表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/146

87. 無力な僕と無重力な少女


 《世界柱オベリスク》、ドランジスタにおけるあらゆる夢、欲望、その全てを叶えることが出来ると言われている世界最大最長のダンジョン。


 ある者は力を求めて、ある者は富を成すために、またある者は世界の真理を覗こうとその戦場に赴く。

 

 待ち受けるは幾千もの凶悪なトラップ、そして幾万もの強力な魔物達。

 

 それらを前に、無念にも散っていく命は数知れず。

 

 されど勇気ある者は歩みを止めない。挑むことを止めようとしない。

 

 それは何のため?

 

 自分のため、他人のため、愛のため、世界のため、あるいは……

 

 

 目的は人それぞれ、赴く理由は人それぞれ。

 

 

 

 そして俺カルラ・セントラルクも、他人とは違う独自の目的をもってこの地を再び訪れていた。

 

 

 「まさか、またここに来るとはね……」

 

 

 ダンジョン内を探索する最中、まるで見るもの全てを魅了するかのような美しい様相を持つ少女ビスタ・サードゲートがおもむろに呟く。

 

 

 「ビスタさん達が行っちゃった日以来だから…… だいたい4ヶ月ぶり? あ、でも向こうの世界とは時間の流れが違うから、ええと……」

 

 そして、ビスタと負けず劣らずの金髪の美少女、俺の幼馴染みであるエルフ、エミリア・リードヴィーケも反応して口を開く。

 

 

 他にもビスタの従者であるリサ・サンヴォルルフや森で出会った妖精のロロ、あとエミリアが拾った絶色蜥蜴のジゴロウが俺の用事に着いてきていた。

 

 エミリアの言うとおり、世界間を行き来している内に俺達の世界とビスタ達の世界では時間の流れが全く違うことが判明した。

 

 だいたいこっちの世界での1日が向こうの世界での1年。

 

 いやはや、まさかとは思ってていたがそんなことがあり得るんだな。

 

 

 まあ、そんなことは今は置いといて。

 

 俺達がこのオベリスクを訪れたのには理由がある。

 

 それはとある人物に会って話を聞くためだ。

 

 

 ではその人物とはいったい誰か。

 

 いや、それを明らかにする前に今俺が置かれている状況を確認しておく必要があるだろう。

 

 

 こちらの世界に戻って来てから俺を襲ったアクシデントがマチューの離反だった。

 

 やっとビスタが戻ってきてくれたと思ったところでコレなもんで、当然俺は驚いた。

 

 それから魔族達のことは気になりながらも一旦父に任せて、いったい今何が起きているのか一番詳しそうな奴に話を聞きに来たというわけだ。

 

 そう、俺の運命に大きく関わっている女神アルルカに。

 

 当たり前と言えば当たり前だが、俺はアルルカの居場所を知らない。

 あまり下界の者と接触しすぎると上司にバレるからマズイとかなんとかでアイツ自身が教えてくれなかった。

 

 俺も特に会う必要はないと考えてスルーしておいたのだが、アベルやマチューによるここ最近のアクシデント続きを前にすると、一度話を聞く必要があると考えを改めざるを得なかった。

 

 それでアルルカから受け取った巻物に奴の居場所を聞いてみたところ、このオベリスクの最上階へ行けと指示された。

 

 はじめはなんのこっちゃわけが分からなかったが、まあこの巻物は本人と違って有能で信用出来るということで、俺達は現在オベリスクの54階にまで来ている。


 オベリスクは上階に行けば行くほど魔物が強力になり探索の難易度が上がっていく。54階ともなれば相当の難易度だ。

 

 それにマチューが抜けたことによって俺は弱体化してしまっているわけで、当初は攻略も苦労するものと思われた。

 

 しかし精霊術を活用してなんとかその穴を埋めれている。以前と比べれば少々危なっかしい場面も増えには増えたが。

 

 

 「精霊術、かけ直しておきますか」

 

 

 54階層の探索も半ばに差し掛かった頃、休憩も兼ねてパーティー全員に術をかけ直した。

 

 そのとき、何を思ったかエミリアが突然妙なことを言い出す。

 

 「私さ~、カルラに精霊術掛けてもらうときが結構好きだったりするんだぁ~」

 

 「え?」

 

 まさか聞き返されるなんて思っていなかったのか、彼女は少し焦った様子を見せる。

 

 「あっ、その、なんというか。落ち着くというかホッとするというか、心がぽかぽかするというか…… うーんなんだろ、言葉にするのが難しいや」

 

 こめかみに指を当てて、エミリアは言葉を考える。今一つ何が言いたかったのかよく分からなかったが、ビスタが補足するように口を挟んだ。

 

 「……もう一頑張り出来そう?」

 

 補足したようだったが、やはり俺は今一つ要領を得なかった。

 

 だが、ビスタの言葉にエミリアは激しく共感を示した。

 

 「そう! それです! なんか頑張ろって気持ちになれるの!」

 

 首が折れそうな勢いで首を縦に振るエミリア。

 

 「ああ、なんか分かるなそれ。急にやる気が出てきて、心なしかちょっとだけ身軽になるんだよな」

 

 そしてリサまでもそんなことを言い出した。

 

 「そーそーそーそー!!! まさにそれです!」

 

 やはりエミリアは激しく頷いて肯定する。

 

 「いや、精霊術にそんな効果ないですよ? ステータス強化で一時的に強気になってるとかそういうのじゃないですか?」

 

 勘違いされては困るので、俺はそっと訂正しておく。

 

 「もー! どうしてそういうこと言うかなー!」

 

 「そうだぞカルラ、褒めてるんだからこういうのは黙って頷いとけば良いんだ」

 

 「え、えぇ~?」

 

 なんだか知らんが、二人からバッシングを受けてしまった。

 

 理不尽さを覚えて、俺はビスタに助けを求める。

 

 「夢が無いわね、カルラ君」

 

 しかしビスタからも呆れ気味にそんなことを言われて、俺は何故か謝っていた。俺は褒められていたんじゃないのか?

 

 

 なんてやり取りをした後、再び探索を開始する。

 

 

 「よし、この先には魔物はいないぞ」

 

 

 影に潜り先行していたリサが状況を報告する。

 

 それを確認して俺達も先を進む。

 

 

 以前にも述べたとおり、ダンジョン攻略パーティーは基本的に5人で組むことが推奨されている。


 そしてそのパーティーメンバーにはそれぞれに役割があるのが普通だ。

 

 攻守魔癒候揮とは、パーティーを編成する上で必要な役割を纏めた言葉だ。

 

 剣や槍で果敢に攻め先陣を切る前衛アタッカー。

 盾や重鎧を装備してパーティーを守るタンク。

 広範囲の属性魔法で敵を蹴散らす魔法アタッカー。

 回復魔法でパーティーを支えるヒーラー。

 ダンジョンのトラップや無闇なエンカウントを避けるための斥候。

 そして適切な判断でパーティーを導くリーダー。

 

 

 それら6つの役割をバランスよく揃えたパーティーこそ優れたパーティーとされ、冒険者達も一つの目安としている。

 

 それで俺達のパーティーはどうなのかと言ったら、まず先程のようにリサが斥候兼前衛アタッカー。ビスタとエミリアが魔法アタッカー。そして俺が支援と指揮という風に、非常にバランスが悪い。

 

 ジゴロウとロロも斥候として役に立つといえばそうだが、バランスの悪さが益々目立つだけだ。

 

 何より問題なのは俺自身だ。マチューがいなくなる前はタンクももう少しマトモに務まっていたし、魔力武装して木刀を使えば前衛もそこそこに出来ていた。

 

 今となって出来ることといえば精霊術を皆に掛けること、そしてメンバー中では比較的多いダンジョンの経験から指示を飛ばすことくらい。

 

 今まで知ることもなかったが、自分がどれだけマチューに依存していたのかがよく分かる。

 

 

 

 「どしたのカルラ? そんな思い詰めたようにむすっとしちゃって」

 

 移動中、ロロが話しかけてくる。俺の悩みなんてつゆ知らず、マチューが俺の中から消えてくれて内心嬉しそうにしている。

 

 「いえ、なんでもないです」

 

 マチューがいないから心細いなんて言ったら何を言われるかわからない。俺は適当にあしらった。

 

 まあでも、俺にはまだ精霊術があるんだ。

 

 せめて強化支援の役割くらいはしっかり果たしていかないとな。

 

 

 そんなことを考えながらダンジョンを進んでいく。

 

 

 そして、運悪く魔物に見つかり戦闘に入ったとき事件は起きた。

 

 精霊符を取り出して、ビスタとエミリアのために《我廼写》の精霊術を掛けようとする。

 

 「泡沫の道を垣間見る者、朱に濡れた手三つ鳴して、今、我らに聖人君子の知恵を与えよ!《峩廼写》!!!」 

 

 本来なら詠唱を完了させると精霊符を通して強化が発動するはず。

 

 しかしどういうわけか術は発動しなくて、不信に思いながら繰り返し唱えるがやはり結果は同じ。

 

 

 「えっ……?」

 

 

 たまらず俺は驚嘆の声を漏らした。

 

 取り繕うと努めるものの、手が震え、視界が少し狭くなる。精霊符はその震えに連動するだけでやはり術を発動しようとはしない。

 

 そのとき、視界の外から聞こえてくる鬼気迫るビスタ達の声。

 

 

 「カルラ君!!!」

 

 

 呼応して前を見てみれば、巨大なカマキリ型の魔物がいつの間にか目の前に迫ってきていて、その凶刃を俺に突き立てようとしていた。

 

 

 「くっ……!?」

 

 

 攻撃を視認し、避けようとするが間に合わないと判断してガードする。

 

 だが、それらの行程全てがワンテンポ遅い。

 

 それもやはり今までマチューのスキルに頼っていた弊害だ。

 

 本来ならこの程度の魔物の攻撃は避けるまでもない。防御力にものを言わせて正面から受け止めればいいだけの話だ。

 

 だが、今の俺にはマチューの恩恵を受けた髪で編んだインナースーツがあるだけで、防御力は以前に比べ数段劣り攻撃を受けるには不安が残る。

 

 かと言って避けるにも敏捷性が足りない。これも以前なら問題なく間に合っていたのだが。

 


 だから結局、俺はイチかバチかガードするしか出来なかった。

 

 非常に曖昧で危険な行動。精神の揺らぎが俺の思考を鈍らせていた。

 

 

 「なにしてるんだバカ!」

 

 

 叱咤と同時にリサが魔物を襲う。一瞬で魔物の腕は切り落とされ、魔物自身も絶命し光に包まれ消えていく。

 

 「あっ……」

 

 俺はその光景を呆然としながらただ眺める。

 

 「どうしたんだ、君らしくもない……」

 

 俺の動揺を察してか、リサは厳しい顔をしながら詰め寄ってきた。

 エミリアもロロも、そしてビスタも心配しているようだった。

 

 「いや、その、精霊術が……」

 

 口にしかけるが、それらは全て言い訳でしかないことに気がついて思いとどまる。

 

 「……すみません、取り敢えず今日はここまでにしましょう」

 

 トラブルに重なるトラブル。このままダンジョンを進むのは危険だと判断した俺は撤退するよう提案した。

 

 皆、特に反対することもなく黙って従ってくれる。

 

 重く、暗く。

 

 自分のせいだとわかってはいるが、撤退中のパーティーの空気は然程いいものではなかった。

 

 俺達はダンジョン内のワープ装置、〈転移石塔〉を使って短時間で一階層に戻る。

 

 

 

 はぁ…… なにやってんだろうな俺は……

 

 

 突然自分の実力が発揮できなくなったとき、心の強さが問われる。

 ……なんて弟に説教したくせに、いざ自分が同じ状況になればこれだ。

 

 

 「カルラ君、元気出しなさいよ。貴方がそんなのだと皆まで滅入っちゃうわ」

 

 

 オベリスクを出たすぐに、ビスタが励ましの言葉をかけてくる。

 

 

 「大丈夫です。ちょっと驚きはしましたけど。 でもまあ、アルルカに会えば精霊術が使えなくなった原因も……」

 

 原因もわかるはず。

 

 後ろを振り返って、アルルカがいるのであろうオベリスクの上層を見ながらそんな言葉の続きを言いかける。

 

 しかし視界が捉えた何かのせいで、言い切ることなく口は自然と閉じてしまう。

 

 

 何か、青い空に点った黒い星のようなもの。

 

 それが少しずつ、少しずつ大きくなっていて、それがどうやら人、さらに補足するなら少女であることが分かるようになってきて……

 

 

 「はっ!?!?! えっ、ちょ! えっ、えっ!?」

 

 

 突然の出来事に、俺達は慌てふためき混乱する。

 

 そうこうしている内にその人物は猛烈な勢いで地面めがけて落下してくる。

 

 「カ、カルラ受け止めて!!!」

 

 混乱も解けぬまま、エミリアが俺の背中を押した。

 

 「そんな無茶な!」

 

 そう言うが、もはや四の五の言っている場合ではなかった。

 

 俺は少女が落ちてくるのを待っている間、ダメもとで風の精霊術を少女と自分に発動させようとした。

 

 するとどういうわけか、術は何事もなかったかのように発動する。

 

 一瞬戸惑ったが、それならそれで好都合だ。

 

 少女はそのまま落下してきて、俺が受け止めたその瞬間に風の加護が発動して体がふわりと浮く。

 

 ふわりと浮いて、ゆっくり、まるで水の中に沈むように少女の身体が俺の腕に納められていく。

 

 「カルラ! 大丈夫!?」

 

 少女の安全が確保された後、エミリアや他の面々が駆け寄ってくる。

 

 「ええ、私はなんとも……」

 

 俺は無事であると返事をして、少女の顔に目をやる。どうやら気を失っているようだった。

 

 

 「ん……?」

 

 

 しかしそのとき、少女の顔を捉え脳が訴えかけてくる謎の違和感。

 

 不審がるビスタ達を気にもせず、違和感の正体を明らかにするために俺は少女の顔をマジマジと見つめた。

 

 

 オレンジのボブ。少し幼さが残る面持ち、肌は陶器のように透明感があって、睫毛が長いのが特徴的だ。

 

 間違いなく美少女の分類に入るのだが、どうにも嫌悪感を覚えてしまう自分がいる。

 

 俺は、コイツが、嫌いだ。と、脳が信号を送ってくる。

 

 

 「アルルカ……?」

 

 

 数秒後、俺はその少女の名を呟いた。それはここにいるわけがない女神の名だ。

 

 

 つまり、俺が会って話を聞きたかった人物が、どういうわけか空から降ってきたのだ。

 

 

 

 いったい、何がどうなっている?

 

ご覧頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ