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「おいおい、ちんたら走ってんじゃねえよ!」
前を走る車のテールランプに柴田拓也は悪態を吐いた。
先ほどから前を走る軽自動車が法定速度をしっかり守っているのだ。それ自体、法的には何も間違っていないのだが、深夜に家路を急いでいる拓也にとって我慢できない所業に感じた。
しかも道幅が狭く追い越し禁止の標識も見える。反対車線にもそこそこ車が走っており、無理な追い越しも出来そうにない。
「いいかげんにしろよ……」
カーオーディオから流れる、いつもならご機嫌になれる最近お気に入りの楽曲も卓也のイライラを助長させるだけだった。
「え、何だ?」
不意に前の車が減速する。
「ちっ、今の信号絶対に間に合ってただろ。何で減速するかな」
黄信号にも律儀に停まる運転者に不満を募らせる。
通勤に使っているので、ここの信号の待ち時間が長いことは承知しているのだ。
やがて、青信号に変わると、前の車はゆっくりと走り始めた。卓也はすぐさま発進したが、すぐに追いついてしまう。無意識に車間距離を詰め、プレッシャーをかけていた。
『あおり運転』という流行の単語が一瞬、頭に浮かぶがすぐに打ち消す。
「なっ……」
ぴたりと後ろに付かれる圧力に耐えかねたのか、突然前を走る車が加速する。
「なんだ、最初からそう走ってりゃいいのに……」
卓也にはそれが明確な敵意に感じられ、怒りがこみ上げてくる。
ふと、頭の奥から何か囁くような声が聞こえた気がした。
甘美な抗い難い囁き。
不意に、どす黒い衝動が沸き起こり、熱っぽさと興奮で頭が真っ白になる。
卓也は無言でアクセルを強く踏み込んだ。