000:私の決意
人生で初めて、告白されました。
相手は、「いい人だな」と思う程度の、男性でした。
知らない誰かのことを、ものすごく大切に想っていたのは事実で、それが彼でもないことはわかっていたのですが、誰であろうと告白されるのはうれしいものです。
ある日、彼は突然私に頼みごとをしてきました。
『神崎巫葉さん。僕に、勉強を教えてくれませんか?』
勉強自体は嫌いではありませんし、それなりにできると自負はしていますが、人に教えるとなると話は別です。頭の思考回路が人それぞれすぎますから。
『ええと、でも私は』
『もちろん、時間があれば、でいいんだけど』
『人に教えるとか、そういうのは』
『……そっかぁ。なら、いいんだ。ごめんね、無理言っちゃって』
そんな顔をされてしまうと、心につっかかるものがあります。
立ち去ろうとしていく彼の後ろ姿を、私は凝視してしまいました。
最近、クラスのみんなが遠くなっていく気がしています。無視……をされているわけではないと思いますし、意図的に避けられているというわけでもないのですが。
ただ、一つ越えられない壁を作られているような、感覚。
だから、久々に声をかけてもらって、うれしかったことに変わりはないのです。
『待って。あ、あの。どうして、私なの?』
……ああ、重いなぁ。自分でもわかります。こういうことを聞く人に限ってロクな人間はいないし、ロクな結末は迎えられないですよね。
『ええと、気持ち悪く思わないでね?』
なんだろう、その前置きは。
『授業受けているとき、すごく楽しそうだったから、かな。君に教えてもらえれば、少しは勉強も好きになれるかもって、そう思ったんだ』
彼の笑顔は明るく、輝いて見えました。
一目惚れ。きっとそれは、このことを言うのでしょう。
『……頑張る』
『え?』
『人に教えるとか、まだできないけれど、頑張って勉強するから、一緒に頑張ろう?』
勇気を振り絞り、私は伝えます。彼ともう少し話をしていたい。
それは、窮屈だった学校生活に降り注ぐ一つの光だったから。
きっと、誰でもよかったのかもしれないです。それがたまたま君だったからなのかもしれない。
それでも、私は。
『……ありがとう、ほんとにうれしい』
笑顔……じゃない、照れ隠しですね。
それが、彼との出会い。
半年前の、とある日。
あれから、私は一生懸命勉強しました。受験勉強ももちろんだけれど、人に教えるためには何が必要なのかということを、先生方から学びました。
『あれ、君教員志望だったっけ?』
担任である弓子先生は、そんな風に言っていました。
『いえ、友達に勉強を教えてと頼まれまして』
『それだけだったら、ふつうここまでしないよ』
彼女は、ふふっと笑ってみせます。
『なんで笑うんですか』
『最近、気合入ってるなぁと思ってさ。もしかして、彼氏?』
『いやいや、そんなんじゃ』
『そうかいそうかい。まあ、気楽にやりなよ』
『……教える人、教えられる人。そこで終わりですよ、きっと』
『そうか? お前みたいに可愛かったら、男は黙っちゃいないと思うけどな』
『……やめてください、そういうの』
私は、彼と付き合いません。少なくとも受験が終わるまでは。
楽しいこと、やりたいことが募り積もって山となり、それが心を強く押すけれど、今はそういうことをしている場合ではないのです。
彼を志望校に合格させること。それが、絶対条件。