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君色カレンダー  作者: 三河安城
しるし
4/30

003:早朝買い物

 特に買う予定もなかったものを見ながら、私は話を切り出す。


「そういえば、勉強って何してるの? なんだったら教えてあげよっか?」

「一学年下の後輩に教えられてたまるか」


 少し大げさに怒る彼を、いとおしく思えた。


「そうやってプライド張ってたら、後悔するかもよ?」

「張るのはプライドじゃなくて意地だ」

「ほら、やっぱり」

「言葉の綾だろ。というか、ちゃんと家庭教師いるし」

「家庭教師?」


 はて。それは、誰のことなのだろうか。確か、中学の時は私がしてたような。


「聞いて驚け、常に学年一位を確保してる人で、名前は」

「ああ、神崎巫葉(かんざきみつは)さん」

「え、なんで知ってんの?」

「とある伝手から」

「どんな伝手だよ」

「君が稀に手伝う彼のことだよ」

「稀に手伝う? ……ああ、ええと?」

「まあ、気づかないならいいよ」

「そうなのか?」

「で、へえ。あの人についてもらってるんだ」

「いずれは、巫葉さんと同じ大学目指すんだ」

「どこ受けるのか知らないけど、さすがに無理じゃない?」

「ははっ。君はまだまだおこちゃまだな」

「ん?」

「大学ってのは、たくさんの学部で構成されているんだ。それで学部ごとに難易度が違うんだよ」

「知ってるよ。それでも無理なんじゃないのって話」

「えぇ……。少しは信じてよ」

「だって、高校受験の時私が教えたじゃん」

「その節はお世話になりました」

「……待って。もしかして、家庭教師に来てもらってから告白したの?」


 一瞬間が空いて、それから彼は「ええと、まあ、そう、なるかな」と照れ臭そうにつづけた。照れくさくなるな。


「下心丸出しじゃん。教えてもらえなくなったらどうするの」

「そしたら自分で努力するよ」

「無理するな、私が教えてやるから」

「なんで無理って言われなきゃいけないんだよ」

「まあ、大丈夫。大学も一緒のところ受けてあげるからさ」

「はぁあ? 俺なんかこないだ学年で真ん中より上だったからな?」

「あれ、すごい。去年までの馬鹿な東風兄じゃなくなってる」

「それ、馬鹿なってところ必要だった?」

「さすが巫葉さん」

「一応俺の努力のはずなんだけど」

「じゃあ、おまけでほめてあげます。一つ何かおごるんで、選んでください」

「え、いいの?」

「さっきまでのプライドはどこに行ったんですか」


 彼はダッシュして、とあるコーナーへ向かった。遠かったので正確にはわからなかったけれど、持ってきたもので瞬時に判断できた。


「じゃあ、これで」

「アイスの中で一番高いやつじゃないですか」

「うまいんだよ」

「満面の笑みで言うな。知っとるわ」

「自分で言ったんだからな」

「まあ、確かに言いましたけど。後輩にたかるって」

「先輩を馬鹿にした罪だ」

「それにしては罰が軽い気もしますけど」


 そのままレジに向かう。さすがに早朝だと誰も並んでおらず、そのままスムーズに入ることができた。


「720円になります」

 うえ、完全にアイスが半分くらいを占めている。

「じゃあ、俺払うから」

「え? ちょっと」

「720円ちょうどになります」

「あざした」

 すると、彼はそのまま荷物を抱えてサッカー台へと移った。

「いやいや、私のおごりって」

「後輩におごらせるわけないだろ? あれは東風ジョークだよ」

「……えぇ」

「いや、引くところじゃないでしょ」

「もしかして、それでキュンと来るとか思ってます?」

「……いや全然全く」

「今ちょっと間があったでしょ。ほら、そういうとこがフラれたんだよ」

「傷をえぐるな」

「これだから、東風兄は」

「じゃあ、どうすれば正解だったんだよ」

「それくらい自分で考えてください」

「なんだよ、それ」

「なら、ヒントくらいは差し上げます」

「頼む」

「相手の表情をよく見て、最善の言葉を検索してくださいな」


 私のこの表情を見て、成功したと判断できないようじゃ、甘いんですよ。

 すると、彼はすっと手を差し伸べ、レジ袋を手にした。


「え?」

「いや、お前の表情を見て判断した」

「あ、いや、その」

「だって、『持ってください、先輩』っていうあざとい目をしてたから」


 いやいや、してないし。そんなことを要求するくらいあざとければ、とっくの昔にあなたなんか一発でしたし。

 まあでも、うれしいことに変わりはなかった。


「……に、荷物持ってくれて、ありがとうございます」

「軽いしな」

「そういうところが、好きですよ」

「でもこれ、テンプレじゃないのか? さりげなくやるからかっこいいみたいな」

「先輩がかっこよかった瞬間なんて、私が目にした限りでは一秒もありませんけどね」

「一秒はあれよ」

「だからこそ、いいんじゃないですか」


 なんだかんだ言って、私の問題に対する答えを、彼は一生懸命探していた。その瞳はまっすぐで、私の心を突き刺した。


 たどたどしくったって、いいのだ。

 それだけ真剣に考えてくれたということになるのだから。


「行こ、東風兄」

「はいはい」


 もしも、大学生になってしまったら、彼との時間はさらに少なくなってしまうのだろうか。通いだったらいいな。一人暮らし先に遊びに行くっていうのもありか。

 そんなことを考えているだなんて、露にも思っていないんだろうな。


「どした? そんなに笑顔で」

「いいえ、なんでもありません」


 まあいいや。

 とりあえず、あと一年あるのだ。思いっきり甘えて、忘れさせないようにしてやろう。

 そしたら、最後には。


「こういう買い物あとってなんだか新婚さんみたいだよね」

「やめろ、気恥ずかしい」

「あれれー? 巫葉さんにぞっこんなんじゃないんですか?」

「そうだが、そうじゃないというか」

「言葉に詰まっちゃだめでしょうよ」

「絶対にほかの男に言うなよ?」

「なんすかそれ、二股ですか、さいですか」

「違う違う。そのテンションで行ったら、他の男子ならすぐに群がるから言ってんの」

「誰視点ですか、親ですか」

「変な奴に引っかからないでほしいという点では、家族視点ではあるかも」

「心配してくれてありがとね、お兄ちゃん」

「うざいうざい、お前はあれだ青嵐と結婚してくれればいい」

「なんでよ」

「青嵐はいい奴だからだ」

「確かに唯一無二の親友だけれど」

「ほら、完璧」

「でも、私はあなたのこと以外見てませんから。他の人に、そんなことを言うわけがないよ」

「……やめてくれ。ほんとに」

「大好きだよ、お兄ちゃん」

「……本当に妹にしか見えないんだよ、ちくしょう」


 その言葉に、少しだけ胸がうずいた。

 喜びか、悲しみか。

 それは私にはわからなかった。


 午前7時のことだった。


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