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プロローグ①

 淡い暗闇にでかでかと浮かんだモノを呆然と眺めている。


「なんだ……これ?」


 Eランク──これは、一体全体何のランクだろうか?

 どうしたものかとおろおろしていると、上から声がかけられた。上というか下というか、俺の足は地面についておらず現在浮いている。なんとなく、宇宙空間的なところっぽいようだ。


「あら? 心当たりがあるんじゃない?」


 上を向くと、ひらひらとした服を揺らしながら白髪の女性が下降してきた。かなりの長髪なのに髪は一切揺れていない。スカートも同様だ。

 ふむ……。

 スカートの中身はどうなっているんだろう? 俺はいそいそとポジションを変えてパンツを覗く。

 うーん。どの角度でも中身が見えない。服も髪も真っ白だからきっとパンツも白だと思うんだけどなあ。


「あなた、何をしているの?」

「パンツ見てます」

「見えないでしょ?」


 それはそれは素敵な笑顔で答えてくれた。

 何か影のようなものが邪魔している。あれだ、VRゲームでパンツを見ようとしたらプレイエリア外と表示されている状況と同じだ。


「あの、なんでパンツ見えないんですか?」

「もっと他に聞くことがあるんじゃないかしら……。まあいいわ、見える必要がないから見えてないだけよ」

「つまり、プレイエリア外ってことですか?」

「……プレイ?」


 そう言って、白髪の美女は身を抱えて距離をとった。

 おっと。これはセクハラと思われたのかな? そういうプレイじゃないですよ。


「あ、そういうプレイじゃないですよ!」

「…………」


 ジト目で睨まれた。

 ああ、美人のジト目ってこんなに心地良いんだなあ。


「……そんなことより、今の状況を把握できたのかしら?」


 そう言われて、改めて周りを見渡した。相変わらずでかでかと表示されているEランクと白髪の美女、そして俺。それ以外は淡い暗闇が続いている。


「うーん、新型のVRゲーム? ついに電脳世界に没入できるようになったとか?」

「違います。いい加減現実を受け入れてもらいたいのだけれど」


 これ、現実なのか。

 まあそうだろう。もしゲームなら自キャラをこんな不細工にしない。もっとこう、俺にふさわしいイケメンにキャラメイクするからな。

 低身長、デブ、短足、近眼ゆえの分厚い眼鏡。……おまけにハゲ。あ、最近歯も抜けてたな。


「ここ、現実なんですね……。じゃあちょっとそのおっぱい触らせて確かめさせてくださいよ」

「どうぞ」

「え! まじですか! じゃあ遠慮なく!」


 俺は一切の躊躇なくおっぱいに飛び込んだ。


「ぶへっっ!!」


 あと一歩というところで何かにぶつかった。

 周囲を軽く叩いてみると、彼女の周囲を円形に、薄い膜のようなものに覆われていることが分かった。


「ふふっ、いつでもいいのよ?」

「これ、どうなってるんですか? ゲームって言われたほうが信じられるんですけど」

「今更すぎる疑問ね……。もっと早く気が付いてほしかったわ」

「確かに」


 このまま美人にセクハラ行為を続けるのもだんだん気が引けてきた。だからお望み通りちゃんと状況の把握くらいしてみようと思う。


「あの、まず名前を教えてもらってもいいですか?」

「やっと話をする気が起きたみたいね。そうね、とりあえず女神様とでも呼んでくれるかしら」

「……はぁ、女神様……、ですか」

「信じてなさそうね」

「はい、ぶっちゃけ頭のおかしな女だと思ってます」

「あなた、……いえ、そうね、あなたに一番分かりやすいように信じさせてあげる」

「俺に分かるように?」

 

 はて、と首を傾げていると、女神様(仮)が右手を上げ、そっと俺のほほに触れた。こんな美人に触れた経験などない俺は大いに慌てた。訂正、まともに女の子に触れられた記憶がありません。40歳、童貞です。


「おおおお、め、め、め、女神様! 急にどうしたんですか!?」

「心配しないで、ちゃんと断絶しているから」


 そう言って、右手を見せてくれた。先ほどの薄い膜が右手を覆っていた。なるほど、便利なもんだな。形まで自由自在だと。


「それが俺に分かるように、ってやつなんですか?」


 俺は胡散臭そうにそう問いかけた。

 女神様は先ほどよりも、どこか嗜虐的な笑みを浮かべている。正直ちょっと怖い。現実なら失うものもないし、思い切った行動をしてたけど改めよう。


「それだけじゃないわ。あなた、臭いもの。空間ごと遮断しているわ」

「酷い!! 確かに最近歯とか抜けてきたし、風呂に入った記憶もないけどその拒絶の仕方は酷い!!」

「全く酷くないと思うのだけれど」

「…………」


 これが本気の同じ空間にいたくないってやつですね、分かります。ちっ、これだから現実の女は嫌なんだ。選択肢が存在しない世界で女と話すなんて無理ゲーだ。


「そんなことより、あなたを信じさせてあげると言ったでしょう。よく今の自分の姿を見てみるといいわ」


 そう言って、女神様はどこからともなく姿鏡を取り出して俺の前に置いた。


「おおおおお!!! こ、これは!」

「ちょっとは信じる気になったかしら?」

「信じます! もう一切疑いません! あなたこそが女神様だ!」

「ふふ、ようやく信じてくれたようね。これでようやく話しを進めることができる」


 女神様はどこか疲れているようだ。


「女神様! ありがとうございます! この姿こそ俺の真の姿です! 最近はずっとこっちの姿で生きていましたから!」

「そ、そう。それはよかったわね」


 女神様が起こした奇跡は俺を信じさせるには十分すぎるものだった。

 今の俺の姿は、ここ数年の人生を費やして作り上げた結晶そのものになっている。まあ、ネトゲのキャラなんですけどね。現在の最新バージョンで、完全完璧にフルコンプしている。当然、装備も最高のものが揃えられている。今、それが自分自身で再現されている。これが興奮せずにいられようか。俺には無理だ。両手の指全てに装備されている指輪には、ゲーム以上の輝きを放っている。画面越しでは分かりにくかったが、薄っすらと表現されているオーラまで完璧に再現されている。あまりの再現度に圧倒され全身をくまなく確かめる。先程までと目線が違う、見上げていた女神様が今では自分より下にいる。


「すげー! 再現度高ええ! もしかして武器も装備できるのかな!? アイテムボックスも開けるのかなあ」


「あの、非常に盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど、私が女神ということも理解してもらえたようだし、色々と説明したいのだけれど」

「あ、はい。分かりました。とりあえず武器のことは置いておきます。どうぞお願いします」

「急に素直になったわね」

「当然です! 女神様に対して失礼なことなんてしないですよ!」

「あなた、……もういいわ。あれ、気になっていたと思うけど説明させてもらうわね」


 俺がこの空間で気が付いた時から、ずっと視界の中でちらついていたEランクを指さして女神様が続きを喋る。

 

「あれ、どういうことなんですか? 女神様のパンツとおっぱいに気を取られてすっかり忘れてました」

「……あれは、あなたの人生のランクよ」

「……え」

「このランクはね、人生における経験によって変動するの」

「経験?」

「あなたには称号とか、まあ、コンプリートする項目をいくつ手に入れられた、というと分かりやすいかしら」


 この一言は、コンプ厨の俺に随分なダメージを与えた。


「女神様」

「なにかしら?」

「やり直しを希望します」


 人生なんてクソゲーだと思っていたけれど、自分の人生がランク付けされるとなると話は別だ。絶対に認めない。そう。絶対に!

 コンプ厨な俺は女神様やり直しを要求した。



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