③
当然、そんないきなりで無茶苦茶な命令じみた誘いは断りました。そもそも僕はみーさんと回る予定だったし。それに、先輩とバンドしなきゃいけないし。
「なら、私が歌う」
「願ってもないことで嬉しいですけど、どうしてそこまで?」
「え、ああ、いやその」
「……い、一応言っておきますが、僕には彼女がいましてですね」
「そういうのじゃないから、マジで」
「……」
そこは嘘でも違う対応を取ってほしかった。そこまで否定する?
「私のもとで文化祭を楽しんでくれれば、何事もすべて丸く収まるの」
「いやだから、そこがよくわかんないんですよ」
「それは、だって」
「言えない理由でもあるんですか? あ、もしかして『僕が命を狙われてる』みたいな感じですか? 委員長、運動神経良いですもんね。ってだから僕は彼女がいるのでそういうのでキュンとなんてしませんって」
「脳内お花畑なの、お前」
「……そこまで言います? だったら、なんだって言うんですか。なんの説明もなしにそんなこと言われても、僕は令嬢でも御曹司でもないので黙って従えませんよ」
「……わかったわ。全部話すから。その代わり、全部信じなさいよ?」
「そんなSFじみた話なんですか? 信じられないようなことが起きてるとか」
「人生は急激にジャンル変更が起きるものよ」
「青春を謳歌したいだけなんですけど。いきなりSFにもっていかないでくださいよ、僕の人生を」
「私からすれば、SFじみた人生に無理やり青春物語ぶち込まれてるんだけどね」
「……それで、どういうことなんですか」
「この学校を、ただの頭がいい学校だとか思ってない?」
「そう、じゃないんですか?」
「ただ頭が良いってだけじゃなくて、そもそもここは『神』を作り出すための施設なのよ」
「はい出た。委員長、そうやって空想と現実をごっちゃにしちゃってるじゃないですか。よくないですよ、本当に」
「だから話したくないのよ、これ話しても十中八九信じてもらえないから」
「信じるも何も、嘘ですもん」
「嘘じゃないんだって、マジで」
そう言って取り出したのは、この街の歴史が書かれている本だった。
「『鎧塚史伝』?」
「この本には、この学校の創立からのすべてが載ってるの。んで、このページ」
「『ここに通うものはみな、何かしらの心の蟠りを持っている。それを放出するものはめったにいないが、放出されたら最後、一つの世界線が崩壊し、他の世界線を基にして、新たな世界線が構築されるだろう。』って、いかにもなこと書いてありますけど、創作物でしょ絶対。僕もたまにやりますよ、僕が主人公で好きな人を守るっていうやつ」
「……次のページ、読んでみて」
「ええと、『最後にこれを書くことによって信じてくれる人がいることを願うばかりである。次の章から書くのは、筆者である志知一二三と粟生香楓、その友人である三ツ森青嵐がまとめた、恋愛沙汰の顛末である。ざっくりと言えば、井口東風と神崎巫葉が如何にして世界線を新たに構築したのかという経緯である』っては? 何を言ってるんですか、これ」
「私だって、分からないのよ。一年生の時に図書室で見つけたのよ、これ」
「……一年生? ってことは」
「粟生香楓という人物も、井口先輩も神崎先輩も知らなかったわよ。そして、青嵐が友達であったことも」
僕の知り合いは基本的に二つの中学校出身です。僕と神崎姉弟、それから香奏ちゃんが同じ中学で、井口先輩とみーさんが一緒です。しかし、委員長——志知一二三さんは、隣町どころか、電車で1時間かけて登校していると聞きました。もちろん、高校からこっちに通い始めているため、こちらの町に来たことすらなかったそうです。
粟生香楓は、確か香奏ちゃんのお姉さんだった気がするのですが……。
「なのに、しかも本としてここに存在していた」
「私だって、本当に困惑状態だったんだから」
「……って、騙されるところでした。これ、あなたが書いたら成立するじゃないですか。一年生の時じゃなくても、それこそ最近作り上げたでっちあげの物語だったら、なにもおかしくないですよね?」
「粟生香楓なんて人、私はかかわりもないし本当に知らないのよ」
「……」
確かに、ここだけがひっかかる。
「そのことについて、一度だけ香奏ちゃんに訊いたことがあったけど、『なんですか?』って急に怒られたことがあってね」
お姉さんに関して詮索されるのは、確かに嫌だろう。
「まあ、もういいです。なんか、たぶん僕の脳みそではキャパオーバーな気がするんで」
「信じてくれる?」
「信じるというか、まあ話半分というか。んで、それが文化祭とどう関係するんです?」
「この本には、『文化祭の日、化学室を爆心地として学校が燃やされる』と書いてあるの。犯人は書かれていなくて、だからそれを止めなくちゃいけないの」
「そんなの、先生方に任せたほうがよくないですか? ちゃんと話せば先生たちだって」
「先生たちが話を聞くわけがないじゃん。この本は先生たちが抱える『神育成計画』について事細かに記されているの。本の内容を認めたら、それまで認めることになっちゃう」
「……そう、なんですか? わかりませんけど」
「それに、先生たちは『神育成計画』によって神が生まれることを期待している。爆弾魔がその人だとしたら、止めることはしない」
「……でも、世界線を新たに構築したのはあの二人なんですよね?」
「新たに構築したのは、ね」
「まさか、破壊したのは別の人だって言うんですか?」
「『こうして彼らは、かの化物を弔うように、敬意を表すようにして、新たな世界線を構築したのだった』。最後の一行よ」
「……かの、化物?」
「きっとこれを書いた後、みんなの記憶が消されたのでしょう」
「ってか、よくこれを信じる気になりましたね」
「まあ、あまりにも共通点が多すぎたからというのもあるけど」
「あるけど?」
「書きおぼえのない本の、私のプロフィールに一言一句違いがなかったから。もう信じるしかないじゃない?」
一言一句たがわないとなってしまえば、確かに信じるほかないけれど。
それにしたって、こんな無茶苦茶な話よく信じましたね。
「……本当にそれが正しいのなら、行ってみませんか?」
「どこへ?」
「香奏ちゃんの家にです」
「……まさか、香楓さんのものを探しに?」
「ざっつらいと」
そこで何かが見つかれば、志知さんの妄言とも言い難くなる。
「……わかったわ」
後は、香奏ちゃんが入れてくれるかどうか、ってだけなんだけど。
「……いくら三ツ森先輩の頼みとはいえ、家に上げるというのはさすがに」
数日後。授業もつつがなく終了し、帰ろうとしていた矢先の廊下でたまたますれ違った香奏ちゃんに、僕は家に上げてもらう旨を伝え、頼みこんだ。結果として、上げてもらえなかったけれど。
「でも、私の姉のことですか? どうして急に?」
「……いやあ、それは」
何といえばいいのか。僕自身信じていない話をしたところで信じてもらえるわけがないですし。
すると、彼女はひとつの仮説が浮上したのか、息をのんで、僕の眼を鋭く見つめた。
「……言えない、ことですか」
「言えないこと、というか、言いふらせないことというか」
「……家に上げることはできませんが、私もよくわからなかった本を、今度持ってきます」
「本?」
「本というか、ノートですが」
「お姉さん直筆のノートってことですか?」
「はい」
え、マジで? そういうのって、本当にあるの?
いよいよそういう空気が流れ始めていますけど、このどっきりいつになったら終わるんですか?
「そ、そっか。なら、また今度ね。ありがとう」
「いえ、それでは」
なんだろう、この歯車が一気に動き始めた感は。まだ信じ切れていないけれど、これは本当にあるのだろうか。
いやいや、自分の人生に限ってそんなことは。そもそも恋愛沙汰ですら遠い世界の話で、それこそ地球の反対側のような話で、こうして生ぬるく生きている自分に、そんな世界が360度回転するような。
「いや、360だと戻ってきてるじゃん。180度でしょうが」
誰も聞いていないツッコみに少し寂しさを覚えつつ、僕は昇降口にたどり着く。
「180度、じゃなくてもいいのか」
遠い世界の話と、本当に思っていたけれど、世界は球体になっている。遠い世界も、ずっと進めば背中合わせ。
僕の後ろには、そんな世界が待っている。
「いやいや、そんなわけないって」
委員長に毒されたかもしれないです。
「よっす、青嵐」
「あ、みーさん。すみません遅れてしまって」
「いいよー、別に。香奏ちゃんと話してたの、見てたし」
夏祭りの一件以来、僕たちは恋人同士になり、こうして毎日のように一緒に帰っている。それは彼女からの提案であったが、僕としてもしたくてたまらなかったので断る理由もなかった。
「ねえ、文化祭さ有志で出るんでしょ?」
「ああ、会長と一緒に。あと委員長と」
「……委員長? どうして委員長が?」
「いろいろあって、ボーカルを頼むことになったんですよ」
「……へえ、なるほど。それで最近委員長と仲良さげなんだ」
「い、いえ別に仲がいいとかそういうんじゃ」
「……怪しい」
「違いますって。僕が好きなのは、今までもこれからも変わらずみーさんですから」
「……まっすぐ言われると、照れる」
「言わせたのみーさんじゃないですか! それより、みーさんの方はどうなんですか?」
「私? 好きだよ?」
「なんか、言わせた感があるんですけど。井口先輩にまた挑戦したいってなったらいつでも言ってくださいね?」
「……どうして、そんな感じなの?」
「どうして、ってどういうことですか?」
「だって、ふつう好きな人が違う好きな人を想っていたら、やめさせたくならない? 忘れさせたいって、そうならない?」
「確かにずっとこっちを見てほしいっていう気持ちもあるますよ。そのほうが嬉しいですし、こちらも安心です。でも、それがあなたの幸せにつながらないのであれば、すぐにでもやめたほうがいいなって思うんです。臆病者とか言われちゃいそうですけど、僕にとっての幸せは、あなたが幸せになることなので」
「……すごいや、ほんとに」
「いえいえ。まあ、命がかかわっているとかそういうことじゃないんで、きれいごとはいくらでも言えますよ」
「私も、それくらい言えたらいいな」
「もしかして、まだあきらめきれてないとか? だったら、今すぐにでも」
「いや、もういいんだ。ありがと。ごめんね、なんかひどい女だよね」
「そんなことないよって、言ってほしいんですか?」
「さすが、読まれたか」
「あなたはひどい女性ですよ。付き合っている男子にそんなことを言わせるんですから」
「ほんと、面目ない」
「でも真面目過ぎてもあなたらしくないですし。自分らしく、当たってみればいいんじゃないですか、気が済むまで」
「そう、してみようかな」
僕は彼女の背中を押した。それが最善だと思っていたから。
彼女は、意を決した。
「これが、そのノートです」
翌日。香奏ちゃんの連絡を受けた僕は、この間の教室を集合場所とし、香楓さんのノートを見せてもらった。もちろん、その交換条件として、こちらがつかんでいる情報もすべて伝えた。そして、委員長を呼び、三人で会議をすることになった。
当初、二人は気まずそうにしていたけれど、話し合うにつれだんだんと打ち解けていった。
香楓さんのノートと委員長の本を照らし合わせると、気持ち悪いほどに一致していた。それが、さらにこの本の信ぴょう性を高くしていく。
これはもう、信じるしかないのだろうか。
「そして、文化祭の日なんですが、もしもこの2冊が本物だとするのなら、この学校は木端微塵になるわけですが」
「これ、絶対犯人三浦でしょ。辻褄めっちゃ合うし」
「いやまあそうなんですけど、でもなんか引っかかるんですよね」
「……青嵐、何が引っかかるの?」
「いや、今の状態ならこんな突拍子もないことしないと思いますし。だって、彼女はもう妹ポジションを獲得し、彼氏もいる状態で何度チャレンジしてもオーケイ、そんな人が嫉妬のあまり爆発事故を起こすだなんて、ありますかね」
「……つまり、今年はもう起きないんじゃないかってことですか、三ツ森先輩」
「そう思うんだけどね」
「先生側で、誰か繋がりができればいいんですけどねぇ」
「……香奏ちゃん、それどういうこと?」
「志知先輩、要はですね、この本に書かれている『神育成計画』について知っている人がいれば、早いじゃないですか」
「確かに」
得心がいって、僕たちは少し黙ってしまった。
それを壊したのは、委員長だった。
「……でも、そんな重要なことを話してくれるような人いるの?」
「このノートに書いてある矢上弓子先生って人がいればいいんですけど」
矢上弓子? 矢上弓子って確か。
「うちの生徒会担任と同じ名前だよ」