05. 初めての街歩き
王都の目抜き通りは石畳が敷き詰められていて、思っていたよりも広かった。
おそらく馬車が両方からすれ違うことを考えてのことだろう。しかし、石畳は轍で削られて平坦ではなく、気を付けて歩かないと躓いてしまいそうだった。
大通りの両側には店が立ち並んでいた。薄茶色をした石積みの壁で作られた家々はほぼ同じ高さで統一されているが、ところどころに見張りの塔が建っていた。
曲がり角の多いメインストリートは死角が多く、おそらく城壁内への敵の侵入に備えた街づくりなのだろう。
日本にいた頃は建築学科に通っていたこともあり、こういう建築物には興味をそそられる。中世ヨーロッパのなかでも、特にイタリアで12-13世紀頃に造られた城塞都市に似ているようだ。
そんなことを考えていた私は、アンナの声で現実に引き戻された。
「お揃いの服を着ていたら、少しは姉妹らしく見えるかしら?」
その言葉を聞いたジョンは「そうですねぇ……」と言葉に詰まっていた。その様子を見ていた兄は、にっこり笑いながら口を挟んだ。
「きっとすごく仲の良い2人に見えていると思うよ」
『姉妹』という言葉を避けながら、アンナの喜びそうなことを言ってのけた兄。我が兄ながら、その気遣いと機転には感服してしまう。
おそらく、アンナと連れ立って歩いている私を見て「姉妹だ」と思う人はいないだろう。
アンナはブルネットの豊かな髪をハーフアップにしていた。私も髪型は同じハーフアップだが、細くて癖のない金髪をもつ私は、誰がどう見てもアンナと血がつながっているようには見えない。
実は、私は自分の金髪があまり好きになれずにいる。
なぜなら、この国では『金髪女性は少々頭が弱い』という通念があることを本からの知識で知っていたのだ。
そんな通念が生まれてしまった理由は、金髪が珍しく、そして美しいことから男性相手の職業をしている女性たちがこぞって髪の色を金色に染めていたことに原因があるらしい。
実際に濃い色から薄い色に染めることはできないので、アンモニアなどを利用して脱色しているだけなのだが、度重なる脱色により痛んだ髪の『偽金髪』女性たちが街に溢れているらしい。
そして『ありのままの自分』で世を渡ることを潔しとする人々から、自分の見た目を偽ってまで男性に媚を売る女性たちが蔑まれることとなってしまったそうだ。
こうして王都の目抜き通りを歩いている限りは、そういう金髪女性を目にすることはないが、行くところに行けば大勢いるのだろう。
そんなことを考えていた私は、いつの間にか妹の豊かなブルネットの髪をじっと見つめていたらしい。
「お義姉様、どうしたの?」
「いいえ、あなたの髪は素敵だなって思って見ていただけよ」
「そんなことありませんよ。お義姉様の金糸の髪は、私の憧れです!」
「あ、そうだ。一緒にお揃いの髪飾りを買いませんか? 近くに素敵なお店があるんです」
私の返事を聞くよりも先にアンナは私の手を取って歩き出したが、その勢いにつられて躓き、そのまま膝をついてしまった。
(痛っ!)
「……! お義姉様、ごめんなさい!」
すぐに駆け寄ってきたフレデリックに手を貸してもらって立ち上がったセシリアは、真っ青な顔をして立ち尽くすアンナに言葉をかけた。
「ごめんなさい。初めて履いた靴だったのだけれど、少しサイズが大きかったみたい。石畳の隙間に足を取られてしまって……」
そう言って歩き出そうとしたけれど、どうやら足首を少しひねってしまったようで、一歩踏み出したところでよろけてしまった。兄が血相を変え、有無を言わさぬ勢いで私を抱き上げた。
「アンナ、すまないがセシリアと一緒に馬車で待っている。ジョン、アンナのことを頼んだぞ」
兄は早口でそう言うと、ジョンは力強く頷いた。そして茫然としたままのアンナを残して、兄は馬車へ向かった。
私は何か言おうとしたけれど、なんと言ったら義妹の気持ちが慰められるのか分からず、結局は声に出すことなく、兄のなすがままにされていた。
こういうとき、義妹を慰める気の利いた言葉ひとつ言えないなんて…… そう思うと、打った膝よりも胸のほうが痛んだ。