001:体育祭当日
ここからは、僕こと三ツ森青嵐が、彼女たちの動向について説明していきたいと思います。というのも、僕は体育祭練習中に思いっきり足をくじき、出場を辞退せざるを得なかったわけですが、学校に行かなければ欠席扱いになってしまうので、仕方なく救護室待機となっているためです。
理由になっていないって?
後々わかります。
「……本当にこの人たちは」
救護室から体育祭の状況がわかるのですが、その様子というか、主に二人からの熱い実況がうるさく……もとい賑やかで、だから十分に説明できるという次第なのです。
「まただ」
始まってまだ数分しか経っていないのに、二人からのメッセージはなかなか途絶えません。
まずは、先輩から。
『巫葉さんがこっち向いた! 超かわいい!』
「はいはい、そうですか」
『お前、まだわかってないだろ、あの子の可愛さが』
「理解はしてますよ、先輩のリアクションに呆れているだけで」
『呆れるなよ』
「まあ、いいんじゃないですか」
そして、お次はみーさん。
『東風兄が全然こっち見てくれない』
「アピールしなきゃわかんないんじゃないですか?」
『してるもん。なのに、巫葉さんばっかり』
「しょうがないですね。僕から言いましょうか?」
『それは絶対ダメ。偶然じゃないと、いけないから』
「……そう、なんですか? なら言いませんけど」
『でもやっぱり見てくれないと』
「何なんですか、まったく」
そんなことが小一時間続き、ようやく井口先輩の出番が回ってきたようです。
「頑張ってください」
『めっちゃかっこいいところ見せてくるわ』
かっこいい絵文字ってそんなにないんだなぁとふと思いました。
『次! 東風兄の番!』
「はいはい、わかってますよー」
『超かっこいい!』
よかったですね、先輩。
「よかったよかった」
と、その時。
「あ、ここにいたんですか、三ツ森先輩」
久しぶりの声に、僕は心底驚き、ついつい携帯を床に落としてしまいました。
「香奏ちゃん、久しぶり。いつぶりだっけ?」
「家庭教師の三浦先生を紹介してくれた時以来なんで、半年ぶりくらいですかね」
「なるほどなるほど。それで、どうかしたの? ってか、鼻血?」
「……あの、お恥ずかしい話なんですけど」
「今日は聞き手に回る日だから、何でも言って」
「巫葉、先輩の、体育着姿が、そのえっちで」
「……それで、鼻血を?」
「すみません」
「いや謝られても。本当に好きだよね、神崎先輩のこと」
「……好き、というか憧れ、なんですよね」
「憧れ、ねえ。確かに女性にもモテそう」
少しの間が空きます。彼女はとことことこ、と歩いてきて僕の目の前に座りました。携帯をいじろうとする僕の瞳を、のぞき込むように見つめてくるので、気になって仕方がない。
「どうしたの?」
すると、彼女はためらいながらも、意を決したのかぎこちなく尋ねてきました。
「……あの、今巫葉先輩って好きな人とか、いるんでしょうか」
「……訊いてどうすんの? なにかするわけでもないんでしょう?」
「そ、そうですけど。でも、いたら気にならなくなるかなって」
「嘘つけ。彼女を追いかけてこの学校に入学したくせに」
「笑わないでくださいよ」
「……そうだな。好きなのかな、きっと」
「い、いるんですか?」
「いないこともない、って感じなのかな。でもその辺結構複雑でさ」
言うべきか言わないべきか。迷いに迷った結果、名前は言わないことにしました。プライバシーだからというのもあるけれど、僕は当事者じゃないから、べらべらとおしゃべりしていいわけがないからです。
「……そう、なんですね」
刹那。ぴこんと携帯が鳴りました。
『……巫葉さんって、やっぱりきれいだなぁ』
「何をいまさら……って、へ?」
送りかけたメッセージをあわてて消して、見返します。これは井口先輩じゃない、みーさんだ。
……え、みーさん?
「どうしたんですか? 三ツ森先輩ですか?」
「い、いや何でもない」
ま、まあこれはきっとあれだろう。敵にもあっぱれだという感じのあれなのだろう。
『……東風兄が好きになるのも、納得しちゃうなぁ』
なんですかその余韻は。負けを認めたんですか? こないだの威勢はなんだったんですか? あの後、ゴールデンウィークの時にめっちゃ遊んだって嬉々として2時間も話していたのはどこのどいつですか?
「ま、まあ確かにそうだよね」
そうとしか送れなかったです。
まさか、いやいや。
「あ、そうだ。ついでなんですけど」
「素で次いで扱いするな。本当に君は」
「三ツ森先輩は、好きな人とかいないんですか?」
「僕は……」
そういえば、いろんな人の恋愛相談を聞いてきたけれど、自分自身誰かに恋をするとか、そういうことは一切考えたこともありませんでした。
それは決して女性陣が理想に合わないとか、そういうことではなく、単に理想がなかったんだと思います。
「いないよ。そもそも、相談じゃなくて、聞き手だったしね」
「……? そうなんですか」
彼女は、少し残念そうにため息をつきます。
「先輩も、良い恋できるといいですね」
根がまじめなだけに、この子は本当にあざとい。……人にあざといと思うということは、好き嫌いの感情自体はあるのだろうか?
でも、恋愛までには至らない、ということなのでしょうか。
自分でもわからない。まあ、いいか。
「当分はいいかな」
僕の変な予感というのは、実は結構当たります。
だからきっと、これも本当のことになるのでしょう。そうなると、あっとびっくり形勢逆転です。井口先輩、これは逃しましたね。
ラブコメの主人公の座が、奪われた瞬間を垣間見た気がします。