000:命日
前期中間考査を来週に控えた私——粟生香奏は、特にすることもない自習時間に、ノートをじいっと眺めていた。
もちろん、やるべきことはやったし、やれることは全部試した。
しかし、クラスのみんなは普段していないからなのかこの時間を喜び、死んだ目をしながら中間考査対策に取り組んでいる。意味がないというつもりもないけれど、追い込まれながらやるのって楽しくはなさそう、とは思ってしまう。
私自身、今でこそ楽しくやっているけれど、昔は義務感を感じながらやっていたのでよくわかる。……義務感というか、恐怖感に近いかもしれない。
『これくらいやらなきゃ、追いつけない』
そんな恐怖が駆け巡る小学校生活だったような気がする。
そんなことはどうでもよく。
窓の外を見たところで、そろそろ見飽きた。先生も完全に突っ伏してしまっているし。疲れているんだったら、来ないでほしい。
天井を見上げて、ぼうっとする。
「……時々あるんだよな。放心状態というか、何も手に着かないタイミングというか」
そういう時は、決まって何かの妄想をする。あるいは、想像をする。もしも、この学校にテロリストが現れたらとか、授業終わりに神崎先輩に会えたらとか、そういうことを考えるようにしている。
「テロリストが来たところで私、何もできないんだけどね」
「神崎先輩が来てくれたら、それだけで死ねる」
そんな独り言も、集中を極めたクラスメイトには届かない。
どうしてそんなことをするのかというと、何より楽しいからと言いたいところだが、何も考えずぼうっとしていると思い出してしまうからというのが何より大きい。
「……お姉ちゃん」
脳裏に映るあの景色は、一生忘れることはないのだろう。
ひたすら忘れようにも、視線をそらそうにも追いかけてくる悪魔は、私の心を深くむしばもうとする。忘れたい、忘れたい。いなかったことにしたい。
ほら、こうやっていつも苛まれるのだ。
「無限ループは、もういや」
無かったことにしたい。いなかったことに、してしまいたい。
……。いいや、今日は違う。今までは、そうやってごまかしてきたけれど、今日ばかりはそう言っていられない。もう3年目になるのだ、いい加減私も向き合わなきゃいけない。
ちゃんと向き合わなきゃ。
「今日は、そういう日にしよう」
6月12日。姉である粟生香楓の命日だ。