001:早朝談義
「……はあ、早起きしてしまった」
カーテンを開くと、太陽の光がほんの少しだけ入ってきた。
「まだ日の出すぐってところか」
結局。
結局のところ、私はフラれてしまった。まあ、そんなことはまったくどうでもよかった。
「まあ、フラれるのはわかっていたというか。作戦の一つというか」
私はあの場面で「いいよ」と言われた方が驚くし、若干引く。だって、切り替え速すぎるでしょ。怖いわ。ずっと恋焦がれていた人に一世一代の告白をして、失敗して、慰められてほいほいついてくるような東風兄を好きになった覚えはない。
むしろ、ここからである。
「さて、どうしたものか」
まずは、告白した相手について知らなければならない。もし可能であればその女性に自分を近づけたいし、反対に攻めていくことだって可能だ。
どちらにせよ、その相手の情報を知ることは大切だ。
「……あ」
私はスマホを眺めつつ、そんなことを考えていると、とある有力な情報源を思い出した。私のほぼ唯一にして、最大の友達。
「青嵐って、まだ交流あんのかな」
三ツ森青嵐。高身長で、ルックスはボーイッシュなイケメン女子……と言いたいところではあったが、しかし彼女——もとい彼は男子だった。見た目だけ見ていれば信じられない事実で、私は何度も確認しようと迫ったが、最終的には戸籍謄本のコピーを見せてもらうことでようやく私も認識することができた。
そんな彼は、男女ともに絶大な人気があった。彼を見ると物は言いようという言葉がよくわかる。
ヘタレで何事にも臆病なところは、優しく穏やかで慎重なまじめな性格ととらえられるらしい。一つだけ悪いところがあるとするなら、私とまで仲良くしていることなんだとか。
やかましいわ。
「なんもしてねえわ」
閑話休題。
ともかく、彼はその人気っぷりから生徒会へと参加している。さすがに彼の意向で生徒会長とはならなかったが、それでも副会長である。
少しだけ生徒会について言っておくと、基本的にこの学校は1年と2年が主体となり、3年は仕事がなくなる。それは、受験勉強に集中させるためとかなんとかで、「さすが進学校」と思っていた。だが、ゴールデンウィーク明けに行われる体育祭や、10月に行われる文化祭など、結局は3年も手伝わないと手に負えないことが多々あるので、あんまり意味をなしていない。
あくまでも儀式上、ということらしい。
「あ、つながった」
『もしもし、こんな朝早くどうしました?』
「ああ、いや特にはあれなんだけど」
そうだった。全く考えていなかったけれど、今めっちゃ朝早いんだった。
まあいいか。
『何ですか、なんも伝わってこないんですけど』
どうりで、いつもよりもイライラが声に乗っているわけだ。
「ほら、東風——井口東風っているでしょ?」
『ああ、生徒会長ですか? 会長がどうかしたんですか?』
「彼が好きだった人って知ってたりする?」
『……』
え、何その沈黙。決して聡明とは言えない頭を働かせていないで、さっさと答えを教えやがれ。
あ、こういうところか。
「どしたの?」
『いや、実際に告白したのかどうかは知りませんけど、僕が言ってもいいのかなって』
「いいよいいよ、どうせ伝える相手もいないんだし」
『そうですか? なら』
「ほら、早く」
『神崎巫葉です。あの、手芸部部長の』
「手芸部部長?」
私が部長界隈に詳しいわけがないじゃないか。
『ええと、確かこないだの期末テストで学年一位だったとか』
いや、もっと知らないけれど。
しかし、すごいな。
この学校——釜戸市立鎧塚高校——は、学生数は少ないものの、この近辺ではトップの進学校である。それに加え、東風兄の代は史上最高の合格最低点を記録したと中学校で話題になっていた。
そんな学年の第一位様とは。
『まあでも、そんなに気後れすることないんじゃないですか?』
「いやまあそうだけど」
『認めるんだ』
まあ、人一倍勉強が好きだった私が、ほかの『学歴のためだけの勉強』をしてきたやつに負けるとは思っていない。
こういうところなんだろうな。
「見た目は? どんな感じなの?」
『もうめんどくさいんで、自分で確かめたらどうです?』
「君、一応は臆病な性格として通ってるんだよね?」
『君といたら、誰だってこんな性格になりますよ』
「さいですか」
『とにかく、春休みまで待ってください。それからじゃ遅いですか?』
「……なんで私が怒られているんだろうか」
『早朝に電話かけてきたからじゃないですか?』
「確かに」
確かに。
電話が切れた後、私は後悔も反省もすることなく、思考に移った。
「しかし、春休みの間には会っときたいよな。会うことを期待したいよな」
ぐうぅ。
いいタイミングでおなかが鳴った。
「朝ごはんにしますか」
私は部屋から出て、キッチンに向かう。
家族はいない。と言っても、別に亡くなったとか、海外出張をしているというわけではない。二人とも祖父母の家にいるのだ。介護的な? 確かそんなことを言っていた気がする。
お金の方はたんまりと残してくれたし、私自身、高校受験対策の家庭教師をしているのでその辺は全く気にしていない。
それに、隣に住む東風兄のお母さまが時折様子を見に来てくれるので、別段不便をしているというわけでも、自由を満喫しているというわけでもない。
「……あ」
いざキッチンに立ったところで、大切なものの存在に気付いた。
ほら、言うじゃない?
大切なものは、無くして初めて気づくって。
「卵が無い」




