02. 新しい家族
物心ついたときから私の世話をしてくれいてるメアリに促され、重い足取りで自室を出た私は階下にある応接間へ向かった。
見上げるほど高い天井から弧を描くように伸びている緩やかな階段を降りると、5歳年上の兄が心配そうに私を見上げているのが目に入った。
「セシリア、もう身体は良いのか?」
今日の午前中、私は兄とともに訪れた王宮内の庭園で倒れたのだった。
学友でもある王太子殿下に会いに行く兄に、無理を言って同行させてもらったにもかかわらず心配と迷惑をかけてしまった自分が腹立たしい。日本で生活していたときの自分に比べ、この身体の何と弱々しく頼りないことか……
「はい、お兄様。ご心配をおかけして、ごめんなさい」
父親譲りのアイスブルーの瞳を細め、「本当に大丈夫か?」と尋ねるように小首を傾げる兄の仕草には怒りなどは微塵もなく、労わりの気持ちしか伝わってこない。
こんなに優しい兄を心配させてしまったことが心苦しくて、咄嗟に目を逸らしてしまったものの、どうにか「ありがとう、お兄様」と呟いた。
「まったく、お前は・・・」と苦笑しながら私の髪の毛をそっと撫でると、そのまま兄は私の手を取った。
応接間へ続く扉を前にして緊張している私を見て、兄は「大丈夫だよ。僕がついているからね」と囁きながら私の肩を抱き寄せると、ゆっくりと扉を開けた。
そこに立っていたのは、ブルネットの髪を上品にまとめた女性と、その後ろに隠れるように立っている同じくブルネットの少女だった。
父の後妻になる女性とその子供だ。
「今日から、お前たちに母親と妹ができる。仲良くするように」
そう言った父は、かつて見たことがないほど上機嫌だ。いつもは氷のように冷たく光る瞳が、今日はまるで太陽を浴びた美しい湖の水面のごとく輝いている。
私と兄の母が亡くなって9年、父もとうとう後妻を娶ることになったのだ。
しかし後妻とは名ばかりであることは、私も知っている。父は長年囲っていた妾と彼女に産ませた自分の娘を本宅に引き取ることにしたのだった。
何と答えて良いか分からずにいる私の肩を優しくさすりながら、兄は応接間に響くような明るい声でこう言った。
「ようこそ、グレンフェル家へ。歓迎いたします。
僕は長男のフレデリック、こちらは妹のセシリアです。どうぞよろしくお願いいたします」
兄の手に押されるがまま前に出た私は、にっこり笑ったつもりだけれど、うまく笑えていたか自信がない。
物心つく頃から前世の記憶を持ち続けていたせいか、私のことを奇異の目で見る者が多く、それが原因で人と関わりあうことが怖くなってしまったのだ。
しかし、これから義母となる人であれば「怖い」などとは言っていられないため、できるだけ好印象を抱いてもらいたいという一心で笑顔を作った。
そんな私を気にすることなく、ブルネットの女性は優し気な笑みを浮かべながら朗らかに返答した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
私はアデリーヌ、こちらは娘のアンナです。アンナはセシリアさんより1つ下の10歳になります。どうぞ色々と教えてあげてくださいね」
アンナと呼ばれた少女は、物珍しそうに私たち兄弟を見つめながら母親の後ろから出てくると、にっこりと笑った。
そして、この日を境に私の毎日は一転したのだった。