93. スターバードの恩返し
ホテルの入り口前。飛び出してきたエミリア達を落ち着かせて、俺は詳しい話を聞くことにした。
「ボイコットって、具体的に何が起きているのですか?」
「なんか、集団で武器を持って建物の中に閉じ籠っちゃったとかなんとか…… それで、リサさんをすぐに呼ぶように要求されたって……」
「父がそう言ったのですか?」
「うん」
エミリアはそう言って一つの結晶のようなものを差し出してきた。
〈交信石〉、それは2つで1組のマジックアイテム。
その石を通して、離れたところにいる片割れの石を持っている人と通話することが出来るのだ。
ただし制約があって、1日に1回、1回辺り10分程しか使うことが出来ない。
なので、今俺がもう一度かけ直してくれてと言ってもどうすることも出来ない。
ちなみにこれは俺達の世界のものではない。ビスタ達がドランジスタから持ち出してきたものだそうだ。
この間の映像記憶装置といい、向こうの世界の技術力には驚かされる。
まあ、どれもこれも庶民には出回っていない貴重品らしいが。
……と、そんなことを言っている場合じゃなかったな。
「でも、今から急いで向かっても数日はかかってしまいますね」
「そんなにかかってたら、何かの間違いでケガする人が出ちゃうかもだよ!」
「ううん……」
そう、エミリア達の緊迫した様子から事態は緊急を要することは明白だ。
しかし取れる移動手段は以前のような定期船が関の山だ。
それではエミリアの言うとおり色々間に合わないかもしれない。
「……」
その事実を再認識して皆浮かない表情を見せる。不安で心配で堪らないといった様子だ。
しかしそのとき、横で話を聞いていた師匠から救いの一声。
「ワシに考えがあるぞい」
「えっ?」
「まあそこで待っとれい、ちょうどいいし、今呼んでしまおう」
そう言って、師匠は俺達をおいてけぼりにして話を進めようとする。
「ヨルン様、まさか…… ま、まずいですよ!こんな街中で!」
師匠の目論みに感づいた様子のマガンタ。
彼は気づくと同時に師匠を止めようとする。
だが師匠は止まらない。なぜか指笛を吹いて、そのまま空を見上げて何かを待っている。
沈黙が怖い。なんとなく嫌な予感がする。
「マ、マガンタ、師匠はいったい何を……?」
俺はマガンタに訊ねた。
「……すぐにわかるさ」
マガンタから返ってきた答えは中々に投げやりなものだった。なんというか、もう手遅れって感じだ。
「お、来たぞい」
そして、師匠は空の彼方を杖で差してそう言う。
俺達もそちらに視線を向けると、一羽の鳥がこちらに向かってきていた。
鳥、鳥か……
師匠があれを呼んだということか?
しかしなんで鳥? 呼んだところで何になると言うんだ?
そんな疑問が脳裏を過る。
しかし、少しづつちょっとづつ、そんなことを考える余裕がなくなっていく。
───バッサバサ、バッサバサ。
最初に違和感を覚えたのは、羽ばたく音が遠くからでもえらく遠く聞こえてくるなと思ったとき。
そして次に、目に映る鳥の姿の解像度がやけに鮮明だなと思ったときに、距離感おかしくね? なんてことを思う。
思いこそするが、その鳥の羽ばたきが起こす猛烈な旋風を浴びるように肌で感じたときにはもう、その違和感と懸念は悪い形で解消されていた。
「え、ええええええ!?!? で、でかぁぁぁぁぁぁ!!!」
それらの違和感の答えは至極単純なものだった。
デカイ、とにかくデカイ。
夜風に揺らぐススキを想わせる鮮やかな黄色の体毛を持つ巨大なミミズクは、目を疑うほどにとにかくデカイ。
拡げた羽は、近づかれると空の色が変わったのかと錯覚するほどだ。
「こ、これってスターバード!? 希少種なのにどうして!?」
吹きすさぶ風から目やら髪やら守りながら、その鳥を見てエミリアが叫ぶ。
そう、それはスターバードと呼ばれる大変レアな魔物だった。
その魔物が人前に現れるなんてことは滅多になく、こんな街中でお目見え出来るなんてことは本来絶対にありえない。
その希少性と美しさ故に、スターバードから取れる素材は超超超高額で取引される。
噂によれば、その羽たった一片売るだけで貴族入り出来るほどの金になるとかなんとか。
故に商人の間じゃ「空飛ぶ黄金」なんて揶揄されてるとかなんとか。
狩りを生業とする者の間では、半ば伝説の存在になってるとかなんとか。
とある民族の間では、神獣として崇められているとかなんとか。
そんなとんでもない魔物が、なぜか師匠の指笛に呼応して、人目もはばからず俺達の目の前に舞い降りたのだ。
「すげぇぇぇ! スターバードだ!」
「さっきはドゥームレイダーが出てきたっていうのに、同じ日にスターバードだって!?
いったい今、この街は何がどうなってんだ!?」
当然、その姿を一目見ようと、あるいは羽をくすねようと、人々が続々と集まりだす。
「ほら! ほら!だから言ったじゃないですか! あーもうオレ知らねっす! これ全部ヨルン様のせいなんで!」
こんな人の注目を集めるようなことをしてどういうつもりなんだ。彼はそう言いたかったのだろう。
大勢のギャラリーを指しながら、マガンタが師匠に訴えかける。
らしくもなくギャーギャー騒いで訴えかける。
しかしそれもほんのちょっとだけのこと。大勢の人を前にして、まもなく彼特有の人見知りが発動する。
それでマガンタは口も体も固まり動かなくなってしまった。
「まあよい、とりあえず乗ろう」
そう言って、師匠は軽い身のこなしでスターバードの背中に乗ってしまう。
わけがわからぬまま、俺達もそれに続く。
終始ぼーっとしていたアルルカは、皆で協力してなんとか乗せた。
そうして全員が乗ったことを確認して、師匠は短く「よいぞ」とだけ魔物に伝える。
そして、その言葉を合図に魔物が動いた。
まるで一つの道と見間違うかのような、途方もなく長くのびた黄金の翼をはためかせはじめる。
「うわ、うわわわわ……」
それに伴い俺達の視界がグングン上がっていって、浮遊感が身を包みだして、皆悲鳴に近い声を漏らす。
しかしその悲鳴もどきは、魔物が空中を進みだしたと同時に正真正銘の悲鳴へと変わった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!??」
そうして向かう豪風と自らの絶叫に苛まされることおよそ3時間。
山を越え、海を越え、なんと俺達はセントラルクの街のすぐ側に到着していた。
「し、死ぬかと思った……」
雪積もる地面にへたりこみ、顔を真っ青にさせながらビスタが言う。
彼女ほどではないが、師匠を除いて皆かなりグロッキーな状態だ。
そんな中、いち早く調子を整えた俺は師匠に問いかける。
「にしてもスターバードを呼び寄せることが出来るなんて初耳ですよ。流石というかなんというか…… この魔物は師匠の使い魔か何かですか?」
「うん? その口振りからしておまえさんはこやつを覚えとらんのか?」
俺の皮肉めいた問い掛けに、師匠はそんなふうに答えた。
まるで、この個体を俺も知っているかのような言い方だ。
「も、もしかしてワタシのこと忘れちゃったんですか!?!?」
俺が記憶を探っていたとき、スターバードまでそんなことを言ってきた。
……って、え?
「しゃ、喋った!!!」
その声は、轟くような大きな声は、間違いなく魔物のくちばしの向こうから聞こえてきた。
喋った瞬間、ビスタとエミリア、そしてロロが背中に隠れてくる。めっちゃ近い、やめてほしい。
「スターバードじゃからのう、そりゃ喋るわい」
師匠は驚くことなくそんなことを言う。
「そんなことはどうでもいいのです! 願うことなら、命の恩人であるカルラ様にはワタシのことを覚えていてくれていたらな…… なんて期待していたのですが…… まあ、もうかなり昔のことですもんね……」
残念そうに魔物が言う。
命の恩人? 俺がコイツを助けた?
そんなこと、したっけな……?
「師匠、そろそろもったいぶらずに教えて下さいよ」
俺は潔くギブアップした。
「やれやれ、痴呆に入るには若すぎるぞ? さっきも話に出たじゃろう。あれはおまえさんが半ベソかきながら連れて帰ってきた魔物じゃよ。
まあ、もうすっかり幼体から成体へ成長して面影はのこっとらんが」
「えっ、あ、あの子なんですか!?」
師匠から正解を言われて、俺は改めて魔物に目をやった。
そう言われても同じ奴とはとても思えんが。
あれから4年しか経っていないのに、どんな成長速度だよ……
「スターバードじゃからな、そんなもんじゃろ」
またまた師匠はそんなことを言う。なんというか、もうつっこむ気も失せてきた。
「そ、それで、あのスターバードがどうして師匠の呼びかけに? あのときは傷を直した後すぐにどこかへ飛び去りましたよね?」
俺は師匠に質問した。
しかし師匠が答える前に、意気揚々と魔物が口を開く。
「それについては、ワタシがお答しましょう!
たしかにワタシはカルラ様とヨルン様に助けて頂いた後立ち去りました。
しかし成体へと成長したときに今一度恩返しがしたいと思い立ったのです!
けれど先日あの森をお訪ねしたところ、カルラ様は旅立たれたとヨルン様からお聞きして……
それなら、カルラ様とお会いしたときは是非ともワタシをお呼びくださいとお願いしていたのです!!」
「な、なるほど……」
巨大な顔面をぐいぐい迫らせながら魔物が語る。
確かに納得出来る話ではあるな。
「そういうことならありがとうございました。貴方がここまで届けてくれたおかげで、予定より大幅に着くことが出来ましたよ。本当に助かりました」
俺がそのように礼を述べると、魔物の目がじわっと緩みだした。
緩みだして、なぜかぴいぴい鳴きはじめる。
「あ、ありがとうだなんて、なんと勿体ないお言葉でしょうか! いいんです、いいんです!これくらいはお安い御用です!
ですがカルラ様! ワタシはこれで恩を返したなどと言う恩知らずではございません!
この命を救っていただいたご恩は、一生かけてお返しするつもりです!
さあカルラ様、ワタシに何なりとお申し付けください! 次は何をいたしましょう!? どこか行きたいところはありますか!? あ、羽むしりましょうか!? 高く売れるらしいですよ!?」
感激しているのだろうか、魔物は暴走気味にそんなことを言い出す。
そしてその勢いのまま羽をついばもうとするので慌てて止めさせる。
「い、いや、いいです! いいですから! そんな自分を安売りするようなことしないでください!」
というのは正直建前で、あまり関わりたくないというのが本音だった。
だって考えてもみろよ、スターバードと関係を持ったりなんてしたら、金目当ての狩人やら商人やらゴロツキやらから俺が狙われてしまうかもだろ。
ただでさえ冒険者から経験値目当てで狙われてんのに……
あっ、マチューが消えたから経験値ボーナススキルはもうないんだった。
まあとにかくだ、ここはもう断っておいたほうがいい。運んでもらったのはともかく、物を貰ったらダメだ。後戻り出来なくなってしまう。
「ちょっとカルラ! そんな言い方ないじゃん!」
しかし、後ろからエミリアが責めてくる。
「そうだぞカルラ、人の気持ちは素直に受け取っておけ、君の悪い癖だ」
そしてリサまでそんなことを言ってきて、あれ?なんかデジャヴ感がすげえな、こんなやり取りさっきもやらなかったけか? なんてことを思ってしまう。
思ってしまうが、俺は何故かすがるようにビスタの方を見ていた。これはもう癖になっていると言っていいだろう。
しかしまあ、結果はだいたいわかっている。
「……欲がないわね、カルラ君」
クスリと笑いながらビスタが言ってくる。
うん知ってた、そう言われるのは知っていたよチクショウ。
「いやでも、今はお金に困っているわけでも無いですし……」
「ロロはもっとお肉食べたいけどね!」
それでも俺は反論しようとするが、何故かロロが偉そうにふんぞり返りながら言ってくる。
ビスタ達には聞こえていなので、とりあえず無視して話を進める。
「それならこうしましょう。またリデリアやオベリスクを訪れる必要もありそうですし、そのときはさっきみたいに私達を運んでくれませんか?」
「そ、そんなことでいいんですか!? なんなら古くなった爪の欠片をお譲りしてもいいんですよ! 煎じて飲めば滋養強壮に効果大らしいですよ!」
俺がこう言っているのに、魔物は一切退こうとしない。それどころか、また自分の足の爪をもう片方の足の爪で擦ろうとしだして、俺もそれを止めさせようとする。
あっ、やばい、コイツ人の話を聞かないタイプだ。だんだんムカついてきた。
「大丈夫、本当に大丈夫、ですから……!」
最後らへんはもう存分に苛つきが滲み出してしまっていただろう。
魔物にもそれが伝わったのか、奴はやっと飛び去ってくれた。
まあ、最後までいつでも頼ってくださいとしつこかったが。
……さて、そろそろ街に向かわなければ、とりあえず父から話を聞こう。
当たり障りのない程度に精霊化の話を皆に説明しながら、俺達は街へと向かった。
ご覧頂きありがとうございました。




