000 何度目かの告白
もしも君が、私色に染まってくれたら、そんな不幸にはさせないのに。
晴れた青空は、傷心の彼をそっと包み込むように、ほのかに暖かかった。小鳥はさえずり、虫もそろそろ飛び回るような、そんな優しい春だった。
3月暮れ。1年間のすべての授業を修了し、来年度に向けた準備期間として設けられた春休みを目前に控えた金曜日のこと。
「ぼろ負けじゃないっすか、パイセン」
校門の前に、一人たたずむ少年がいた。私——三浦霙の幼馴染で、一つ先輩の井口東風先輩だ。見る限り、どうやら告白してフラれてしまったらしい。まあ、今のご時世——というか、高校生の身でありながらバラの花束はさすがに重い気がする。
まあ、そういうところもかわいいのだけれど。
「うるせえ、いいんだよ、これで」
多少投げやりになるけれど、決してバラを投げつけたり、私に八つ当たりをしてきたりしないあたり、常識人だなと個人的に思ってしまう。
あるいは、優しい人だと感じてしまう。
「あらら、そんな強がっちゃって。本当は泣きたいんじゃないんですか?」
「泣かねえよ、さすがに」
何かが外れたかのように、ハハッと笑う彼は、小さいころに見た笑顔と何も変わっていなかった。そして、そんな彼を見て私は、心から安堵する。
「とか言って。本当は苦しいくせに」
とか言って、苦しいのは私だ。花束を見たときに悲しみ、フラれたとわかって喜んで。
彼の行動一つひとつに一喜一憂している。もはや、百喜百憂と言ってもいいくらいだ。
「俺の何がわかるって言うんだよ」
彼の瞳は、とてつもなく真剣だった。笑顔で取り繕っているけれど、その瞳はごまかせるものではない。
「全部ですよ」
「……はぁ?」
君の表情から行動から、そのすべてを愛している私に、その質問は愚問というものだ。
「全部知っていますよ。私は、あなたのことを」
「……まあ、そりゃ。幼馴染だし、高校までずっとおんなじだもんな。だからって、俺のすべてを知っているなんて」
「知っていますよ。知っていますとも」
食い気味に私は答える。
知ってほしかったから。私が、あなたのことを。
「……三浦?」
鼓動が速くなる。顔が紅潮するのがわかる。井口先輩との距離は、かつてなく近い。自分でやっといてなんだが、これは恥ずかしすぎる。
しかし、それでも私はやらなければならない。傷心につけ込むような形に見えてしまうが、私としては、これは慰めである。
あなたを慕う者が近くにいますよと、そう慰めるための行動。
「今は二人っきりなんですよ? 校門付近とはいえ、誰も来ません。ですから、昔みたいに、名前で呼んでくださいよ、パイセン」
さらにグイっと近づきます。絶対に主導権は渡さない。
私の気持ちをきちんと伝えるまでは。
「……近い近い。わかった、わかったから三浦……じゃなくて霙」
「久しぶりに呼んでくれたね、東風兄」
思わずはにかんでしまう。手の届かない、心の側面がくすぐったい。まるで、その側面を言葉がころころと転がっているようだ。
「学校で呼ぶな、こっぱずかしい」
「とか言って、本当はうれしいくせに」
「……そんなわけないだろ」
すぅっと離れて、私は彼の真ん前に立つ。仁王立ちの姿勢で、私は彼に立ち向かう。
「いいえ、あなたはうれしいはずですっ」
「何を言って」
くるりと回れば、スカートが浮いて中が見える。彼は、私のそれに反応してくれるだろうか。してほしい、なんて思うのは私が少し見せたがりだからなのだろうか。
「だって、こんな美少女から愛の告白をしてもらえるのですから」
今世紀最大のどや顔を見せた私だったが、しかし彼は微動だにしなかった。
私って、そんなに魅力無いのか、と自信を失いかける。
しかも、彼が告げた言葉はひどく心に刺さるのだった。
「……美少女って誰だ?」
いや、まじめな顔で訊くな。
「ちょっと。流れ止めないでよ東風兄。ここに女の子は一人しかいないでしょう? あなたを振った泥棒猫はもう帰りましたよ?」
「……泥棒猫って」
「ああ、あなたから見れば、私が泥棒猫でしょうか。でしたら、えい」
「おい、ちょっ」
駄々こねてうるさい先輩には、キスで黙ってもらうしかない。
「パイセン、もしかして初めてでした?」
もちろん、私も初めてだ。
「……お前、なんなんだよ」
口元を拭う彼は、しかし本気で嫌がっている様子ではなかった。やはり男子って、ちょっとでも可愛ければだれだっていいのかな。
それとも、ちょっとは気を持っているってことなのかな。
「そろそろ認めてくれたっていいじゃないですか」
私は、深呼吸して、それから彼に指をさす。
「私、三浦霙は、先輩で幼馴染であるところの井口東風(いぐち
こち)さんを、愛しているのです」
手持無沙汰になった指は、勢いで「ばーんっ」と拳銃風にしてみたけれど、結局は恥ずかしさだけが残った。
そんな感じで、彼にとって最後の一年が幕を開けるのだった。