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96. 獣が影に居着く迄


 愛に飢えた獣っていうのは幼い頃の私を言い表すのにぴったりなフレーズだ。

 

 母は私を産んだ直後に亡くなり、父には疎まれ続けてきた。

 

 父はサンヴォルルフという代々王族であるサードゲート家に仕え守護する役目を担ってきた一族の当主で、自らも武勇に優れた生粋の戦士で、黒天狐という種族そのものをよく思っていなかった。

 

 サンヴォルルフは主人を守るためなにより肉体の強さ、真正面から戦える正攻法の戦い方をよしとする。

 

 また、サンヴォルルフのほとんどであり父もそうである幻狼という種族は、純血でなければ本来の力が発揮出来ないらしく、そのことから他種族と交わることを忌む風習があったらしい。

 

 つまりサンヴォルルフと黒天狐はまさに水と油。いや、水と熱した油のような関係だった。

 

 そんな中で、あろうことか父は黒天狐と交わってしまった。

 

 厳密には幻狼のメスに化けた母に騙されたというふうに聞いている。

 

 そのことがわかったのは私が生まれた直後。幻狼のそれとは少し異なる姿をした赤ん坊を見て父は全てに気がつき、怒り狂って母を殺したのだという。

 

 そのまま私も殺すつもりだったらしいが、生まれてきた赤ん坊に罪はないと周りの大人に止められ出来なかったそうだ。

 

 まあ、そんな感じで私は生まれてきたわけで、最初に戻るように父からは愛されるどころか憎悪の言葉を吐かれ続けてきた。

 

 「おまえの顔を見るとあの忌々しい女狐を思い出す。失せろ」

 

 だとか、

 

 「さっさと死んで母親のところに行け」

 

 だとか、それはもうすごい嫌われっぷりだった。

 

 そして、サンヴォルルフのならわしによって、5歳から戦士になるための訓練がはじまるようになった。

 

 この訓練が本当にキツい。

 

 訓練は基本的に年の近い子供達と合同で行われる。

 ときには危険な魔物が生息する森に放り込まれ、ときには密閉された空間で捕虜の人間と殺し合いを強制され、さらにはろくに食事が与えれないなんてことはザラで、寝床なんてものももちろん無い。

 

 あるのは日に日に増していく血に濡れた生存本能と、半ば洗脳のように大人達に植え付けられた闘争心。

 

 まるで野生に返ったかのような。いや、それよりももっと悪意と殺意に満ち溢れた戦いの日々がそこにはあって、泣かない夜は無かったくらいには辛く苛酷な生活が何年も続いた。

 

 でも、それでも私が音を上げなかったのは心のどこかで父に振り向いてほしいという想いがあったから。

 

 頑張り続ければ、結果を出せれば、もしかしたら褒めてくれるんじゃないか、愛の言葉を語りかけてくれるんじゃないか、そんな期待を密かに抱いていたからめげなかったんだと思う。

 

 でも、どんなに努力しても私は大人達からろくな評価を受けることは無かった。

 

 そりゃそうだ。そもそも私は幻狼と黒天狐の混血、一緒に訓練を受けている子供達とは根本的に肉体能力に差があって、大人達が求める強さを私は最初から持ってはいなかったのだから。

 

 でも、だから出来ませんと立ち止まってしまえば捨てられるだけ、私の居場所は無くなってしまう。

 

 なので私は黒天狐の力を使って自分の強みを活かそうと考えた。

 

 影に潜み、隙を伺い、翻弄して必殺の一撃を放つ。

 

 その戦法を採用してみると、今まで勝つことが出来なかった格上の魔物を倒すことが出来た。

 

 私は喜んだ。父に褒めて貰えるとはしゃいだ。

 

 でもそんなことは一切現実にはならなくて、父は褒めるどころか私を殴り付けてこう言った。

 

 「やはりおまえはあの女狐そっくりだ。影に隠れ、逃げることしか頭にない。

 我々は王家を守るためだけに存在するんだ。逃げの思考は一切捨てろ、自分の命を自分のモノだと思うな。 護衛に影の力など必要ない」

 

 そのとき私は思った。じゃあもういっそのこと殺してくれ、と。

 

 大体何が王家だよ、そんな顔も見たことない連中私にとってはどうでもいい。

 そんな連中のために命を賭ける気なんて私にはないから、ここに存在理由なんてないから、だから私を殺してくれ。

 

 だが、情けないことにあのときの私はまだ死ぬことが怖くてそんなことを言い出す勇気はなかった。

 

 そして再びはじまる地獄のような訓練の日々。

 

 一緒に訓練を受けている皆は順調に実力を伸ばしている。

 努力して、成果を出して、親や大人達に褒められそれを励みにしてさらに強くなっている。

 

 私を褒めてくれる人はどこにもいない。

 

 そしてまた差をつけられていく。

 

 私だけ一人取り残されていく。

 

 

 そんなある日、まだ幼いビスタお嬢様と私は初めてお会いすることになる。

 

 その日は訓練の様子の視察だとかで、魔王閣下、王妃様とご一緒に訪れられていたのだ。

 

 

 そのときのお嬢様は物凄くオドオドしていて、王妃様の手を掴んでは離そうとしなかった。

 

 そんな様子を見て、私はひどく軽蔑した。

 

 きっと羨ましかったのだ。

 

 周囲に祝福されながら生まれてきて、親から愛の限りを注がれてはなに不自由なく生きてきたその少女に私は嫉妬していたのだ。

 

 こんなものを守るために私は生まれてきたのか?こんなものに命を賭けるために私は死に物狂いで戦い続けているのか?

 

 そんな的外れな恨みを抱いていると、お嬢様はこちらに気がついて幼く純粋な眼差しをこちらに向けてきた。

 

 その紫水晶のように美しく光る眼でこちらをじっと見てくる。するとどういうわけかこんなことを言い出してきた。

 

 「すごくきれいな目……」

 

 ふざるなと思った。

 

 殺してやろうかとも思った。

 

 自分がそれだけ整った容姿をしていて、親から与えられた綺麗な洋服に身を包んでいて、血と埃と憎悪に汚れた私を見て綺麗?

 

 いったい何の皮肉だ、私を愚弄にしているのか。

 

 そんな黒い感情はどうにも抑えられそうにもなくて、私はたまらず牙を剥き出し殺意を込めて睨み返した。

 

 瞬間、お嬢様は怖がって泣き叫びはじめる。

 

 すぐさま私は大人達によってその場から連れ出され、罰として何度も鞭で打たれた。

 

 

 多分、そのときの私は繰り返す戦いの日々に頭がかなりおかしくなっていたんだと思う。

 おかしくなっていたから、いつの間にか死ぬことも怖くなくなっていて、あんなことが平気で出来たんだと思う。

 

 

 そんな狂った精神で、乾いた心で、相変わらず訓練の日々に身を費やしていると、お嬢様の7歳の誕生日を期に専用の従者をつけるという話が出た。

 

 候補は5人、同性で年の近い子供達が選ばれ、その中に私もいた。

 

 大人達の間では混血で出来損ないの私はやめておこうという話もあったらしいが、何者かが無理矢理私を推薦したらしい。

 

 どこのどいつか知らないが、どうせ勝てるわけないのに余計な世話をしてくれたな。なんてことを私は思った。 

 

 で、その余計なことをしてくれた人物というのはすぐに分かった。

 

 あれっきり顔を合わせることもなかったお嬢様が私を推薦したらしいのだ。

 

 

 

 試験日の数日前、たまたま廊下ですれ違ったお嬢様に私は理由を聞いた。

 

 

 「ビスタ様、なぜ私なんかを推薦されたのですか?」

 

 「ん? なんでってそりゃ貴方のことが気に入っているからよ?」

 

 成長され、より一層美しさに磨きがかかったお嬢様。雰囲気も大人っぽくなって、物怖じすることも無くなって、あの頃の面影は一切見られない。

 

 そんなお嬢様は、見た目とは裏腹にあの頃と変わらない、とても真意を理解できそうにもないようなことを言い出した。

 

 「はぁ?」

 

 意味がわからなった。

 

 私はこんなに嫌っているのに、あんな失礼な態度を取ったのに、そんな私を気に入っているって一体この女は何を言っているんだ。

 

 そう思って、呆れ気味に声を発した。

 

 

 「あの…… いったいどういう……」

 

 「私ね、人の嘘の匂いがわかるの」

 

 

 自分の鼻に指を当ててお嬢様が突然そんなことを言う。

 

 

 「はぁ…… ? それになんの関係が?」

 

 「わからない? ほら、私っていわゆるお姫様だから、周りの色んな奴がちやほやしてくるわけ。

 でも、それって全部嘘っぱちなの、金や地位、皆そういうのを期待してるのに、まるで欲なんてないって顔して私に近づいてくる。本当は私のことなんてどうとも思ってない癖に、思っているフリをしてくる。

 私はそういうのを見抜いてしまって、他人なんて皆欲まみれの醜い存在だって知ってしまっているのだけど、いつの日だったか、貴方は私に嘘偽りない殺意を私に向けてくれた」

 

 「……そんなことも、ありましたかね」

 

 あのときの話が出てきたが、私は敢えて謝らなかった。

 私は狼であり狐であるが、目上の存在に媚びへつらう犬に成り下がった覚えはないからだ。

 

 「そう、その目よ」

 

 「はい?」

 

 「そのちょっとキツめの、何者にも屈しないって意思を宿した琥珀色の眼。

 その眼で睨まれたとき私思ったの、これは運命だって、例え殺意だったとしても、こんなふうにストレートな感情を向けてくれる人なかなかいない、手放しちゃいけないって」

 

 「えっと、頭おかしいんじゃないですか?」

 

 「いいわ、いいわよ、私を相手にそんな口をきく人はいなかった。 やっぱり私の目に狂いはない。リサ、私の従者には貴方こそが相応しい」

 

 ああだめだ、まるで話が噛み合わない。

 

 私が毒を吐いたにも関わらずワクワクしだすお嬢様の姿は、やはり頭のネジが取れているように見えた。

 

 「けど、どうせ私は勝てませんよ? なんせ私は……」

 

 「黒天狐との混血、そんなこと知ってるわよ」

 

 「調べたのですか?」

 

 「ええそうよ、候補者については皆調べた。で、試験前のこの時間を使って直接話してみたりもしてる。

 でも他の子達は全然ダメ、私に気を遣って畏縮しているようだった。ああいうのは、私の望むところじゃないわ」

 

 「警護が出来ればそれでよくないですか?」 

 

 「はぁ~、貴方も大人達と同じようなことを言うの?

  いい? 私にとっては従者の強さなんてどうでもいいの、本音で言い合える話し相手が私はほしいの。

 それはもう貴方しかいない、私は貴方が欲しい」

 

 

 もう、まともに話す気も失せてしまった。

 

 強さが重要でない? だったらなんで私達はこんな死に物狂いになって訓練してきたんだ。

 

 私の怒りはおさまることを知らなかった。

ご覧頂きありがとうございました。

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