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君色カレンダー  作者: 三河安城
君の笑顔が見たくて
9/30

001:日常風景

「それで、志望校は絞れた?」


 ゴールデンウィーク初日。祝日でしたが、進学支援の充実したこの学校では、図書室と進路資料室に限って開放されています。まあ、そもそも部活動や体育祭の準備などで結局は全部解放されているんだけれども。


「ああええと、絞ったというか、第一志望しか決めてない、かな」

「それじゃだめだよ。ちゃんと、すべり止めまで計算して計画立てなきゃ」

「でもさ、たくさんあってわかんないんだよ」

「それなら、進路資料室行ってみようか」


 進路資料室は、その名の通り数多くの大学・短大や専門学校の資料が備わっています。それだけでなく、今までの学生が受けてきた大学であれば、過去問まできちんと用意されているのです。


「巫葉さんは、どうするの? 学部とか」

 階段を下りながら、彼はそう尋ねてきました。


「私は、法学部だよ」


 私には、子供のころからの夢があります。それは、大学教授になること。そのためには、まず何か一つ専攻を身につけなければならないことを小さいころから知っていたので、小さいころから勉強することは厭いませんでした。


「釜学の法に行こうと思うんだ」

「……すげえ」


 彼は、ただただびっくりしていました。モノも言えないようです。


「ま、まあただの願望だけどね」

「……学部は決まってないけど、俺も釜戸学院目指したいと思ってるんだ」

「きっと大丈夫だよ。君のペースなら」


 資料室に入ると、そこには誰もいませんでした。まあ、そんなにたむろするようなところでもないしなと思っていると、彼は真っ先に本棚へ向かいます。


「釜戸学院で入りやすいところとかある?」

「大学を何だと思っているの。ちゃんと学部決めなさい」

「すみません」

「いろんな学部があるから、パンフレット一通り見てみてくださいな」


 その後、彼は椅子に座ることなく、小一時間パンフレットを眺め続けています。そんな彼を独り占めできるこの空間を、何よりいとおしく思えました。


「……ここ、いいかも」

 彼は、ようやく口を開きました。


「ん? どの学部?」

「文学部の教育学科。俺さ、昔から子供が好きでさ。修学旅行中に迷子の男の子がいたんだけど、かわいすぎて親捜しちゃって、それで遅刻して怒られちゃったんだよな」


 懐かしいなぁ、と彼はつぶやきます。


「……もしかして、帰りの便が遅れた理由って」

「自慢じゃないけど、たぶん、俺」


 彼は、ごめんな、と両手を合わせて謝るポーズを見せました。いや、そんなことは別にいいんだけれど。

 私がそれより大事に思っていたのは、当時『迷子の子を助けるなんてかっこいいなぁ』と心の奥底で感じていた相手が、この人だったということです。


「……教育学部、いいんじゃない? 君に合っていると思う」


 それから私は、教育学部あるいは教育大学で良さそうなところを何個かピックアップして、彼に渡しました。


「この中から選べってわけじゃないけれど、おすすめはこんな感じかな」

「よく知ってるな、大学なんか」


 一応、小さいころから大学は調べてましたから。逆に小中高はどうでもよかったですね。高校は一番近いところを選びましたし。


「趣味っていうとなんか違う気がするけど、昔調べたことがあってね」

「さすが。とりあえず、全部読んで親と確認してみるよ」

「あ、そうね。親と確認するのは大切」

「じゃあ、今日の授業お願いしてもいい?」

「わかったわ。じゃあ今日は、釜戸学院の過去問解いてみましょうか」


 時間は一応5割増しに設定して彼に問題を解かせます。

 2年生のころは躓いて唸っていたところも、今ではすいすいと行かないまでもこなせるようになっています。ひっかけ問題にもちゃんと対応し始めています。


 しかし。


「……5割強ってところかな」

「合格点は?」

「この年は、8割」

「うそでしょ?! こんなにむずいのに?」


 釜戸学院大学は、問題の難易度に加えて解答の完成度も求められます。それが日本一を誇る大学たるゆえんでもあるのです。


「まあでも、一番初めでこれだけの点数を取れるのはすごいことだよ」

「ちなみに、巫葉さんはどれだけ取れたの?」

「……9割、くらい」


 唖然とした表情を浮かべる東風君。自分からはどうにも言えません。

 これで諦めちゃったらどうしよう。

 そんなものは杞憂でした。


「すげえけど、同じくらい出せるように、教えてくれ」


 彼の眼は本物でした。その瞳はきっと、私が忘れかけていた心で。

 クラスの中に置いてきた感情でした。


「……わかった」


 握りしめたこぶしは、私にエールを送ります。

 彼と一緒の大学に進むんだ。


「一緒に、頑張ろう」


 誰もが最後まで貫き通せるわけではありません。全力全身フルスロットルヨーソロー! なんてできるわけがないのです。だからこそ、先生は休みを設けるのだと教えてくれました。


 まったく、そのとおりですね。


「疲れたぁ」

 時計を見ると、もう下校時刻10分前になっていました。

「やば、帰んなきゃ」

「確かに。でも、帰り支度もめんどくさい」

 少し笑いながら、冗談めかしてそう彼は言います。


「……そうだ。明日、休みにしましょう。しっかりと休みを取れば、明後日もなんとか乗り越えられそうでしょ?」

「いいのか?」

「休みも大切よ」

「助かるわ。ってか、いつも悪いな。大丈夫か……って心配するのも失礼か」

「君に教えなきゃってなったらこっちも勉強しなきゃいけないし、全然問題ないよ」

「そう言ってくれてありがとな」

「いえいえ」


 帰り支度をしつつ外を見ると、今朝では信じられない状態に陥っていました。


「……ねえ、今日って雨降るって言ってた?」

「わりい、天気予報見てきてないや。え、何雨降ってんの?」

「雨降っているというか、降り注いでいるというか」


 台風みたいな天気です。


「え? だって、台風なんて」

「急な低気圧なのかな……傘持ってくるの忘れちゃった」

「巫葉さんも忘れることあるんだね、まあ俺もだけど」

「……どうする?」

「どうしましょうか」


 それからすぐに見回りのおじさんが進路資料室にやってきて、「どうせ俺も今日は残業だから、30分くらいならいてもいいぞ」と言ってくれました。


 二人きりの、部屋。

 今までもそうしていたはずなのに、いざそう考えると急に緊張してしまいます。

 もし、このまま二人きりでいたら。

 彼は、どうするのでしょうか。

 あんなことや、こんなことまで。


 いやいやいや、それはさすがにありえません。って、そもそも彼とはそういうのはナシであって、3月まで待つって私が言ったのに。


 ……あれ、東風君寝ちゃってる?


「どうせやむまでどうにもならんし、時間になったら起こしてくれ」


 寝てしまった。ということは、これ、何でもし放題なのでは?

 いやいやいや、だからそういうのは。

 ……彼の寝顔。普段はキリっとしてかっこいいけれど、そんな人でも寝顔は柔らくて、かわいいな。

 髪の毛、ぴんぴんだ。痛そう。触ってみようかな。

 綺麗な肌だなぁ。私も見習わなきゃ。

 頼れる腕だ。信じれる脚だ。


「……ちょっとなら、いいかな」

 誰もいないし寝ちゃってるし。

「……私ね、別にあなたのことがダメってわけじゃないんだ。でもさ、そんなことに気を取られていたら、勉強の邪魔になっちゃうし。一緒の大学行くんだったら、そんな甘い関係ではだめでしょう?」

 本当は、もっと。

「だから、我慢してね。東風兄さん」

 頭をなでようとしたとき、「うわあ!」と彼は起き上がりました。彼のヘディングは見事に私のおでこへと入ります。サッカー選手ならヘディング要員としてもってこいかもしれません。


「……いったぁ」

「え、あ、ごめん!」


 気づけば空は晴れていました。通り雨にしては激しすぎる雨は、もしかすると私たちを応援してくれたのかもしれないですね。


「……大丈夫だよ。それより、聞いてた?」

「え? 何が? いいや? 何も?」

 彼も彼で動転していました。それは、私に怪我をさせてしまったからなのだろうか。それとも。

「……帰りますか」

「帰りましょうか」


 答えは聞かなくてもいい。


 聞きたくない。

 だって、私は。


 好きなものは最後まで取っておくタイプなのだから。


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