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83. 受け継がれる意志②


 ビスタの言葉に皆が諭されそうになったそのとき、兵士の一人ががなりたてて彼女に迫る。

 

 「ふ、ふふふふざけるな! 偉そうなことをいいいい言っているが、貴方はカイゼル様を救えなかったじゃないか!

 英雄を取り戻すことが出来なかった我々の未来は決して明るいものではない!

  ビスタ様、あ、あなたは、貴方はあまりにも無責任すぎた!!! そんな方の言葉を、私は素直に受け取ることが出来ない!」

 

 

 なんともまあ勇気のある奴だ。自分の主人に向かってそんな口を聞いて、後のことが怖くないのか。

 いや、無礼は承知の上なのだろう。先程から声が震えている。

 

 忘れてはならなかった。そもそもここにいるビスタの部下達は決して一枚岩というわけではないということを。

 

 いつかリサが言っていたように、カイゼルを取り戻すというビスタの方針に従っていた者がいる。

 彼もその一人だったのだろう、ならばこのように不満をぶつけるのは至極当然だ。


 

 

 「……」

 

 

 ビスタは表情こそ変えないものの返す言葉に詰まっているようだった。彼女の心理がなんとなくわかる。

 

 カイゼルを失ったという事実。なによりも、ビスタはそのことに後ろめたさを感じているのだ。

 自分が不甲斐ないから、10年も離れていたから、もっと早く戻っていれば、なんとかなっていたかもしれないのに……

 

 責任感の強い彼女のことだから、そんなことを考え何も言い返すことが出来なくなっているのではないだろうか。

 

 「一つよろしいか」

 

 それを見かねてか、魔族達の集団から一人の男が前に出てきた。それはカイゼルの側に仕えていた男だ。

 

 

 「貴殿は一つ勘違いをしている。カイゼル様は死すべくしてあの場で死んだんだ。

 もう、あのお方は長くなかった。 ゆえに残されたわずかな命を、残された同胞のために使おうとしたんだ」

 

 「だ、だがその結果はどうだった! ギーグバーンに惨めな最期を与えられ、我々の英雄は否定された!

 我々は、あのお方に頼るしか道はなかったのにだ!

 カイゼル様がもう長くなかったというなら、もはやそれが我々の運命だったんだ! 死を待つだけの、滅びの運命を!」

 

 「そ、そうだ……」

 「どうせ俺達はもう……」

 

 男の言葉を前に、皆が共感の意を示す。それは決して勢いのあるものではない。

 だが、それが余計にタチが悪く、彼らが本当に傷心していることが伝わってしまう。

 

 彼らが本当に、希望を持てなくなっていることがわかってしまう。

 

 伝わってしまって、どんな言葉をかけたらいいのか、わからなくなってしまう。

 

 それはビスタも、リサも、取り巻きだった男も、そして俺自身も皆同じだ。

 

 皆、言葉に詰まっている。何かを言わなければならない、しかし無責任なことは言えない。皆、その狭間で葛藤している。

 

 

 「……」

 

 

 悔しいことだが俺達は未熟者だ。カイゼルのように皆を鼓舞する言葉が思いつかない。

 

 だが、このまま引き下がるわけにはいかない。俺はカイゼルに託されたんだ。ビスタを任せたぞと、頼まれてしまったんだ。

 

 それはきっと、単に人間達から彼女を守るというだけではない。魔族の上に立つビスタを支えろという意味もあるのだろう。

 

 

 だから俺は、亜空間から一つの剣を取り出した。

 会場に落ちていた、一振りの剣を取り出して、ただそれを皆の前で掲げてみせる。

 

 「あ、あれは……」

 「カイゼル様の剣……」

 

 その行為に、いったいなんの意味があるのか。

 その剣を見て、皆は何を思うのか。

 

 

 きっと、カイゼルの言葉を思い出すだろう。

 

 

 未熟者の俺達じゃ何も出来やしないが、カイゼルが、この剣が放つ輝きが、俺達に代わって皆の心に語りかけてくれる。

 

 

 真の敗北とは諦めるということを、自分達の未来は自分達で切り開いていくしかないということを。

 

 

 「カ、カイゼル様っ……」

 

 

 どこからか聞こえてくる、すすり泣くような声。

 その波紋は少しづつ広がっていって、一人、また一人、亡きカイゼルの雄姿を思い出して嗚咽を漏らしはじめる。

 

 

 俺はその光景を、不謹慎ながらも美しいと思ってしまった。

 

 これだけの数の魔族達が、たった一人の男の死を前に同じように涙することが出来る。悲しみを共有することが出来る。

 

 こんな世界にも、紛れもない愛のカタチがここにはある。

 

 あの醜い歓声を上げていた人間達よりも、今目の前にいる魔族達の方がよほど、本当の意味で生きているように俺には見えた。

 

 

 「ううっ…… ううっ……」


 

 俺は思う。

 

 悲しむこと、涙を流すということはまだ感情が残っているということだ。心は死んでいないということだ。

 

 それは、心の底ではまだ生きたがっているということだ。

 

 

 それがわかったのであれば、俺は救ってやらねばならない。ほんのわずか残された生への渇望を。カイゼルに代わって、しかし俺の言葉で、掬い出してやらねばならない。


 

 「……カイゼルの死は、もしかすると華々しい最期だったとは言えないかもしれません。人間達の言うように、犬死だったのかもしれません。貴方達も、そう思いますか?」

 

 剣を掲げたまま、俺は問いかける。

 

 「……そんな、そんなわけがあるか! カイゼル様は我々の為に立派に散っていった! カイゼル様を侮辱するなど許されざる行為だ!」

 

 「そうだ、そうだ!」

 

 魔族達が声を荒げる。俺は負けじとそれよりも強い声で返す。

 

 「だとしたら! ……心のほんの少しにでもそういう想いがあるのなら。

 ……逃げてはならない、見過ごしてはならない。自分の想いを見て見ぬフリをするのは、何よりも罪深い行為だ。何よりも彼の死を侮辱する行為だ。

 貴方達の英雄の死を肯定できるのは、何より英雄が守り残そうとした貴方達民衆だけだ。

 貴方達が強く生きて、カイゼルの死は無駄なものなんかじゃなかったと証明しなければ、カイゼルの死は本当に無意味なものになってしまう」

 

 「……っ」

 

 「大丈夫、私達の心の中にカイゼルは生きています。最強の英雄が後ろで見守ってくれています。

 だから進みましょう、前を向きましょう。道は見えている。この剣が、照らしてくれているのだから。

 そして何より、私達にはまだビスタ・サードゲートがついているのだから……」

 

 

 俺から言えるのはそこまでだった。

 

 結局のところ、最期の判断は本人達に委ねられる。生きるか死ぬかは、本人が決める問題だ。

 

 俺は待った。彼らの決断を。苦悩する彼らの姿を、目を逸らすことなくじっと待った。

 

 そして数分後、ロイドが最初に口を開く。

 

 

 「お、俺は……! 俺は生きるぞ……! まだガールフレンドすらできたことがないんだ。このままじゃあの世で待ってる親父達に顔向けできねぇ……!」

 

 続いて、ずっとロイドの横にいた豚頭が声を上げる。

 

 「そ、そうだよナ…… 死んだら全部おしまいなんだもんナ…… 今逃げだした奴なんかに、恵まれた来世が用意されてるわけがないもんナ……

 じゃあ、オラも、もうちょっとだけ頑張ってみようかナ…… 」

 

 「お、おれも!」

 

 「私こんなところで死ねないわ!」

 

 

 そうして、涙を拭って立ち上がる者が少しづつ増えていく。

 気がつけば全員の眼に精気が宿っていた。

 

 

 それを確認して、俺は剣をおさめる。

 

 

 さあ、そうとなれば直接問わねばならない。

 

 先程ビスタを批難したあの男に。

 

 

 「貴方はどうするんですか? 民は進む決意しましたよ。ビスタについていくという決意を」

 

 俺は男に問い質す。男は反応こそするが、返ってきた言葉は俺の予想に反するものだった。

 

 「……アンタの名前はなんだったかな」

 

 「私ですか? 私はカルラ・セントラルクですが」

 

 「そうか…… カルラ・セントラルクか…… カイゼル様が最期に叫ばれていたのもその名だったな……」

 

 感慨深そうに男が唸る。いったいなぜ、そのような確認をしたのか。それは次の発言でわかることになる。

 

 「カルラ・セントラルク! ……いや、カルラ様! 俺はアンタに亡きカイゼル様の姿を…… いや、新たな英雄の姿を見た!

  アンタがビスタ様の側に仕えてくれるというなら、俺はビスタ様に付き従おう!」

 

 「……ん?」

 

 「そりゃあいいや! 彼はカイゼル様と互角の戦いを繰り広げていたし、ギーグバーンさえ圧倒していた! 強さも申し分ない!」

 

 「実はあたし魔物の生まれ変わりってエピソードに心惹かれていたの! なんか運命って感じがしてカッコいい!」

 

 「んん!?」

 

 

 「お願いだカルラ様! 俺達を導いてくれ!」

 

 「んんんんん!?!??」

 

 おかしい、おかしいぞ。確かに英雄になる覚悟はしようとしたが、ぶっちゃけあれは言葉のあやのつもりだった。

 

 武闘大会での行動だって、今のだって、そんなつもりでやったわけじゃないのに……

 

 

 

 「カルラ! カルラ! カルラ! カルラ!」

 

 

 いつの間にか民衆全員が俺の名をコールしている。その熱狂を前に俺が困惑していたとき、ビスタが側に寄ってきた。 

 

 

 「あらら、凄い人気ねカルラ君。私嫉妬しちゃうわ?」

 

 「そ、そんなこと私に言われても……」

 

 謎の言いがかりをビスタから突きつけられて、俺は必死に抗議する。

 だが、それを許してくれるほど彼女は優しくない。

 

 「責任、とってよね?」

 

 「……はい」

 

 

 「カルラ! カルラ! カルラ! カルラ!…………」

 

 

 ◆ ◆ ◆


 

 

 「……というわけさ」

 

 そして時は現在。リサはしたり顔で話を締めった。

 

 てか、何がというわけさ、だ。


 もはや独り言でもなんでもないじゃねえかよ。

 

 ああもう恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 

 こいつにだけは、ロロにだけは知られたくなかったのに……

 

 

 「なってんじゃん!」

 

 すべての話を聞き終えて、ロロがキャンキャン耳元で吠えだす。

 

 「……」

 

 俺はそれを無視しようとする。

 

 

 「英雄、なってんじゃん!」

 

 「……」

 

 

 「あんだけウダウダ悩んで、私に資格なんか~とか言っといて! 結局なっちゃってんじゃん!」

 

 「……」

 

 

 「なんか言え! おらおら!」

 

 「……あぁぁぁぁ! そうですよ! なりましたよ! なっちゃいましたよ! 勇者達に宣戦布告もしましたし、もう後に退けませんよ! なんですか!? なんか文句ありますか!?」

 

 

 「うーわ逆ギレかよ…… 引くわー……」

 

 

 蔑む視線でロロがなじってくる。

 

 「カルラ、前の連中が驚いているから……」

 

 そしてリサは腫れ物を扱うかのように取り成そうとしてくる。

 そういや、彼らはまだ俺が精霊使いだってことも精霊の存在も知らなかったんだっけか。

 

  

 「そこらへんのことは私から説明しておく、我らの英雄様がそういう人だと思われると面子にかかわるからな」

 

 「……お願いします」

 

 「ああ、了解した。 ……っと、そろそろ目的地に着くぞ」

 

 「えっ? ただの山道ですよ? アジトらしきものはどこにも……」

 

 「ちっちっちっ、あそこに魔方陣があるだろ? あれからワープすることが出来るんだ」

 

 「なんと、それは凄い」

 

 「向こうでエミリアも待っている。彼女も交えてこれから色々話し合わないといけないことはあるけど、とりあえずは飯だな」

 

 「ですね、今日は動きすぎてペコペコですよ」

 

 「……君は無事に食事にありつけると思うなよ?」

 

 「……あっ」

 

 

 不敵に笑うリサ。

 

 そのとき俺は思い出した。そういや何故かエミリアを怒らせているらしいということを。

 

 そして同時に、今自分の状態を説明しなければならないということも思い出す。

 

 彼女は、今の俺を受け入れてくれるだろうか……

ご覧頂きありがとうございました。

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