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君色カレンダー  作者: 三河安城
三浦霙の邂逅
6/30

002:神崎巫葉

「あの、送ります」

「え、いやいいですよ」

「話したいこともあるので」


そう言われてしまうと、断ることなどできるわけもない。

玄関を出ると、外はもう真っ暗で、だからこそ星がきれいだった。


「うわぁ、この辺って星が見えるんですね」

「私も初めて見ました」


少しの間が空いて、それがあまりにも気まずくて、私から切り出してしまった。


「で、話って何ですか?」

「ちょっと、公園入ろうか」


ベンチは冷たく、いくら4月であっても夜は冷えるということが身に染みた。


「私ね、東風君に告白されたんだけどね」

知ってるよ、そんなことは。

「君がいたことも、知ってたんだ」

……へ?


「君さ、昇降口にいたよね。隠れるようにして、ちょうど柱で見えない位置に」

「……どうして、分かったんですか?」

「角度的に、見えたの。あとね、家庭教師のこともあるけど、前から君のことは知ってたんだよ」

マジかよ。

「そりゃあもう。井口東風には年下彼女がいる、とか、妹がいるとか。あれは従妹だとか」

「そんなことになっていたんですか」

「それでね、聞いておきたいんだけど」

「なんですか?」

「東風君のこと、好き?」


ドストレートな言葉が、私の心を突き刺す。しかし、私だってそんなことで負けるほど純粋無垢じゃない。子供じゃないんだ。


「好きですよ、大好きです」

「そう。なら、断って正解だったのね」

「え?」

「私もね、本当は彼のことが好きなのよ。でも、その好きは君のそれよりはるかに弱い」

「……」

「だから、私は言ったの。『3月まで待ってほしい』って」

「……まさか、卒業式で告白するとか、そういう魂胆ですか?」

「バレちゃいましたか。さすが、2年生主席さん」

「恐ろしいです、3年生主席さん」

「さあ、勝負です。3月までの間に君が東風君を振り向かせることができるのか、それとも私が東風君にぞっこんになるか」


胸に指を突き付けて、彼女は言った。

正気なのか、この人は。

でも、面白い。

嬉しそうな笑顔を浮かべるのが少々わかりませんが、そんなことはどうでもいい。


「絶対に、負けませんから」


今までは日記調に描かれた世界を想像していたけれど、そんなんじゃない。

これは戦記だ。

彼女——神崎巫葉に勝つまでの、物語だ。


翌日のことである。

「かっこつけて自我を保とうとしてもあんまり意味ないですよ?」

「おい青嵐。言い方に気をつけろ」

「だって、先輩が——井口先輩が神崎先輩とダンスを踊るという事実は変わりませんし」


晴れた空は、校庭にたたずむ私たちを明るく照らしていた。そして、彼らもまた、照らされる人間たちだった。

体育祭。私たちの学校は、5月のゴールデンウィーク明けに開催されるため、4月も中旬まで来ると、体育祭に向けた準備をしなければならない。

競技は多岐にわたるが、もともと運動向きではない私たちは、学級委員長から条件付きで、出場する競技を一つにしてもらった。


その条件というのが。


「二人三脚って、足並みちゃんと揃えないとできないんですからね?」

「知ってるよ、青嵐。私を誰だと思っている」

「冷徹の孤独姫」

「あまりにもまっすぐな悪口で何も言えないよ」


確かに友達は少ないけれど、そこまで言われなくてもいいじゃないか。学級委員長も青嵐も二年連続で同じクラスだったから、まだなんとか話せるけれども。


「みんな、単純に怖がっているんですよ」

「でも、私ってそんなに怖い?」


私の予想は、三ツ森青嵐を独り占めしていることによる嫉妬だが、その線もあるのか。


「ほら、いつもにらんでいるみたいじゃないですか」

「目つきが悪いのは許してくれ。これでも直しているほうなんだ」

「……マジですか」


こんな風に、今日は放課後に彼と二人三脚の練習をするべく、校庭で準備体操とともに雑談を繰り広げていたのだが、どうしてもやはり目の前にある景色は崩せるものではなかった。


「……巫葉さんといるとき、あんな顔するんだ。東風兄」

「いるときの顔は初めて見ましたけど、いいことあった時の井口先輩ってだいたいあんな感じでしたね。わかりやすいですよね」

「……」


分かっている。これは、単に学校の行事というだけであって、これから先につながる何かではない。……はず。だから、こんなところで嫉妬したところで、何かが変わるわけじゃない。


「……でもさ、」

「どうしたんですか……って、うそでしょ?」

「……へ?」

「なんで泣いてるんですか?」


青嵐の言葉でようやく自分が涙を流していることに気が付いた。どうして泣いているのか、わかりきったことではあったけれど、言葉にするのはあまりにも難しく、私は「わかんない」と苦笑いしながら、ごまかすように涙をぬぐった。


「たかが体育祭なのにな。……あんな笑顔、見せてくれたことないんだもんなぁ。あーあ、あんなふうに、優しくリードできるお姉さんになれたら、違ったのかなぁ」

「……」


しまった。青嵐を困らせてしまった。彼にはなんだかんだ感謝しているのだ。そんな彼を嫌な思いさせてしまったのは申し訳ない。


「個人的な意見ですけど」

彼は、そんな風に前置きした。

「井口先輩が巫葉さんに抱いている好意は、確かにお姉さん気質を買ったものだと思います。でも、」

力強い視線は、まっすぐに私の瞳を貫いた。

そんな瞳をした青嵐を、私は見たことがない。

「みーさんは、妹ポジションで向かっていけばいいと思います。わざわざ同じ道を進まなくても、いいと思います」


「……でも、それじゃ」


負けを認めることになる。同じ路線じゃ勝てないから、違う支線から狙うしかないと公言しているようなものだ。


「あくまでも、落とすまではってことです。そのあと、何かしらの倦怠期がどこのカップルにも訪れます。そしたら、そこでお姉さん感を出していけばいいんじゃないですか?」


後光がさした。彼の背中に、光が、見えた。


「青嵐」

真剣なまなざしに、彼は笑顔で対応する。

「どうしました?」

「ありがとうな、励ましてくれて」

「いえいえ」

彼は私から視線をそらした。空を見るでも、グラウンドを見るでもない。

ほんの少しだけ、私の目からそらして、そして。

「好きな人が悲しむ姿なんて、見たくないですから」

そう言った。そう、言ったのだ。


「って、ああ、違いますよ。親友として、ってことです」

「……ありがとう、ほんとに」


もう涙は出てこない。これからは、まっすぐに進むだけ。

自分の道を。


「よき友に出会えて本当に良かった」


私の言葉に応答するように、彼は笑顔を見せてくれた。

屈託のない、笑顔だった。


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