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79. ヒールターン!


 

 ───ワァァァァァ。

 

 

 

 今日一番の歓声。人間達は何がそんなに嬉しいのだろう。

 

 

 よく見てみれば泣いて喜んでいる奴もいるじゃないか。

 そうか、仮にも彼、カイゼルは戦場に生きた者。ここにいる人間の家族や恋人の命を奪ったってことも十分にあり得る。

 

 

 そうか、そうだな。

 

 

 コイツらにとっては、カイゼルは死んでいい存在だったのかもしれない……

 

 

 

 

 

 そんなわけ、そんなわけあるか。

 

 消えていい命なんてない。笑っていい死などない。

 

 

 ビスタ、君が言っていたという言葉。

 

 

 この世界が俺の心を汚すことに耐えられないという言葉の意味が今ならよく分かる。

 

 醜い人の姿、命のあり方に、俺は今にもどうにかなりそうだ。

 

 もし俺と君の立場が逆だったら、きっと同じ事をしていただろう。

 いや、今ですらこの場所からいち早く立ち去ってほしいとさえ思っている。

 

 

 「……」

 

 「おいおい少年~、なんて辛気臭いツラをするんだよ! もっと笑おうぜ! 今日はお祝いなんだからサ!」

 

 

 目の前にいる男が何かほざいている。

 

 

 たしかこいつは……

 

 ああそうだ、ギーグバーンだ。

 

 

 こいつがその拳でカイゼルを殺めて、ゴミのように蹴り飛ばしたんだった。

 

 

 「まあさっきのは子供にはショッキングだったかな? 君強いからこういうのに慣れてるもんだと思ってたわ。 悪かったな、さっきのは早いとこ忘れてくれ!」

 

 「……大丈夫ですよ。対戦、よろしくお願いします」

 

 「おっ、いいね。素直な奴は嫌いじゃないぜ?」

 

 その言葉を最後に、俺は木刀を、ギーグバーンは拳を静かに構えた。

 

 

 「さすが我らが英雄ギーグバーン様! 彼の登場を前に、会場は今日最高の熱を帯びております!

 さて、エキシビジョンマッチ開始の合図は銅鑼ではなく会場の皆様にご協力頂きます!

 すなわち3カウント! 3カウントを合図とします!!! それでは皆様、いきますよ! ……3!」

 

 

 「2!」

 

 

 「1!」

 

 

 「はじめぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 「先手は譲ってやる! ほら、どこからでも……」

 

 

 接近、死角、渾身、一撃。

 

 

 

 ……刹那。

 

 

 

 この身に宿る、あらゆる力を駆使して頭部を狙う。

 

 

 「おおっと、危ない危ない。見かけによらず血気盛んだなぁ」

 

 

 だが、その攻撃は奴の腕に阻まれ届かない。

 

 

 「すみません、そういう年頃なもので」

 

 

 木刀と腕がかち合って、そこを起点にして互いの力が拮抗する。

 

 大丈夫、防がれるのはわかっていた。

 

 しかしなるほど、こいつは武器を用いず体術のみで戦うスタイルなのか。

 

 盛り上がった筋肉。それらが生み出す力は、こちらが精霊術を使っているというのに一切ひけを取らない。

 

 だが、俺は手の内を絞ってさらに木刀を押し込む。

 

 魔力武装を強化して、木刀の重量を増加させる。

 

 

 「うお、うおぉぉぉぉ……」

 

 

 少し焦った様子を見せるギーグバーン。

 

 

 いけ、いけ、押し潰せ。

 

 

 力負けして、恥を晒せ。

 

 

 「くそっ!」

 

 

 根負けしたギーグバーンは、苦し紛れに蹴りを放った。俺はそれを避けるために一端そこから離脱する。

 

 「ギーグバーン様が力負けしていた……?」

 

 押し潰すことは出来なかったが、俺の力を周りに誇示するには十分だっただろう。

 

 会場にどよめきが生じる。

 

 

 いいぞ、計算通りだ。

 

 

 あわてふためけ、混乱しろ。

 

 

 おまえ達が焦ってくれればくれるほど、俺は有利に動くことが出来るのだから。

 

 

 そう、何も俺は感情に任せて暴れているわけではない。ビスタやその仲間、そして捕虜達を無事に連れ出すために動いている。

 

 

 大丈夫、俺は冷静だ。

 

 目的を忘れず動けている。

 

 

 

 いったい俺がどういうプランを組み立てているか。大筋はこうだ。

 

 まず、相手に全力を出させるように戦う。

 

 そして、全てを出しきらせ、それを挫いてギーグバーンの威厳を失わせる。

 

 観客達が動揺しているところでギーグバーンを人質にとって、魔族達を外に出させるように交渉を持ちかける。

 

 人間達のプライドを打ち砕いて、魔族達の自信を、カイゼルが培おうとしたものをもう一度取り戻させるのだ。

 

 

 大丈夫、いける。作戦は間違っていない。後は俺次第だ。

 

 

 

 間合いを詰めて、一刀。

 

 ギーグバーンが後ろに退いてそれを避ける。

 

 一足踏み込んでまた一刀。

 

 今度は腕でガードしてくる。

 

 

 「うっひゃぁ、骨に響くなぁ」

 

 

 なんてことを言っているが、本気で言っているようには見えない。

 

 ダメだダメだ、それじゃあダメだ。

 

 軽口を叩く隙を与えてはダメだ。

 

 

 もっとだ、もっと、もっともっともっと。

 

 

 おまえが苦しむ姿を皆に見せてやってくれよ。

 

 

 「えっ、ちょっと聞きたいんだけどなんでそんなガチなの? 演武試合だぜ? もうちょい気楽に……」

 

 ギーグバーンが何か言っているような気がする。でもどうせ、またくだらないことをほざいているだけだろう。

 

 そうじゃないだろ、おまえの口は今そんなことを喋るためにあるんじゃない。

 

 苦悶を滲ませ、歪ませて、観衆達に不安を覚えさせるのがその口の役目だろう。

 

 「……」

 

 俺は何も言わず振りかぶる。

 

 「ダメだ、聞いちゃいねぇ」

 

 ギーグバーンは呆れ顔でため息をついている。

 

 そうじゃない、その表情じゃない。

 

 

 俺が求めているのはその顔じゃない。

 

 

 「だったら、俺もちょっと本気出すかな!」

 

 

 そう言ってギーグバーンは大きく深呼吸をする。

 瞬間、彼を取り巻く空気の質が変わったような気がした。


 マガンタから聞いたことがある。どこか遠い地には特殊な呼吸法で身体強化を謀る武術が存在すると。

 

 なるほど、こいつはその類いか。

 

 

 「いくぜっ! ハッッッッ!!!」

 

 ギーグバーンが開いた両の手を大きく突きだした。

 それに伴い起きる現象、魔力とも違う、目に見えぬ謎の力が床のタイルを捲り上げながらこちらに迫ってくる。

 

 

 俺はそれを避けなかった。故に直撃し、衝撃によって舞い上がった砂煙が互いの視界を奪う。

 

 「おっと、やりすぎたかな? おーい、生きてるかー?」

 

 「……《婆劉》」

 

 

 だが、風の精霊術がそれらを吹き飛ばした。

 

 

 「うおお、まじか、今ので立ってんのかよ」

 

 「まさか、今のが本気、ですか?」

 

 

 その技は単純に威力が高いだけ、防御力を無視するカイゼルの烈仙に比べればてんで大したことはなかった。

 

 

 「言うねぇ!おもしろい! 血が昂るぜ!」

 

 

 俺の希望に反して、ギーグバーンは笑みを浮かべながら距離を詰めてくる。まだまだ余裕がありそうだ。

 

 

 空を切り裂いて放たれる拳打、手刀、回し蹴り。

 

 見事な技のキレだ。なおかつ無駄な力が省かれていて、培われてきた努力が窺える。

 それにこの圧倒的なスピード、もはや人間の限界を超えていると言っていいだろう。

 

 だが、それらが俺にダメージを与えることはない。俺はそもそもこいつを倒すために修業したのだから、それらを驚異に思うことは万に一つもない。

 

 ギーグバーンの実力はカイゼルと同等かそれ以上かもしれないが、俺の防御力を対処出来ないなら俺はコイツに負けることはない。つまりは相性の問題か。

 

 挑発するかのように、嘲笑うかのように、俺は避ける、避ける。すべての攻撃を回避する。

 

 

 「は、速いな!」

 

 「そりゃどうも」

 

 

 そうしてはじまる、息つく間もないほどの攻防。技の出始めを挫き、技の後隙を突かれ、それすらも経験と機転で覆す。

 そうして互いに疲労を蓄積させていくが、気合いでそれを吹き飛ばす。

 

 「しっかしよ、カイゼルも哀れだよな」

 

 未だ余力を残しているのか、戦いの途中ギーグバーンが口を開く。

 

 「……はい?」

 

 「だってさ、あんな惨めな最後ってないだろ? 英雄と持て囃された男が、あんな犬死にみたいなさ。 どんな奴でも、最後はあんなものなのかねぇ。 ……少年はどう思うよ?」

 

 「……さあ?」

 

 それは一種の挑発行為なのだろうか、狙ってやっているのかは知らないが、狙っているのだとしたらこいつは天才だ。

 

 

 何が哀れだ。何が犬死にだ。

 

 俺は、少しもそうとは思わない。

 

 そんなことを思うのはお前達人間だけだ。お前達がそう仕立て上げたいだけだ。

 

 

 

 「うぉぉぉぉぉぉ! やれー!」

 

 「ギーグバーン! ギーグバーン!」

 

 四方八方から観客達の声が聞こえる。

 

 

 

 「ああ悪い、ちょっとタンマ」

 

 それに反応してか、ギーグバーンが突然制止を求めた。

 ちょうど呼吸を整えたかったところなので俺もそれに応じる。

 

 

 「ああ~……いい…… 最高に高まってる。 ……なあ、聞こえるかこの歓声が」

 

 「聞こえますが、それがなにか?」

 

 「俺はな、戦うのが好きなんだ。 応援されるのが好きなんだ。この観衆の視線を、俺一人に注目させるのが好きで好きで堪らない。

 見ろよ、あいつらの顔を。男も女も、子供も老人も、俺の強さに羨望の眼差しを向けている。

 こういうとき、俺は思うんだ。ああ、生きててよかったなって」

 

 突然ギーグバーンが語り出す。その表情は本当にこの状況に悦びを覚えているようで、嘘偽りがないことが窺える。

 

 「つまり…… 貴方はいわゆる目立ちたがりってことですか?」

 

 「まあ、平たく言えばそうだな」

 

 「勇者の仲間として活躍したのも目立つためだったり?」

 

 「まあ、そうだな」

 

 「魔族や魔物を、カイゼルを屠ったのもそのためだったり?」

 

 「うん、そうだな。 最高だったろ、あの登場の仕方。

 カイゼルの野郎が何かしでかそうとしているのは分かってたけどさ、 逆に利用してやったぜ」

 

 俺の質問に対して、ギーグバーンは恍惚の表情で空を仰ぎながら返答する。その姿は、俺の目にはあまりにも醜悪に映った。

 

 自ずと木刀を握る手に力がこもる。切っ先が震える。

 

 

 そんな、そんな理由で、おまえはカイゼルの覚悟を否定したのか?

 

 

 「あっ! そりゃもちろんそれだけじゃないぜ?

 あんな演説されると他の魔族が調子乗っちまうしさ、ああやって惨めな死に様を晒させないといけなかったんよ。

 いや、でもそれは全部ついででしかないな。なにより……」

 

 「……なにより?」

 

 

 

 

 

 「経験値、もったいないだろ? せっかくいっぱい持ってたんだから」

 

 

 

 

 煩く鳴り続ける歓声。そんな中で、奴が最後に放った言葉はやけに鮮明に聞き取ることが出来た。出来てしまった。


 

 

 けいけんち……

 

 

 

 ケイケンチ……?


 

 

 「経験値?」

 

 「そ! 自殺じゃ誰も貰えねえじゃん!」

 

 

 

 経験値、経験値。

 

 

 

 

 

 

 

 経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値経験値あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……

 

 

 

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァ!!!!!

 

 

 

 

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァ!!!!!

 

 

 


 

 

 

 そのとき、俺は後悔した。こんな奴と話すんじゃなかったと。

 

 

 因縁の相手だ。許してはならない過去があったんだ。

 

 こいつが、誰よりも尊い命を侮辱する存在だということは、俺が一番知っていたはずなのに。

 

 

 こいつがどういう奴か知っていたはずなのに。

 

 

 マチューの怒りに触れることなんて、わかっていたはずなのに……


 

 

 「お、おい! なんだこりゃあ! こいつ人間じゃねえ!?」

 

 

 

 意識が沈んでいく。体を構成する全てが異なる何かに変化していく。

 

 どこからか現れた、俺の周りを舞う銀色の流動体。 

 

 それは、鏡のように俺の姿を映していた。

 

 

 理性も何もない。顔の一部をその銀液に変化させた俺の姿を映し出していた。

 

 

 人ではないナニカ。エルフではないナニカ。

 

 

 俺ではない、カルラ・セントラルクではないナニカ。

 

 

 俺が、俺ではなくなって、ずっと抑えていたナニカに変わっていく。 

 

 

 ずっと抑えていた、殺意の塊に変わっていく……

ご覧頂きありがとうございました。

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