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君色カレンダー  作者: 三河安城
しるし
3/30

002:早朝邂逅

 無いものを手に入れるにはどうするか。


「スーパーに買いに行くしかないでしょ」

 アパートの軋む階段を降りつつ、私は独り言を呟く。独り言を言いやすいたちなのだ。


「いい天気ですなぁ」


 太陽もだいぶ上がってきて、全体が晴れ空であることが分かった。朝早起きするのは気持ちがいいもので、お散歩気分でついつい違うところへ寄り道しようとしてしまうが、そんなことをしていては朝ごはんにありつけない。


 幸いにも24時間経営のスーパーが近くにあるのだ。行かないと損である。


「あれ? 24時間経営なら別に寄り道したっていいんじゃ」

 その時だった。

「おっと」

「おっととはなんだ、おっととは」

 ジャージにパーカー姿のお兄さんがランニングしてるなぁ、と遠くから見ていたけれど、そのお兄さんは東風兄のことだった。


「あれ、ランニングなんか始めたの?」

「まあな。最近、勉強ばっかで体動かしてないから」

「最近って、春休み入ってから3日も経ってないでしょ」

「勉強自体は2年からやってるわ」

「うそつけ」

「なんで嘘っていわれにゃならんのだ」

「だって、お母さまに聞いたよ? 『勉強してると思ったら、アニメばっかり見てる』って」

「そ、それはたまたまママ、じゃなかったお母さんが見に来たタイミングがだな」

「ママとか言っちゃって、かわいい」

「うるせえ。からかうなら帰るぞ」

「そうだ、せっかくだしスーパーまで付き合ってよ」

「なんでだよ」

「恋人気分を味わいたいから」

「……あのなぁ」

「いいからいいから」


 思い付きで誘ってしまった。あれ、そんなつもりじゃなかったのに。


 勢いでというか、定型文のように彼を誘ったわけだけれど、来ると思っていなかったし汗をかく東風兄がかっこいいしでてんやわんやだ。


 脳が、パニックを迎えている。


「なあ、」「ひゃいっ!?」


 変な声が出てしまった。眺めていたのがばれてしまったのだろうか。歩幅的に私が遅れていると気づくと、途端に歩くペースを遅らせたことに気づいて、にやにやしている私に気づいたのか。

 気づきすぎだ。ユリイカよりもさきいかくらいのペースで生み出されている。


「何買うのか、って訊きたかっただけなんだけど」

「あ、ああ。ええと、卵とついでに野菜かな」


 彼は少しだけ驚いたような表情を見せた。なんか変なことを言ってしまっただろうか?


「へえ、意外と健康に気を付けてんだな」

「意外とってなんだ意外とって」


 吹き出すように笑う彼は、「いやいや、てっきり甘いものしか食べない生活とかしてるのかと。女の子だし」と続けた。

「どんな偏見だ。女の子だからって甘いもの好きとか偏見すぎてもはや変見だわ」

「あれ、甘いの好きじゃなかったっけ?」

「好きだけれど」

「好きなんじゃん」

「それとこれとは話が」

「あーはいはい。わかったわかった」

「なんだよ! もう」


 もうすでに店の前まで来ていた。彼と話していると、時間の流れが速く感じる。


「……ちょっとうれしかったんだよ」

 私たちの会話は、店の中に入ったからと言って途切れることはない。が、切り替わることはあるらしい。

「何が?」

「告白してくれたこともそうだけど、断ってもいつも通り接してくれたところ」

「なんだそれ」

「だって、断ったら普通気まずくなるものじゃない?」

「ピュアか。純粋無垢か」

「違うのか?」


 はぁ、とため息をついて、私は説教の感覚を乗せながら言葉を放った。


「まず初めに。フラれたからってすぐに態度を変えるような人間はいません。まあ、確かに気まずいというのはありますが、そんなことしてたらいつまでたっても元に戻れないじゃないですか。告白は現状を破壊して新たな関係を築くものではありません。告白っていうのはグレードアップさせるための儀式であり、またポイントが足りなかったから確率が低くて失敗したってだけで、確定ガチャにまで持っていければいいだけの話です。宝くじみたいなものなんですから。んで、2つめ。もし、『フラれたから、よそよそしくしちゃう』とか考えている時点で、その人への愛はその程度だったということです。一度の失敗だけであきらめるとか、私にはありえません。失敗したら次のためにまた努力をする。そしてまたトライする。幸いにも、恋愛というものは直接人体に影響を及ぼすものではないのです。投資などと違って実害が出るものでもなく、むしろ何度もやることによって自分自身が強くなるといっても過言ではありません。まさかとは思いますが、私の愛を、東風兄はそんなもんだと思っていたんですか? だとしたらお門違いですし、正直言って『一ミリも伝わってなかったんだな』とがっかりと反省にまみれてしまいます。というか、東風兄も告白した身でしょうよ。あの人への愛は、その程度だったんですか?」

「スイッチを入れてしまったのは悪かったけど、ここ一応公共の場だから、そのいろいろと……」


 苦笑いする彼を見て、ようやく私は我に返る。


「……変なこと言ってなかった?」

「大丈夫だ、正論しか言ってない」


 小声でそう交わして、すぐに元に戻る。

 何事もなかった、何事もなかったんだ。

 よし。


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