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君色カレンダー  作者: 三河安城
君の笑顔が見たくて
10/30

002:お休みの日に

 昨日の霹靂は、今日の天気の前触れだったようですね。


「すごい天気」

 人が立っていられないような暴風に、窓をたたく大粒の雨。

「こりゃ、どちらにせよ休みにする日だったなぁ」

 窓の外を見ながら、私はうなだれます。


 本当は。


「気分転換に公園にでも誘おうかと思ったんだけどな」

 しかし、それでは単なるデートです。彼にそんな余裕などありません。きっと、今は予習復習をしているに違いありません。なのに、私がこんなことでどうするんだ。

 先生でしょ、私は。


「お姉ちゃん、ちょっとわかんないところがあるんだけど」

「え?」


 清吾が私の部屋を訪れるなんて久々です。特段気にしていたわけではないし、むしろ避けていたのは彼の方だったのに、いったいどういう風の吹き回しだろうか。


 まあ、外の風は強いけれど。


「ああ、ごめんごめん。いいよ、何?」

「ここなんだけどさ」


 昔、こんなことがあった気がします。それは確か、私が中学に上がるときで、彼がまだ小学生だったころ。

『お姉ちゃんの言ってること、全然わかんない!』

 今考えれば、確かに自分の思考回路をそのままぶつけてしまっていたのかなと思う。だから、彼は反発してしまいました。

 直接の原因なのかは知らないけれど、それもあって訊きづらかったのかもしれないです。


「……最近さ」

 彼はつぶやきます。

「最近、ようやくお姉ちゃんの言ってることがわかってきた」

 それは、私が成長したからでしょうか?

 きっと、そんなことではなく。


「さすが、自慢の弟だよ」


 彼は努力していました。理由はもちろん知っているけれど、私が知っていることを、きっと彼は知らないでしょう。私と違って、清吾は態度に出てしまうから。そんな彼を愛おしく思わなかった瞬間なんてない。

 いつだって、かわいい弟なのです。


「なんだよ、お姉ちゃん」

「なんでもない。久々に頼ってくれて、うれしかったの」

「……ま、まあ今日は家庭教師の三浦先生がお休みだから、訊いただけで」

「つれないなぁ」

「……それと、お姉ちゃんの努力がどれくらいのものなのか知ったから」

 おっと。彼からそんな言葉が出るとは思いませんでした。

「私は努力なんかしてないよ」

「……でも、ここまで来るのに相当苦労したんだ。天才だって、言いたいの?」

「違う違う。ただ、楽しくってここまで来たってだけ。努力したって感じたことはないよってこと」

「やっぱり、お姉ちゃんはわからん」

「それでいいんだ。お姉ちゃんだって所詮は違う人なんだ」

「……ふーん。じゃあ、僕は部屋に戻るから」


 そういえば。


「ねえ、三浦先生お休みって言ってたの?」

「うん。だいぶ前から、今日は用事があるからって」

 だいぶ前? 私が彼に休みを与えたのは昨日の話だから、さすがにそこは偶然でしょうか。あるいは。

「……そっか。ありがと」


 彼は不思議そうに部屋を出た。


 東風君と三浦さんが同じアパートの隣どうしであることは知っています。この天気じゃ外に出れないから遊びに出かけることもできないでしょう。だとすれば、それぞれ自分の家でごろごろしているのかな。


「あーあ、可哀想に」

 ……って、そんな単純なわけがないじゃない。彼女は、曲がりなりにも学年一位の立場にいる女性です。それに、彼を好んでいるわけでして。それはもう、私の一目惚れをはるかに上回る熱量で、その熱量だけでお湯を沸かすことができそうなくらいに。


 へそで茶を沸かすことはできないでしょうけど。


「まさか」

 私は急いで電話をします。相手はもちろん東風君です。

「もしもし東風君?」

『……なんだ? どうした?』

「あれ、もしかして寝起き?」

 もう昼過ぎなのに? 昼寝でもしていたのでしょうか。


『いやあ、昨日変なタイミングで寝ちゃったから、真夜中に目がギンギンになっちゃって』

「それで、今まで勉強してて、疲れたから寝てたの?」

『ご名答』

「ならよかったわ。てっきり私、三浦さんもいるのかと思って」

『三浦? みぞれならいるよ?』

「……え?」


 え?


『なんか、今朝急にやってきて、『雨降ってて暇だから』って。ってか、知り合いだったっけ?』

「ええと、ああんと」


 どう説明すればいいの? ライバルとも少し違うし……。


『まあ、みぞれが知ってるから同じように学年一位のうわさで聞いたとか?』

「ま、まあそんなとこ」

『なるほどな……なに? みぞれ』

「ど、どしたの?」


 気が気でない。彼が、寝起きの彼が女性と二人きりの部屋にいたなんて。寝ているということは何をしたってかまわない状態になっているということで、つまり言えば完全どフリーのキーパーと一対一なわけで。


『なんか、変わってほしいって。一回みぞれに変わるな?』

「は、はい」


 恐ろしい子——三浦霙(みうら みぞれ)

 とたん、私は声が震えるのを感じました。……落ち着け、私の方がお姉さんなんだ。


『もしもーし、いつも東風兄がお世話になってます。三浦です』

「も、もしもし。三浦さん。ちょっと一人になってもらえる?」

『もちろんそのつもりですよ。東風兄、ちょっと携帯借りるねー』

「……行きましたか?」

『ここなら聞こえてないと思いますよ』

「ふう」


 まずは、確認作業に入らなければなりません。でも、どれの? どこまで行ったとか? そもそもどうしてこの日に、とか?


『あの、何もしていませんよね?』

「おっと、彼女さん面しちゃいます? 残念ながら、何もしていないわけはないですね」

『……確かに、彼女ではないけれど。何をしたの』

「大丈夫ですよ、抜け駆けなんてしませんから。ちゃんとあとで送ります。あ、そうだ連絡先教えてくださいよ」

『……わかったわ。後で東風君から聞いて?』

「了解です」

『あともう一つ。どうして今日が休みだとわかったの? 弟——清吾はだいぶ前に今日が休みになるって聞いていたみたいだけど』

「だいぶ前っていうと語弊がありますけど。まあ、今日周辺で大雨が降るっていうのは天気予報で見てましたし。さすがに学校には行かないかなって」

『でも、図書館の可能性もありましたよね?』

「学校行かないのなら、図書館もいかないでしょうに」


 それもそうです。確かに。いやいや、あっちに主導権を握らせてはいけません。

 落ち着いて、落ち着いて。


『ああ、それと』

「な、なに?」

『もちろん、彼の第一志望合格が私の希望です。だから、勉強の邪魔をして『こっちに来て。私にかまって』なんていうつもりもありません』

「……なるほど。つまり、合法的に——しょうがないタイミングなら遠慮なく攻めるということね?」

『さすが学年一位。頭のキレが戻ってきましたか』

「例えば今日とか、もしくは体育祭とか?」

『幸いにも、学校にはいろいろな行事(イベント)がありますからねぇ』

「……まあ、頑張ってください」

『いつでも寝首を搔きに行きますからね。待っててくださいね』

「首を長くして待ってるわ」


 通話が切れました。


「……はぁ」

 あの人と会話するのは、本当に精神が削られます。

「体育祭、どうしよ」


 男性陣なら、きっとこういうタイミングなら運動神経の良さをアピールするのでしょうけど、女性陣はいったい何を推せば。


 私に運動神経は求められていないでしょう。ともすると、弁当を作るとか?

 いやいやいや、さすがに友達の身で弁当は重い。

 サポートに回ると言っても、3回目の体育祭で手伝うことなんかほぼないですし。


「……ダンス」


 私が出場する競技の中の一つに、男女混合創作ダンスというのがあります。体育祭に関係あるのかと言われれば、まあそれは御愛嬌ということで。


 通称ペアダンスと呼ばれる種目は、少しだけ親密になれる振りがあります。


「それを使えば」

 忘れさせないように、してやればいい。そして、嫉妬させてしまおう。

 そんなことを考えていると、携帯がぴこんと鳴りました。どうやら、三浦さんと友達登録ができたらしい。

 続いて、またしてもぴこんと鳴りました。


「ん?」

 送られてきたのは、写真とメッセージでした。


『かわいいでしょ、寝顔。私がしたのは、寝顔の盗撮くらいですよ』


 にしし、と笑う絵文字を駆使したそのメッセージに、不覚にも笑ってしまいました。

 深く考えていた私がばかでした。

 彼女は真剣に、本気で彼が好きなのです。なのに、それをぶち壊すようなことをしないでしょう。さらに言えば、彼女は学校での状況が嘘みたいに人懐っこいです。


 むしろ、よく振り向かずにいられるなと思ってしまいます。


「……知ってるよ、見たことあるからね」


 送り返すと、三浦さんはむすっと怒った絵文字だけ返してきました。


「……もしかして、東風君にくっついて動くことが多々あるから男女ともに引かれているんじゃないだろうか」


 そんなことを考えながら、私は携帯を閉じ机に置きました。


「まあ、そんなことは関係ない」


 私は自分の教科書を開きます。

 体育祭は、そこで仕掛ければいいのです。後は、自分にできるのは勉強だけです。教科書を読み、理解し、そして伝えます。


「三浦先生には、負けていられない」


 そう心で誓いながら、私は勉強を続けます。

 勉強する理由は移り変わる。まるで、花の色のように。

 それでも同じ向きに視線が向いているのなら、何より楽しいという気持ちが残っているのなら、それで十分なのです。


 彼のために。彼の笑顔を見るために。

 そして、君の後押しをするために。


 今日もまた予習復習を欠かしません。


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