003:翌日
昨日の晴天とは裏腹に、曇り空が広がる今日。体育祭の振替休日だったため、僕はこの日に足の検診をしてもらいました。その帰り道のこと。
「やっぱりまだ痛そうですね」
「……そうなんですよ、ってあれ?」
急に話しかけてくるなんて、どうせみーさんかあるいは香奏ちゃんくらいだろうと思っていたけれど、今回ばかりはそうではないようです。
「神崎先輩じゃないですか」
「ええ、そうです」
「どうしてこんなところに?」
「家が近くなんですよ」
「あー、なるほどそういうことですか」
それにしても、私服が似合っていて美しい。こりゃモテるわけです。
「……あ、あの」
躊躇しているのか、彼女はなんだか気まずそうにしています。話しかけた理由も、何か僕に言いたいことがあったからなのでしょうか。……あれ、なんかしたっけ。
怖い怖い。確か、何もしていないはずなんだけど。まさか、昨日のこと? でも、やましいことは何一つしてないし。
「昨日、三浦さんが運んでくださったみたいで、それで」
「ああ、お礼が言いたいってことですか? でも、みーさんから聞きましたけど連絡先は交換されてますよね?」
「え、ええ。なので、電話で伝えたんです。そしたら、すごくいい子で、可愛い反応してくれて」
「ああ、そうですか」
「それで、誕生日が近いということを知りまして。なので、」
「……?」
「一緒にプレゼント見に行ってくれませんか?」
まさかのお誘いでした。そういうのは、井口先輩と行ったほうがよくないですか?
「井口先輩と行ったほうがよくないですか? 先輩の方が付き合い長いんですし」
「いやでも、女性のプレゼントですし。女性と行ったほうがいいかなと思いまして」
……ああ、そうだった。
もう男子と知っている人たちとの関わりしかないから全然問題に挙がっていなかったけれど、外から見れば僕は女性っぽい見た目をしているんだった。
メンズの服なんだけどなぁ。
「そ、そういうことですか」
だからと言って、先輩の相手になれないのは申し訳ない。僕だってみーさんが喜ぶ姿が見たいのです。
「な、なら行きましょうか」
「ありがとうございます」
こうして、デートみたいな何かが始まったのでした。
道中、神崎先輩からいろんな話を切り出してもらってしまいました。僕から何を話せばいいかわからなかったというのもあるけれど、彼女はそもそも気遣い屋なところがあるのでしょう。ありがたい限りです。
少し恥ずかしいところまで踏み込んだ話もあるので、その辺は割愛します。
「それにしても、結構仲良くなったんですね」
「ええ、まあ。話していると、なんだか妹のように思えるんですよね、彼女」
「お姉さんだと、そんな風に感じるものですか」
「だから、彼女には喜んでほしいんです」
その儚げな笑顔は、どこか諦め始めているような気がしました。何をと言われたら、即答はできないけれど、「この結末でもいいか」と、そんな風に考えているそぶりに見えました。
「それじゃあ、素敵なプレゼント見つけましょう」
「ええ」
とはいえ、僕にはプレゼント——ましてや、女性へのプレゼントの素養なんてありません。一緒についてきたはいいけれど、何の役にも立てやしません。
どうしたものかと考えていると、彼女はすぐさまプレゼントを購入していました。タンポポがあしらわれた髪留めです。
「目をつけていたんですか?」
「実はね」
「じゃあ、どうして僕を呼んだんですか?」
「ほ、ほら一人じゃ入りづらいから」
「……先輩って、結構人付き合い苦手だったりします?」
「……ま、まあ」
照れ笑いを見せる神崎先輩のその姿に、彼女たちが惚れる理由があふれ出ていました。
「あ、そうだ。せっかくついてきてくれたんだ。お礼に何かおごるよ」
「先輩、そんな性格だとお金尽きますよ?」
「いいんだよ。いずれ多く稼げば。それに、君たちは黙って甘えていればいいんだ」
そう言うと、彼女は近くのアイスクリーム屋に連れて行ってくれました。そこには、多種多様なアイスがあり、どれもがおいしそうでした。
「……私はバニラにするけど、君はどうする?」
「じゃあ、チョコレートで」
訊かれたときに目の前にあったからで、特に意味はないです。
「いただきます」
「召し上がれ」
僕もかくして、仲良くなれたわけだけど、一つだけ踏み込めないところがありました。それはきっと、僕が踏み込んだとしても軽くあしらわれることでしょう。
「……え、なにしてるの?」
刹那。アイスよりも冷たい視線を感じました。
「あ、三浦さん」
「巫葉さん、どうして彼といるんですか?」
どういう説明をするべきだろうか、というか僕が口をはさんでいいものか。
「た、たまたま神崎先輩がいたから、僕が同席させてもらったんですよ」
「……本当は?」
嘘を見破るのが速すぎる。
「先輩も先輩です。私だったからよかったものの、これが東風兄だったらどうするんですか?」
「……でも、ちゃんと東風君とは連絡を取って、出れないと知ったから」
「それで青嵐を誘ったと。尻軽もいいところじゃないですか」
「ち、ちがうよ。先輩は」
「違わない、何も違わない」
気が動転しているのか、みーさんは涙を浮かべていました。普段は冷静で、何があっても懐疑的というか、斜に構えて発言するのに。
「失望しました」
彼女史上、きっと初めて感情だけで怒りを表した瞬間でした。
「……」
神崎先輩は、何も言えなくなってしまいました。
去っていくみーさんを僕は追いかけたけど、いつも以上に逃げ足が速くなっていました。ちょっと治ったとはいえ、まだけが人なんだぞ、こっちは。
「……ここはあまりにもずるいですよ、みーさん」
逃げついた先は、公園のトイレでした。
「……うるさい」
「あの、だから違うんですって、ちゃんと話を聞いてください」
「……わかってる」
「だから、神崎先輩は……って、へ?」
「……本当は、分かってるの。失望したって言った瞬間、彼女が大切に包装されたものをぎゅっと握りしめていたの、見えてた」
「……それは」
「……昨日誕生日の話をして、東風兄と話して、君を誘った。あのプレゼントが私へのものだとしたら、すべてつじつまが合うのはわかってる」
……学年一位、おそるべし。
「でも、だったら」
「あそこまで言った手前、引けなくなっちゃって」
なんでしょうか。頭の回転は速いのに、大事な何かを獲得していないような感覚を覚えます。
「……素直に、謝ればいいじゃないでしょうか」
「できないよ、絶対傷つけたもん」
「大丈夫ですって、そんなことで『この人とは話したくもない』ってなるような人じゃないことくらい、みーさんの方がよくわかっているでしょうに」
「……そう、だけど」
「だったらさ、ほら出ておいでよ」
ちょうど神崎先輩も到着したので、ここでバトンタッチをします。
「……正直言って、今君がなんで怒っているのかわからない。だって、私は女の子と一緒に買い物をしていただけだから。それで、東風君が出てくる理由がわからない」
「……え? 巫葉さん、本気で言ってる?」
「なにが?」
「そこにいる青嵐は、男だよ?」
「……」
無言でこちらを見ないでください。こちらにも一応言い訳があるんですから、それは後で話しましょう。だから、そんな強い視線を僕に刺さないでください。
「……はぁ」
だから深いため息をつかないでください。
「私が悪かったわ。軽率だった。まさか、この子が女子と自らを偽るだなんて思いもしなかったの。申し訳ないわ」
「……ううん。こっちの勘違いだし、悪いことも言った、こっちが悪い。ごめんなさい」
「……髪留めなんだけどね。君に似合うと思うんだ、ぜひつけてほしい」
ゆっくりと、扉が開きます。
「……ありがとう」
少し不貞腐れたような表情だけれど、それでも反省の色は見えました。
「……に、似合う?」
「ええ、とってもかわいい」
ほめられた彼女が見せる笑顔に、傍観者の僕もうれしくなってしまった。
「さて、無事解決しましたし帰るとしますか」
「ちょっと、何なかったことにしようとしてるの? 青嵐君」
「……何でしょうか、神崎先輩」
「青嵐からの謝罪は、してないよね?」
「二人で共闘する感じですか、そうですか」
この後、僕はめちゃくちゃ荷物持ちをさせられました。けが人にそれは厳しすぎるだろと思ったけれど、混乱を招いたのは僕です。しょうがない。
少し曇っていた空も、今では明るい青が広がっています。
二人の笑顔が見れただけでも、よしとしなくては。
「……って割り切れるわけないでしょ、この量は」