94. 喧嘩するほど仲がいい
街の入り口に差し掛かると、復旧作業に勤しむ人々の姿が見えてきた。
「あっ! カルラ様達がお戻りになられたぞ!」
「ほんとうだ! おーい、皆一旦作業を止めてくれ! カルラ様達をお出迎えするぞ!」
そう言って、作業をしていたエルフ、そして魔族がゾロゾロと俺達の前に集まりだす。
ざっと50人くらいはいるだろうか、そんな大勢が一斉に向かって来るとすごい迫力だ。
「おかえりなさい!!!」
「ど、どうも、ただいま戻りました…… 皆さんご苦労様です……」
その迫力に気圧され俺はそれくらいのことしか言えなかった。
普段からビスタやリサから堂々としてくれと注意されているのだが……
いや無理だろ、こういう扱いは慣れる気がしねぇ。
「ご苦労様だなんて……! 身に余るお言葉……!」
しかしながら、俺はたどたどしく言ったにもかかわらずエルフや魔族は予想以上の感銘を受けてしまっている。
もう明日には死んでもいいや、そんなことを言い出しかねない勢いで目を輝かせうっとりしてしまっている。
魔族がこんなふうに敬ってくるのは納得は出来ないがまだ理解出来る。
なぜエルフまでこんなことになってしまったのか、それには理由がある。
「カルラ様! 今日俺は100回も瓦礫の運搬を往復しましたよ!」
唐突に魔族の一人が言い出す。
「おお、それはすごいですね。その調子で頑張って下さい」
「あざっす!……ヘッ!」
俺が褒めると、魔族はちらりとエルフ達の方に挑発的な視線を送った。
エルフ達はそれに反応して、自分も誉めてもらおうと俺に迫ってくる。
「お、俺は瓦礫に埋もれていた貴重な書物を見つけ出しましたよ! どうですか!」
「俺は杖を!」
「俺なんてめちゃくちゃ高そうなネックレスを!!!」
それはもう続々と、有無を言わせない勢いで迫ってくる。
「す、すごいです。 丁寧に仕事をされている証拠ですね……」
面倒なので、ひとまとめにして褒めておく。
結構雑な扱いだったような気がするが、エルフ達は満足気だ。
しかしそこで終わっておけばいいものを、さっきの魔族が焚き付けるように苦言を呈してくる。
「はー! やだねやだね! エルフの旦那さん方は! そんなふうに無理矢理褒めてもらおうとして!
カルラ様がお困りになられてるのがわからないのか!?」
「なんだと!?」
直情的にエルフがその挑発に乗ってしまう。
「だってそうだろー? 本当にカルラ様を敬っているならそんなことはしないはずだぜー?」
いったいどの口が言うのだろうか。先に仕掛けたのは彼だったはずなのだが、あまりにも堂々と言うものだから俺もエルフもツッコむことを忘れてしまっていた。
調子づいた魔族は、さらに続ける。
「だいたいな、旦那さん方には愛が足りねえんだよ。あんたらのカルラ様に対する愛なんてしょせんこんなもんだろ?」
魔族はそう言って人差し指と親指を使ったジェスチャーで、ちょっとということを示してくる。
「なにを!? 俺はちゃんと、こぉんなにカルラ様を敬愛しているぞッ!」
それに対抗してエルフの一人は両手をめい一杯に広げて自分の愛の深さを誇示しようとする。
「チッチッチッ、甘いな! 俺なんて、ここから、こぉぉぉぉぉぉんなにカルラ様を愛しているぜ!?」
「なっ!? だ、だったら俺はここから、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんなに……」
「ん!? やるな!? でも俺はここからこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんなに……」
「負けるな!」
「いけいけ!」
その様子を黙って見ていたら、彼らは俺達を置き去りにして、そして作業をほっぽりだして、愛の広さを求めてどこかへと走り去ってしまった。
「……行きましょうか」
「ええ」
「うん」
その姿を見届け、特に気にすることもなく俺達は先を急いだ。
そう、今みたいな感じでエルフと魔族は俺を巡って張り合っているのだ。
最初は魔族達がエルフを焚き付けて、エルフがそれに乗ってしまったのが原因だ。
正直言って俺を巻き込むなと注意したいところなんだが、ビスタが「おもしろいからいいじゃない」とか適当なこと言ってそれをさせない。
まあ、仲が良いのは喜ぶべきことであるが……
ちなみに本来用いる言語が異なるはずの二者が会話できているのは、〈モストリーの指輪〉に施されている魔術構造を解析して町全体に効果範囲が及ぶ結界を魔族の技術者が開発したからだ。
なにはともあれとりあえず父のところへ急ごう。
◆ ◆ ◆
「お父様、ただいま戻りました」
屋敷の書斎室へ入ると、事務作業に追われる父の姿。
セルハナ達との戦いで受けたダメージはまだ十全に回復したわけではないはずだが、そんな様子は一切見せない。まったくタフな人だ。
父は俺達を見るなり首を傾げる。
「おお、……おお? はて、さっき連絡をしたばかりのはすだが、リデリアにいたんじゃないのか?」
「ああ、えっと……」
俺がなんと事情を説明しようかと言葉を考える。
スターバードに運んでもらったなんてそのまま言ってみろ、絶対めんどくさいことになる。
だというのに……
「伯父様! カルラってばすごいんですよ! 昔スターバードの子供を助けたとかで、さっきその子に運んでもらってきたんです!」
エミリアが何もかも包み隠すことなくそのまま伝えてしまう。しかし父のリアクションはパッとしないもの。
「……ん? スターバード? スターバードとはあの希少種のスターバードか?
……はっはっはっ、エミリアちゃん大人をからかうのはよくないよ? ジョークにしても、もう少しユーモアのあるものをだね……」
「本当なんですっ!」
決してジョークなんかではないと、エミリアは語気を強めて念を押す。
「……カルラ、そうなのか?」
冷や汗をかきながら父が確認してくる。俺は渋々頷いて肯定した。
「え、えぇ…… スターバード……? ええぇ……? この間異世界の方達を連れてきたいとか言い出したかと思えば、次はスターバード……? えぇ……」
父が頭を抱えてそんなことを口にする。そして次にはじめて見るだろう師匠とマガンタとアルルカに目をやって俺に紹介を求めてくる。
「ああえっと、こちら精霊使いの師匠のヨルン老師、その横にいるのが兄弟子のマガンタ…… それでこの少女が……」
俺が順に紹介しようとしたとき、マガンタの紹介を終えたところで父がストップを求めてくる。
「ま、まて! まてまてまて! え、ヨルン老師とはあのヨルン老師か? かつて世界を救ったとか言われるあのヨルン様? それでお隣が伝説の剣豪マガンタ・ロクドオーキス? ど、どういうことだカルラ! ちゃんと説明しなさい!」
「え、いや、説明しろと言われても師匠のことを教えてくれたのはお父様ではないですか」
「私が知っていたのはハクバカの森に精霊使いの仙人が住まわれているということだけだ! それがまさかヨルン様だったなんて…… というより、ご存命だったとは……!」
一人勝手に声を震わせ緊張しはじめる父。
しかしすぐさま首をぶんぶん横に振って心を落ち着かせ、師匠達に挨拶しようと足早に前に出てくる。
前に出て来て、師匠より頭が高くあってはならないとすごい角度でお辞儀しはじめる。腰をいわせないか心配だ。
「よ、ヨルン様!息子がお世話になっております!父のシャーディー・セントラルクと申します! あー、えー…… すみません、驚きのあまり何を言えばいいか……」
「ほっほっほっ、そう畏まらんでよい。カルラから話は聞いておるよ、とても優秀な魔導師でありながら、領主としても民を第一に想う人格者、自分の憧れの人物であるとな」
「ちょ、師匠っ!」
「か、カルラ、今のは本当なのか!?」
本人には秘密にしていたことを、開口一番師匠がバラしてしまう。
俺は慌てて止めようとするが、時既に遅し。
父は凄むような真剣な眼差しをこちらに向けながらも微妙に上がった口角で俺に聞いてくる。
「え、あぁ、まぁ、はい……」
仕方なく白状する俺。
「そ、そうか…… フフ、そうかそうか…… カルラが私のことを…… ふふ、フフフ……」
父は人目も憚らず口もとを隠してにやつきはじめる。いい年したおっさんがそんなふうに喜ぶ姿は、言っちゃ悪いが中々気持ち悪い。
「……」
蔑むような皆の視線を受け、こほんと息をついてから父は話を元に戻す。
「ああ、すまないすまない。 まだ紹介してもらっている途中だったな。 それでそちらのお嬢さんはどなたかな?
言っておくが、もう誰だろうと私は驚かないぞ。さあカルラ、紹介してくれ!」
父は身構えてそう言う。
正直オチは見えているが、とりあえず教えてしまおう。正直オチは見えているが。
「あ、はい。こちらはアルルカ、女神アルルカです」
「ふぁ!?」
「まあ、今は記憶と力を失ってしまっていますが……」
「ふぁふぁのふぁ!?」
父はショックのあまり泡を吹きながらその場に倒れこもうとするが、俺はそうなることを予想していたので素早く後ろに回って体を支える。
「そんなことより、魔族の一部が反発してきたとか…… 詳細をお教え願います」
「そ、そんなことって…… アルルカ様がそんなこと……? どうしよう、息子がどんどん遠い存在になっていく……」
父は嘆きながら天井を仰ぎ見るが、残念ながら茶番に付き合うほど俺達も暇ではない。
嘆きたい気持ちがわからないでもないが、さっさと本題に移ってもらおう。
「ああ、それでボイコットの件だったな…… ことの発端はつい昨日のことだ。
それまで文句も言わず黙々と作業してくれてたんだが、一人のリーダーを中心に一斉蜂起しはじめて教会に閉じ籠ってしまってな。
魔族の人達の話によると、彼らは元々軍に所属していた兵士らしく、私達も迂闊に近づくことが出来なかったんだよ。
それで要求を聞き入れたところ、なぜかリサ君を連れてこいと言われたんだ」
「……なるほど」
「あの、その魔族の名前は?」
ビスタがたずねる。
「確か、ラビアンと言ったかな? 狼頭の男だよ」
父がそのように答えたとき、何かに感づいたビスタは静かにリサに視線を向けた。
その視線を受けるリサ本人はどこか神妙な面持ちで、少しだけ顔色が悪くなってしまっているように見受けられる。
身を案じて俺は訊ねた。
「どうかしたんですか? やはりラビアンって人と何か面識があったり?」
「……っ」
訊ねるが、リサの口は重く閉ざされてしまっていた。心ここにあらず、何かに追い詰められているようだった。
そんなリサのためを思ってか、彼女に代わってビスタが答える。
「ラビアン・サンヴォルルフ。 かつて私達王族に仕えていた優秀な幻狼の戦士。そして、リサの腹違いの兄よ」
……なんだか、ややこしくなってきたな。
ご覧頂きありがとうございました。




