003:現実
「今日はいいの?」
「さすがに疲れた」
帰り道。東風兄は、巫葉さんと別れたのち、私と帰り道を共にしていた。そんな感じで言うと、まるで私も一歩近づいたかのように思えるけれど、実際はただのお隣さんというわけで、一人で勝手に盛り上がっている女子高生がここにいた。
「そうなんだ」
「そういえば、お前二人三脚出るんだってな」
「そうなの。でも、安心して青嵐だから」
「確かに、青嵐なら安心だわ」
「……そこは感心しないでほしかったけど」
「無関心よりはマシでしょ?」
「マシっていうならマシマシにしてよ」
「何をだよ」
「好きをだよ」
「隙を見せたな」
「わ、ちょっと脇は触んないでよ変態」
「変態じゃねーわ、いたって健康体です」
「それで健康体名乗るんだったら、立ってもらうしかないね」
「どこに?」
「断頭台に」
「斬首かよ」
「残念ながら」
「堪忍してくれ」
「満点の謝罪をしてくれたら、許してあげる」
「どんなんが正解なんだよ」
「そんなんだから間違いを起こすんだよ」
「でも、子供のころはよくやってただろ」
「あなた、もう来年から大学生でしょ?」
「でもまだ未成年だし」
「私の方が先に大人になれそう」
「うるせえ、いつまでも童心を忘れないのは大切なことなんだぞ」
「はいはい、分かったよ」
「なあ、みぞれ」
「何ですか、パイセン」
「俺さ、釜戸学院目指すわ」
「……え、あのめっちゃ頭いいところ?」
明らかに動揺しているのがわかる。自分ってこんなにわかりやすかったっけ。
「そう。だから、もしかするとこれから一緒に帰ったりすることができない……というか、学校以外で会えなくなるかもしれない」
……学校では会えるけれど、学校では勉強しているから邪魔はできない。
ということは、事実上の乖離。
「おおっと、ついに東風兄がそんなに本気になるとは。そんなに好きなんだね」
「……ああ」
分かりきっていた答えだけれど、やっぱり心に来るなぁ。
「だから、このゴールデンウィークに、1回だけお前の頼みをお兄ちゃんとして聞いてやりたい」
「……もう、東風兄。子ども扱いしないでよ」
「そうだよな、上から目線でごめんな」
「それに、君は私をフッた身でありながら、キープまでしようとするダメダメなお兄ちゃんですね」
「……すまん。そんなつもりじゃなかったんだが」
「だから、お仕置きとして一日勉強禁止で、私のおもちゃになってもらいますから」
「……おもちゃって」
「ゴールデンウィークのどこか、開けといてくださいね」
東風兄に甘える形では、一生かかっても巫葉さんには勝てない。私だって、リードしてやるんだ。それくらい、できる。
「結局オーケーなんじゃん。子ども扱いしなくても、子供っぽいじゃん」
彼の笑顔につられて、私も笑ってしまう。
そうだ。
「ねえ、巫葉さんと旅行とかって行ったことある?」
「いいや、そんなのあるわけないじゃん。せいぜい修学旅行くらいだよ」
「修学旅行って、確か沖縄だったよね」
「そうだけど? お前、まさか」
「沖縄行きましょうや、東風兄」
「お金どんだけかかると思ってんだ」
「冗談冗談」
「ていうか、どうして巫葉さんだって知ってるんだよ」
「青嵐から聞いた」
「青嵐、あいつ」
「まあ、いいじゃない。そんなことは」
「よくはないだろ」
「私だって、明確にライバルがわかったほうがいいですし」
「……」
「ああ、気にしないでよ。こっちの話」
「……強いな、本当に」
「惚れちゃいました?」
「もしお前が幼馴染じゃなかったら、惚れていたかもしれないな」
「まさか、幼馴染が弱点になることがあろうとは」
まだ4月。私の挑戦は始まったばかりだ。
決意は固い。されども、脆い。
巫葉さんのおかげで見つけた将来を、奪い取るようなことになってしまいそうで、怖い。
私は、彼とどうなりたい? 世界はまだ明るい。
玄関まで来てしまった。彼が、ドアを開けようとする。
「ねえ、東風兄」
「なんだ?」
「勉強に頑張ってもらいたいからさ、そんなに強引に仕掛けたりはしないけどね」
「……」
「大好きだってことに変わりはないから。『お前のおかげで大学に合格できた、ありがとう』って言わせてみせるから。覚悟しといてよ」
私もドアを開ける。
世界は、まだ明るい。
負けちゃだめだ。泣いちゃ、駄目だ。
勝ち目がないわけじゃない。
諦めるな、私。
「……どうやって、勝てばいいのよ」
彼が巫葉さんと楽しそうにしているときは、青嵐に何とかしてもらって。巫葉さんのことを楽しく話しているときまで誰かに頼っていてはいけない。
「でもさぁ……。将来の夢まで彼女色に染まってたら、どうしようもないじゃんかよ……」
春は出会いと別れの季節。喜びに満ち溢れるはずで、寂しさに満ち溢れるはずで、悲しみに打ちひしがれる季節ではないはずだ。
なのに。
「世界は、もう真っ暗だよ」