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理性と本能の轍  作者: みまり
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 その頃だろうか、歯車が狂い始めたのは……。


 最初はネット民同士の些細な応酬からだった。

 『ルミルカ』チャンネルの登録数が順調に増え、アニメファンやネットのファンだけではなく一般にも認知され始めたことで、大っぴらに『ルミルカ』を誹謗中傷する輩が現れ始めたのだ。聞くに堪えない罵詈雑言や『ルミルカ』を貶める動画も投稿された。

 それに対し、『ルミルカ』信者は即座に、また過激な反応を見せる。投稿者の身元特定や過去の発言のまとめが徹底的に行われ、住所や勤務先などのリアル情報の流出が相次いだ。

 執拗な脅しや殺害予告もあり、刑事事件に発展した例も一件二件ではなかったようだ。


 『ルミルカ』の急激な人気上昇と相まって、その信者の攻撃性が度々問題視される事態となった。しかし、その前後に起こった何人かの若者が引き起こした凶悪事件にニュース番組のリソースを奪われ、世間に認識されるに至らなかったのだ。


『もうこれは、あおり運転の域を超えていますね。執拗に追い回し追突を繰り返した挙句、被害者を死亡させた柴田容疑者は殺人罪が適当に決まってます』


 ニュース番組のコメンテーターは怒りをあらわに断言していた。

 それに対し、司会者は冷静にコメントする。


『警察は危険運転罪での起訴を視野に入れて捜査しているようですが、一方で弁護人は精神鑑定の必要性を問いているようです』


『精神鑑定?』


『ええ、逮捕時に意味不明な言葉を叫んでいたそうです』


『最近、そういう事件が多くありませんか』


『女性だけを狙った連続通り魔事件の籍谷容疑者ですか?』


『そうです、そうです』 


『確かに多いですねぇ』


 結局、番組は極度のストレス社会と教育制度のゆがみが若者を狂わせていると結論付けて終わった。


 私は、そんな朝の番組を思い出しながら、陽菜の席を見つめる。陽菜は、ここしばらくずっと休んでいた。


(陽菜、どうしたんだろう?病気、長引いてるのかな)


 お見舞いに行かなきゃと思いながら、私は授業に集中した。




 自分自身の異変を感じたのは、それからしばらくしてからだった。学校帰りに買い物して帰宅する途中のことだ。


「痛っ……」


 電車に乗ろうと駅の階段を下りていると、後ろから私を追い抜こうとした学生の鞄が私の腕に当たったのだ。

 けれど、その男性はぶつかったことに気付かなかったのか、それとも急いでいたせいか、声を上げた私を全く無視して通り過ぎて行った。


(何なのよ、もう。階段を踏み外したらどうするつもりよ)


 私はあまりの理不尽さにムカついた。


 イライラを募らせながら、ホームまで下りると、ちょうど電車が行ったばかりのようで人はまばらだったが、次の乗車を待つ列が出来ていたの私は列の後ろに並んだ。ほんのしばらくすると、込み合う時間帯のせいもあり、プラットホームは乗車待ちの客であふれかえった。

 人いきれや話し声、はては匂いの強い香水などで、治まっていたイライラがぶり返す。寄り道しないで、真っ直ぐ帰ればよかったと後悔しても遅かった。


(ちょ、ちょっと何するのよ)


 混雑のせいか、不意に後ろから押される。慌てて足で踏ん張って、前に立つ人にぶつからないようにした。もし、そのまま流れに任せて押していたら先頭の人が押し出されてホームの下に落ちるところだ。

 ほっとしたのもつかの間で、後ろからぐいぐい押される圧迫は一向になくならない。何とか我慢を続けていると、ふと一番先頭にいる男性が目に入った。


 さっきの失礼な男だった。 どうやら、イヤホンをつけて音楽を聞いているようだ。

 だから、さっき気が付かなかったのか、そう納得したのと同時に、先ほどの怒りがこみ上げて来る。


(何で、あんな奴のために私が我慢しなきゃならないの?)


 そう思ったとたん、私の身体の力が抜ける。そのまま、後ろからの圧力で前の男性の背を自分の鞄で押した。


(死ねばいい……)


 私の意志は不可抗力から殺意に変わった。


「おい、危ないぞ。みんな押すな、押すんじゃない!」


 少し前の男性が声を上げ、しっかりと踏みとどまったおかげで誰もホームの下に落ちず、間一髪のところで電車が入線した。  



 列車に乗った私は呆然とする。

 さっきのあの感情の流れは、いったい何だったんだろう。決して私のものではない……と思う。


 まさか、誰かに操られていた?


 私は頭を振って、その馬鹿げた考えを否定しようとしたが、どうしてもその妄想が私の頭から離れない。スマホの画面に映る紋章を、私はやるせない気持ちで、じっと見つめた。






 結局、陽菜は学校に戻って来なかった。休んだまま退学してしまったとの話だ。

 理由は病気との話で、私はお見舞いに行けなかったことや満足な別れの挨拶が出来なかったことを後悔した。

 けれど、しばらくして陽菜の病気が心の病であることが噂されるようになる。どうやら、親に自分の好きなことを否定されて、精神的に病んでしまったらしい。

 しかも、その病のせいで陽菜は取り返しのつかない事件を引き起こしたというのだ。具体的にはわからないが、家族に危害を加えたらしい。


 私は、ふと自分が駅でしようとしていた行為に思い至る。まさか、陽菜も……そう思わずにはいられなかった。疑ってかかれば、最近のニュースで若者の衝動に駆られた事件が頻発していることも関連性があるように思えてくる。

 それどころか、知らない間に……自分が無意識の内に何かとんでもないことをするのではないかと疑心暗鬼に駆られるようになっていた。


 私は、恐ろしい考えに囚われ、ある人物に会う決心を固めた。

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