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90. 魔族の成り立ち


 師匠との話はまだ続く。

 

 「仮に目的がラウディアラの蘇生だとして、それとセントラルクの襲撃はどういった関係があるのでしょう」

 

 「ふむ…… 流石にそこまではワシもはかりかねるが…… 例えば、街の墓場を確認したか?」

 

 「墓場?」

 

 「もしかするとセントラルクの墓に眠る優秀な魔導師を復活させたかった、なんてことかもしれん」

 

 「……なるほど」

 

 「ねえ、あいつは私のことを知っているようだったわ。それはいったいどういうことなの?」

 

 俺の質問が終わり、次にビスタが師匠に質問する。それを聞いて俺はあのときのことを思い出す。

 

 そうだった、あいつはフォルガーナの住人のはずなのに、ビスタを、サードゲートの名を口にしていた。

 

 奴はもしやドランジスタのことを知っているのか?

 

 「……アルベールはラウディアラに付き添っておった、ゆえに向こうの世界のことも、お嬢さんのことを知っていてもおかしくはない。

 どうやら、奴は自力で世界を渡る術を有しておるようじゃしのう」

 

 「そんな、まさか…… いや、納得はできますね……」

 

 「ついでじゃ、二つの世界についても今一度語っておくかの」

 

 「なにかあるんですか?」

 

 「ああ、これはラウディアラが行った悪事にも関係があることなのじゃが、二つの世界は実のところ深いところで関係しておるのじゃ」

 

 「深いところで関係している?」

 

 「ああ、最もたる例が魔族じゃな、この世界の魔族、例えばマガンタ達のルーツをおまえさんらは知っておるか?」

 

 「……」

 

 魔族。彼らのことに知っていることといえば、遠い昔海の向こうから突然やって来て人間達の大陸を侵略しようとしたということくらいなものだ。

 

 ルーツと言われても、知るわけがない。

 

 「エミリアは?」

 

 「ううん、わからない」

 

 「まあ、一般には知られてはおらんと思う。魔族の祖先については長い歴史の中に埋もれてしまっておるからの。

 ……今から言うことは他言無用じゃ、世間に広まれば混乱を招く。心して聞けい」

 

 内なる迫力を際立たせて、師匠は衝撃の事実を口にする。

 

 「ワシらの世界に住む魔族達、彼らの祖先は元々異世界の住人じゃった。つまり、お嬢さんらと同一の存在だということじゃ」

 

 「えっ!?」

 

 皆が驚きの声を上げる。

 

 「現魔族の祖先がこの世界にやって来たのも今から500年前のことじゃ、ラウディアラは二つの世界を遊び半分で文字通りぶつけた。その時の衝撃で世界は一時的に交わり、魔族達はこの世界に飛ばされてしまったのじゃ。付け加えると、そのときの事件が後の大戦のきっかけとなったんじゃ」

 

 

 「……!?」

 

 俺は言葉を失った。

 

 遊び半分? そんなことってあるのかよ?

 

 その話を聞いただけで、ラウディアラがどれだけ邪悪な存在なのかがよくわかる。

 

 

 「でも、それが事実ならラウディアラとの戦いが終わった後に元の世界に戻してあげれば良かったんじゃないですか? アルルカなら可能でしょう」

 

 「そうじゃな、もちろんそうすることも出来た。じゃがマガンタ達の先祖がそれを拒んだのじゃ。この世界には宿命づけられた戦いがない。願うことなら平穏なこの世界で暮らしていきたい、とな」

 

 「……なるほど」

 

 「まさかの事実、ね……」

 

 今はあまり関係ないことだが、この話を聞いて良かったと思う。

 

 俺達は今ドランジスタの魔族達を全員こちらに移動させている。

 

 これからどうするのか、それはまだ検討中だ。

 でも、もし異世界の魔族でもこの世界に住むことが許されるのなら……

 

 それは彼らの、いや俺達の選択が広がるということだ。

 

 まあその話は置いといて質問を続けよう。

 

 「それで、アルルカはどうしてこんな状態に?」

 

 「それもはっきりとはわからんな…… あまりの変わり果てように、正直ワシもまだ驚いておる。見たところ、アルルカ様は神の力と記憶を封じてしまったようじゃの……」

 

 「力と記憶…… 彼女は、アベルから逃げてきたのでしょうか」

 

 「状況から察するにそうじゃろうな。アルルカ様のいらっしゃる神域はオベリスクの頂上から入ることが出来る。アルベールならそのことを知っていると考えるべき、しかし、いったい何の目的で……」

 

 師匠が唸る。そしてそのときビスタがまた口を開いた。

 

 「話を聞く限り、目的はラウディアラとかいう神の蘇生で一貫しているのでしょう?

 なら、そのためにその子を襲ったあるいは捕まえようとしたと考えるのが自然だわ。

  それにその子が自分の力と記憶を封じたというのなら、アベルはそれを利用しようとしたんじゃないかしら?」

 

 「確かに、言えてます」

 

 「ふぅむ……」

 

 ビスタの意見を受けて、師匠は髭をしごき黙り込んでしまった。おそらく何かを考えているのだろう。

 しかし、それを大人しく待っていられない輩が一匹。

 

 ロロが突然口を開く。 

 

 

 「あっそうだ! そういえばカルラが急に精霊術を使えなくなったの! ちょうろーは何か知らない?」

 

 そうだ、アベルのことも不安ではあるが、俺にはそれよりも深刻な問題があった。

 現在頼みの綱だった精霊術までもが使えなくなったというのは、是非とも師匠に相談したかった案件だ。

 

 「おそらくそれもアルベールの仕業じゃろうな」

 

 「またアベル…… いったいどういうことですか?」

 

 「実は儂もマガンタもヌシと同じように精霊術が使えなくなっておる。しかしカルラ、精霊符を持つオヌシなら上霊様の術くらいなら使えるはずじゃ」

 

 師匠にそう言われて、俺は先程風の精霊《婆劉》の力は使えたことを思い出す。

 

 

 「確かにそうでした。でもどうして?」


  

 「まあ、それも精霊符の補助があって辛うじて使える状態じゃがな。ワシらは上霊様の術すらも使うことが出来ん。カルラよ、次に大精霊様のお声に耳を傾けてみい」

 

 「えっ? あっ、はい」

 

 唐突に降された師匠からの指示。

 

 "精霊の声に耳を傾ける"というのは、すなわち瞑想すること。

 

 座禅を組み、精神を集中させ、意識を精霊のもとへ送り込む。

 

 そうやって、離れた場所にいる精霊と交信することが出来るのだ。

 

 

 「……ッ! これは!」

 

 目を閉じ、暗闇の中聞こえてくる声は何かに苦しむような声だった。

 

 峩廼写も、繰主奈も、大精霊十一柱全員が何者かの、いや、師匠の話を踏まえるならアベルの攻撃を受け力を抑え込まれていたのだ。

 

 どおりで術が使えないわけだ。大元となる精霊がこんな状態じゃあ力を貸せるわけがない。

 

 「アベルは、大精霊ですらも敵わないのですか……?」

 

 俺は声を震わせ、すがるように師匠に問う。

 

 他の皆はまるでわかっていない様子だ。大精霊がたかが人間一人に敗れるということの異常性が。

 

 「……そうじゃな」

 

 師匠は短く言い放つ。そこにはなんの躊躇いもなかった。

 

 

 「……もしかして、アベルってかなり強い?」

 

 頬を掻いてエミリアが聞いてくる。

 

 

 「強いなんてもんじゃないですよ。セントラルクで会ったときからありえない強さだとは思っていましたが、まさか大精霊すら敵わないなんて……」

 

 「で、でもさ! 相手にしなかったらいいんじゃない!? 今のところ私達の邪魔をしようとかそういうんじゃないんだしさ!」

 

 「……いえ、そうも言ってられません。これから勇者達と戦うことを考えれば、精霊術の、大精霊達の力は必須。アベルを倒し、取り戻さなければならない」

 

 「あっ、そっかぁ……」


 俺が冷たく否定してしまったばかりに、エミリアは肩を落としてしまう。

 

 俺はその姿を見て、今の自分に余裕がなくなっていることに気づかされた。

 

 己を戒めようとするが、そんな暇もなく部屋の窓から悲鳴が聞こえてくる。

 

 

 「なんだ!?」

 

 


 四階の窓から急いで外を確認すると、まず目に入ったのがホテルの庭園の中逃げ惑う人々。そして視線をずらしてみれば、魔物が我が物顔で庭を闊歩していた。

 

 「あれは!?」

 

 その姿を見て、視力のいいリサが最初に感づく。


 そしてすぐに俺も気がついた。

 

 

 

 「ドゥームレイダー!?」

 

 

 禁忌の悪魔ドゥームレイダーが、なんと三匹もリデリアの街に現れていたのだ。

ご覧頂きありがとうございました。

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