれすれで、身をよじり、首をかしげ、互いの射線を外しながら引き金(トリガー)を数回()()()

  銃火(マズルファイア)に照らされ、闇に浮かんだ表情は、二人とも愉悦の笑みだ。

  わずか数メートルの距離で撃ち合って、クリーンヒットは無し。

  男が着地したと同時に、二人は相手に銃口を向け合う。

  もう銃を持つ互いの手が触れてしまいそうだ。

  と、


  かちゃ・・・


  小さな金属音が二人の間、拳銃と拳銃の間で鳴った。

  男が自らの拳銃を、九十度傾けた。

  しかもH&K P30Lの撃鉄(ハンマー)と、ベレッタ84FSの撃鉄(ハンマー)が絡み合う形で。


  「これでどっちも撃てない」


  「撃鉄(ハンマー)露出型の弱点ね」


  二人の見解はすぐに一致した。

  拳銃に限らず、実包は薬莢に詰めた火薬に点火する際に、雷菅(プライマー)に衝撃を加えて爆発させなければ弾丸を撃ち出す事ができない。

  二人の銃に共通するのは、銃本体後端でコック(引き起こ)された撃鉄(ハンマー)がこの()()()()()という機構だ。

  つまりこうして互いの撃鉄が邪魔になってしまうと、引き金を引いたところで発射は不可能になる。


  「それで、この状態でどうしようとおっしゃるの?」


  冷静、というより呆れ半分の女の声。


  「そりゃあ『手』を取り合ったら、『踊る』しかないだろ?」


  男がおどけて返した時、急に雲が途切れた。

  月の光が二人を照らす。


  「あら。坊やかと思ったら、意外に素敵なお顔ね」


  女は眼を見張る。

  男は身長こそ低いものの、その顔立ちは麗しい。

  くっきりとした二重瞼に、長い白色のまつげが生えた眼。

  印象的な深いサファイアブルーの瞳。

  すっきりと通った鼻筋。

  唇はやや薄いが、理想的なサイズの赤みの強い唇。

  頭髪もまつげと同じく白色だが、月光の下ではプラチナブロンドに写る。


  「お前さんこそ、美しいな。素晴らしい」


  男は臆面もなく、女に賛辞を贈る。

  腰の辺りまで届く、ストレートの艶やかな黒髪。

  切れ長で、大きめの眼。

  頭髪と同じ漆黒のまつげが、縁取る。

  瞳は深紅で、抗いがたい惹き付けられる感覚を覚える。

  左目の目尻側に泣きぼくろが一つ。

  通った鼻筋の、高い鼻。

  ふっくらとした唇は薄く紅が引かれて、艶めいている。

  その肢体は・・・半袖の濃紺色のチャイナドレスに包まれているが、服の上からでも充分に伝わる肉感的な凹凸を持つ。


  「そんなストレートに誉められると、恥ずかしいですわ」


  などと女は頬を染めて伏せ眼がちになり、しなを作る。

  と、


  かっ!


  男の左足付近に女のピンヒールが突き立つ。

  それは恐ろしいことに、アスファルトに穴を穿っている。


  「照れ隠しにしては鋭すぎないか?」


  男はそんな速く鋭く危険な前蹴りを、左足を引く事で避けていた。


  「ただのステップですわよ。まだ、これから」


  女の唇が妖艶に、凶悪な弧を描く。

  腰をひねりざま右脚で、男の左膝へローキック。

  アスファルトに穴を穿つ脚力、直撃すれば膝関節が破壊されかねない。

  が、男は右前へ進み出た。

  互いの銃が絡んでいる以上、女は左へ回転させられる。


  「くっ!」


  腰のひねりが相殺され、蹴ろうとする脚に力が乗らない。

  ローキックが()()()()()に崩された。


  「ダンスだろ。笑顔でついてこいよ」


  歯噛みする女に、男が言う。

  満面の笑みで。

  男は更に右へ回る。

  銃を持つ右手が、彼女から見れば左へ引かれる。

  バランスが崩れそうになるのを懸命に耐え、女は空いている左手で掌打を放つ。

  狙いは男の顎。

  『当たる!』と確信した女の右手に、ぐん!と急激な重みが加えられた。


  「なっ!」


  男が膝の力を抜いて、全体重を彼女の右手一点に集中させたのだ。

  伸ばした右手に、男の体重およそ五十キログラムが突然落ちて来た様なもの。

  彼女の身体は前のめりに引き込まれ、掌打はまたしても()()()()()に崩された。


  「あなた、何?」


  自分の身体が右手の銃という一点からコントロールされてしまっている様に感じ、女はうめいた。

  不意に空振った左手に、暖かい感触。


  「お前さんをダンスに誘う男。それだけ」


  男の左手だった。

  しかも指の間に、指を差し入れて握られた。

  女の手の方がよほど大きいが、それは確かに『恋人つなぎ』と呼ばれる形。


  「調子に・・・調子に乗らないでくださる!?」


  女が頭に昇る血と腹立ちを、衝動のまま吐き出した。

  しかし振り払おうとした左手はびくともしなかった。

  ならば、と殴り付ける様な勢いで右手を振り抜く。

  ここでようやく互いの拳銃が自由になる。


  ガォン!


  振り抜いた勢いのまま、強引に銃口を男に向けて、撃った。

  至近距離で、音速を超える弾丸が二人の聴覚を叩く。

  放たれた弾丸は男の頭上スレスレを抜けた。


  バンッ!


  男も撃った。

  肘を曲げ、無造作にすら見える動きで。

  弾丸は、首を傾けた女の耳元をかすめた。

  左手は繋がれたまま。

  月明かりの下で。

  白い髪と黒い髪が対照的で。

  互いの隙を突くために体を入れ替えて。

  時折銃火(マズルファイア)がチカチカ光って。

  ・・・二人はまさしく踊っていた。

  と、


  がちん!


  女の拳銃が動きを止めた。

  スライドが開き切ってスライドストップレバーで固定されている。

  弾切れを示す、ホールドオープン。


  「ここまで、ね。でも、あなた卑怯ね」


  諦めたのか、身体自体の動きも止めて女が言う。

  左手がこれでは弾倉(マガジン)の交換はできない。


  「ズルした覚えは無いんだが」


  男も動きを止めた。

  彼の拳銃はホールドオープン状態にはなっていない。


  「わたし、数えておりました。あなたとわたしが、撃った数を」


  先程の熱い激昂が、今は冷たい侮蔑に代わって、彼女の視線に乗る。


  「十三発。わたし達の装弾数は同じ。あなたも弾切れしているはず」


  「・・・」


  その視線をしっかり受け止め、男は黙ったまま。


  「事前に薬室(チャンバー)に一発こめた状態で満タンの弾倉(マガジン)を入れてたのね」


  そこまで言って、女はため息を一つ。


  「普通に使うテクニックだから文句は言わないわ。でもあなたは『一弾倉(マガジン)で夢中にさせる』って言った。嘘つきね」


  言葉の通り、女は怒っているのではない。

  その表情は落胆。


  「どうぞ。その『嘘つきの一発』でわたしを撃って」


  そして笑った。

  鼻でも笑った。


  「・・・」


  男は無言のままベレッタ84FSの銃口を女に向け、引き金を引いた。


  かちん


  「え?」


  銃声を予想していた女が聞いたのは、間抜けで小さな金属音。

  コックされた撃鉄が、ただ倒れただけの音。


  「はは、そんな表情もいいね」


  男はやっと口を開き、そして笑った。

  屈託無く。


  「最後の一発を、レバーを押し下げながら撃ったのさ。ハッタリだよ」


  ホールドオープン時にスライドを固定するのはスライドストップレバーの役目で、その力は弾が無くなった弾倉のバネからもたらされる。

  そのレバーを押し下げた状態で撃てば、ホールドオープンは起こらず、見た目からは弾切れかどうかは判断できなくなる。


  「ふふっ・・・あはははは!」


  女は声を出して笑った。


  「俺は嘘はついてない。だが、まだ『嘘つき』になる可能性はあるな」


  「あら、どういう事かしら」


  男の言葉に、きょとんとする女。


  「お前さんが俺に()()()()()()かどうかで、嘘つきかどうかが決まるって事だ」


  男は言葉を続けて、歯を見せて笑った。

  ここにきて相手に判断を任せる。

  女は思う。


  『この人は本当に面白い』


  そして繋がれたままの左手を、そっと引き寄せ・・・男にキスを降らせた。


  「これで返事になるかしら?」


  吐息が交じる程近い距離で、潤んだ瞳で女が囁く。


  「それはもう、極上の」


  男はこれ以上無いほど嬉しげに答えた。

  月の綺麗な夜だった。


ベレッタ84や92のスライドは美しい。

H&Kの質実剛健なシルエットは、また違う意味で美しい。

そしてストライカー式よりハンマー露出式が好き。

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