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君色カレンダー  作者: 三河安城
粟生香奏の回想
17/30

003:倫理的方程式

 姉の死に際に会話を交わし、姉の遺志を継ぐなどというドラマティックな展開を期待していたわけではなかったし、そもそもそんなラストをそんな早くに臨んでなどいなかった。


 それに、姉の訃報は授業中に聞いた。

 どたどたと走る担任の足音が徐々に自分の教室に近づいてきたとき、『あ、またなんか誰かやらかしたのか』とかと呑気に考えていた。


『粟生、いるか?』

『……私、ですか?』


 何かやらかしたか? なんて思いながら教室を出たのを覚えているが、それ以降の記憶がない。

 確か、姉が死んだとかなんとか言ってて、どっかの病院で……あれ?

 気づけば、私は霊安室というところにいた。

 隣では両親が泣き崩れ、菊原さんが立ちすくんでいた。


『……香奏さん』

『……菊原さん、えーちゃんは』

『……ほんとに、ごめんね』

『あや……まらないで、ください』

『もっと、私が』

『違うんです。きっと、姉が』


 無理した。何度も何度も言ったのに、彼女は無理をしたのだ。私に何でもしょい込むなって言ったくせに、自分が一番しょい込みやすい性質(たち)なのに。


『……聴いてくれるって、言ったじゃん。私の、トランペット』


 どうしてそうやって無理するかなぁ。

 どうしてつくろったりしたのかなぁ。

 なんで一人で勝手に我慢するかなぁ。

 そんなに信頼できなかったのかなぁ。

 どうして気づけなかったのかなぁ。

 えーちゃんだからって決めつけて。

 大丈夫だろうって、思考放棄して。


『……どうすれば、よかったの? えーちゃん』


 あとから聞いた話だと、姉は過労による急性心不全で亡くなったそうだ。発見されたのは亡くなった翌日。第一発見者は菊原さん。朝に顔を合わせないなと思って連絡をしたものの返信がなく、心配で見に行ったところ、玄関で倒れていたそうだ。


 法事などを済ませてもなお、生きる気力がなくなっていた。授業もまともに聞こえてこないし、そもそも人の話すら入ってこない。

 ずうっと、ぼうっとしている感覚。


 放心状態。


『……さん、……おうさん』

 ふわっと聞こえる声に反応し、首を左右に振る。

『大丈夫? 粟生さん』

『……え? 何がですか?』

 その声の持ち主は、生徒会副会長である三ツ森青嵐(みつもり せいらん)先輩だった。

『いや、なんか放心状態みたいな感じで、調子でないのかなって』

『い、いえそんなことは』

『疲れてるんだったら今日帰っても構わないよ?』

『……だ、大丈夫です』

『そっか。ならまあ、ゆっくりでいいから』


 久しぶりに届いた他人の声は、優しく心を包み込んだ。閉じていた心のドアが、彼にだけ開いていくような気がした。


『じゃあ、ちょっと先生のところ行ってくるから、無理しないでね』

 今その言葉はきついものがあった。しかし、関係のない先輩まで困らせてしまっては意味がない。

『わかりました』


 彼が出て行ったあとすぐに、来客があった。


『……今、大丈夫ですか?』

『ええと、手芸部の神崎先輩、でしたっけ?』


 可憐で美しい先輩としか考えていなかった。しかし、これは。

 鼓動が激しくなる。耳や頬が温かくなるのを感じる。


『今年の文化祭の予算なんですけど』

『あ、ああ。まだ受け付けてますよ』

『いえ。今年は要らないということでお伝えしに来たのです』

『……ええと、そう、なんですか』

『ほかの部に回しておいてください』

『わ、分かりました』

『それでは。ええと、お体ご自愛下さいね。生徒会は大変だと聞きますし』

『……ありがとう、ございます』


 笑顔を見せてくれた先輩は、そのまま可憐な雰囲気のまま去っていった。

 すれ違うようにして三ツ森先輩が帰ってきた。


『今のって手芸部の?』

『……先輩』

『な、なんですか?』

『好きな人が、できたみたいです』

『……え?』

 ……あれ? 姉の死と向かい合うためにした話に、好きな人の話がくっついてきた。


「……もしかして」

 姉の死を受け入れたくなくて、姉の代わりとして、神崎先輩を好きだということにした?

「……いいやいやいや」

 そんなわけないか。


 その後はどうでもよくなっていた高校受験を、三ツ森先輩と神崎先輩が行くと聞いてこの高校にしたり、そこで三ツ森先輩から家庭教師として三浦先輩を紹介してもらったり、そんなこんなで今に至るというわけだ。


「……あれ、やっぱりそうなのかな」


 となると、これは恋ではないのだろうか。しかし、胸はぎゅんぎゅん鳴るし、近づけば顔だって赤くなる。緊張していることに間違いはないのだから、これは恋でもおかしくない。……それに、男の人と話すときもこうなるよな。例えば、野球部の……なんて子だったっけ? あの子と話していた時も、結構緊張したし。いやでも、それとこれとは話が違うし。


 先輩と話すときはうれしさが後味として残るもん。


「……でも」

 姉を忘れられずに、姉の代わりに想っているのだとしたら、それは先輩に対して失礼なわけで……。

「失礼ってなんだ?」

 姉に対して抱いていたあこがれという感情は、決して相手を馬鹿にしているわけでもない、むしろ崇めているものである。だから、失礼には当たらないんじゃ?


「……でも、代替品みたいな扱いってことだよね?」


 ……それを言われると辛い。

 姉の死を乗り越えて、そのうえで神崎先輩を好きになったのか。

 それとも、姉のことを忘れられずに、神崎先輩に乗せているのか。


「わからない、わからない」


 恋愛なのか、家族愛なのか。

 その辺の方程式より、難解だ。


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