68. 他力本願
メタルスライムの里を立ち去って3日、俺達は人間達が住む街に来ていた。
王都パージェス。頑強な防壁に守られたその街は、対魔王軍に対する人間側の最重要拠点らしく、街の中では魔族に関する情報が数多く飛び交うのだという。
もしかしたらビスタの居場所を突き止める手掛かりがあるのかもしれない。
そう考えた俺達は、よその街の闇市で仕入れた偽の通行手形を使って厳重な警備を潜り抜けてこの街に入る。
……はずだった。
「……エミリア」
「……はい」
「その魔物についてですが」
「……っ!」
「置いていきましょう、ここで」
「や、やだ! やだもん! ジゴロウを見捨てるなんて私にはできないよ!」
「いや、そうは言いますけどね……」
冷たい空気が流れる地下牢。紛れもなくパージェスの敷地内ではあるが、いったい何が狂ったというのか、それは決して俺の望む入り方ではなかった。
「入国ゲートでその魔物がやらかしてさえいなければ! こんな面倒ごとにはならなかったのに!」
俺は発狂しながらジゴロウこと魔物を指差す。
名付け親はエミリアだ。なんとも酔狂な響きだが、エミリアもジゴロウも気に入っているよう。
いや、今はそんなことどうでもいい。
あれだけ人間の前で姿を見せるなと言ったのに、恩を仇で返すように出てきやがって……
こいつはなにか? 俺の足を引っ張るために送られてきた刺客かなにかか?
「ジゴロウだってわざとじゃないもん! ちょっと人が多くてストレス溜まっちゃっただけだもん!」
「ゲ~ロ~」
エミリアがジゴロウを抱きしめながら訴えかけてきて、当の本人はなに食わぬ様子で虚空を見つめている。まるで自分が無関係かのような振舞いだ。
……なんかこの構図すっげえムカつくわ。まるで俺がジゴロウをいじめているみたいじゃねえか。
しかも、エミリアに庇われているジゴロウを見ていると昔の自分とダブるようで、それが輪をかけてムカついてしまう。
あーもう言ってやりてぇ。女に庇われて恥ずかしくないのかと、リインのあのときの言葉をこの糞野郎にも投げ掛けてやりてぇ。
「もうあんなことしないよね、ジゴロウ?」
「ゲロ」
「ほらっ、だから許してあげてよぅ」
エミリアが目を潤ませて懇願してくる。だからどうしたとキッパリ拒否するべき場面なのだろうが、そんな眼差しを向けられると断るものも断れないのが男の性か。
「……はぁ、次はないですからね」
「やったぁ! カルラ大好き!」
ビスタもそうだが、エミリアも中々に魔性な気がする。彼女には異性との間に距離感という概念が存在しないのか。
しかも本人に自覚がなさそうなのがビスタよりもたちが悪い。
がっつり抱きつかれながらそんなことを考える俺だが、色々と罪悪感がすごいのでその抱擁をやんわり押し退ける。
なにより、今は女の甘い匂いに酔っている場合ではないのだ。
「錠は呪いで壊せるので牢屋を脱出することは簡単ですが、巡回している監視に見つかると厄介です。今ロロに様子を見に行かせているので、彼女が戻り次第ここを出ますよ」
「んっ、りょうかい!」
エミリアが元気よく返事をして二人で作戦を共有したそのとき、気だるげな声で誰かが話しかけてくる。
「あのさぁ、イチャつくのは勝手だがもう少し静かにしてくれないか? こっちは昼寝してんだよ」
その声は鉄格子の向こうから聞こえてきて、目を向けると鷹の頭をした魔族が大きなあくびをしながら疎ましそうに俺を見ていた。
いや、そいつだけではない。この地下牢にいる連中から迷惑そうな視線がこちらに集まっている。
「ああ、すみません、気をつけます」
おっと、いつの間にか周りに聞こえるほどの声量で話してしまっていたようだ。
苦情はどうでもいいが、俺達が逃げようとしていることがバレるのはあまりよろしくない。
まあ、様子を見る限り会話の内容までは聞かれてないようだからセーフだ。
「まったく…… 近頃のガキはどういう教育受けてんだか。 ……って、うん? おまえらまさか人間か? 人間がなんでこんなとこにいやがんだ?」
不思議そうに鷹頭が俺達を凝視する。確かに、言われてみればここにいるのは俺達を除けば全員魔族のようだ。
「魔物を連れていたら入国審査に引っ掛かりましてね。まったく、とんだ災難ですよ」
「なんだそりゃ、 ははっ、 おおかた魔物の密輸でも目論んでいたか? バカだなおまえさんも」
なんだか知らんが鷹頭が都合のいい解釈をしてくれて、俺は否定も肯定もしないリアクションをとった。
さて、よく考えればこの世界に来てから魔族と話せる機会なんて滅多になかったことを思い出した。
どうせロロが戻ってくるまで暇だし、この鷹頭から色々話を聞いてみることにしよう。
「この国は警備が厳重なんですね。貴方もここに入国しようとして捕まったんですか?」
「んぁ? バカ言え、誰が好き好んで人間の街なんか入りたがるかよ。俺はここから遠く離れた故郷から無理矢理連れられて来たんだ。忌々しいテメエら人間にな」
忌々しいと言うわりには、鷹頭はあまり怒りを募らせている様子はない。
憎き人間が目の前にいるのだから、もう少し荒れていてもおかしくはないと思うのだが……
俺が直接危害を加えたわけじゃないから?
いや、そんな分別がどうのという問題でもなさそうだ。
「ちなみに私達はこのあとどうなるんでしょう」
「さぁな、適当に裁判にでもかけられて、ありもしない罪で監獄にぶちこまれるんじゃねーの? あっ、噂にゃ闇市場に流されて一生貴族の玩具にされるってこともあるらしいぜ? まっ、ろくな目にはあわないってこったな」
「にしては、貴方はすごく落ち着いているように見えます。 ……もしかして、ここを抜け出す算段があったり?」
「ないない、そんなもん俺にあるように見えるか? 俺が今落ち着いていられるのはな、とうに人生を諦めちまってるからだよ」
「諦めている? 故郷に帰りたいとは思わないのですか?」
「思うわけねえだろ。そもそも、もう故郷なんてものはない。人間共に焼き滅ぼされたからな。
それにここを抜け出したって行く場所なんざどこにもねえんだ。 だからもう、俺はこうやって昼寝しながら余生を楽しむんだよ。
ここにいる連中は皆そうさ。生まれ変わったらドラゴンになりてぇとか、どうせ死ぬなら人間の女を犯しときゃよかったとか、毎日そんなこと言ってうつつを抜かしているよ」
「へえ……」
呆れて物も言えないとはこのことだな。
しょせんここにいる奴らは戦士でもなんでもない平民でしかないのだろうが、それでもこの無気力さはあんまりだろう。
ビスタはこんな連中を救うために必死になっているのか? いや、そもそもこいつらの意識の低さを把握しているのか?
……なんか彼女が不憫に思えてきた。
「貴方はもうこの世の何もかもがどうでもいいんですね」
「ああ、そうだよ」
「それはやはり魔王が勇者に破れたから、魔族が勝利する見込みがないからですか?」
「そうだな、しかも頼みの綱のビスタ様まで何処かに消えてしまったらしいし、これで生きることに希望を持てと言うのが難しいぜ」
頼みの綱、ね……
本当にビスタは期待されているんだな。
「それなら、例えばビスタ…… ビスタ・サードゲートが復活したとしたら?」
「ほほぅ、そのパターンの戯れ言は初めて聞くな。んー、そうだな…… おいっ、おまえならどうする?」
質問に答えあぐねた鷹頭は、隣で鉄格子に股間を擦り付けて楽しんでいた豚頭の魔族に問いかけた。
「おっぱい揉んでみてぇ」
豚頭は息を荒くしながらそんなことを言い出して、横で話を聞いていたエミリアが赤面する。
「なっ、ななっ……」
「あっ、でもオラはそこにいる金髪のねーちゃんの方が柔らかそうで好みダナ……」
不敵な視線がエミリアのエミリアに注がれる。
「だ、ダメです! 触ってもらう相手はもう心に決めてますのでっ!」
豚頭の暴走は留まることを知らず、焦ったエミリアも意味不明なことを言って自分のものを腕で隠した。
あぶねえ、話に夢中で気がつかなかったが、こんなケダモノが近くにいたとはな。コイツとの間に鉄格子があってよかったよ。
「あーまあなんだ、アイツはああいう奴なんだ許してくれ」
「いえ、私は別に…… それで? 貴方はどうなんですか?」
「さっきの質問か? そうだな、もしビスタ様が戻ってこられたというならさっさと俺達を助けて欲しいものだね。まあ、いないから助けにきてねーんだけど」
「……なるほど」
なんともつまらない鷹頭の答え。まあ、こんな質問をした俺も悪いか。
そんなときに、部屋の出入口のほうから聞き慣れた声が聞こえた。
「たっだいまー!」
声の主はロロだった。随分と遅いご帰還だ。
「遅かったですね。それで、様子はどうなっていましたか?」
鷹頭を含めここにいる魔族は俺達というか他人に関心が無いようなので、俺は周りを気にせずいつも通りにロロと話す。
「あっとね、んーとね、お肉はなかった!」
「あ?」
「ウソですウソです! 今見張りさん達休憩してます! エミリアの武器は隣の部屋にありますです!ハイ!」
まったく、はじめから大人しく報告していればいいものを。どうしてそう人を怒らせたがるのか。
「よし、じゃあ行きますか」
状況を把握できたならいつまでもここに留まる必要はない。
ということで鷹頭とのおしゃべりはもうおしまい。
ロロに褒美のサラミを投げつけながら立ち上がる。
「お、おい、おまえら何するつもりだよ」
「なんてことはないですよ、ここから出るんです」
「ア、アホか! 人の話聞いてなかったのか!? ここを出たって逃げ場なんてないんだよ! 例え人間だろうと、罪人である限りおまえらも例外じゃあねえ!」
「逃げる、ですか…… そんな程度の意志しかないのなら、私は今ここにいませんよ」
「な、なに言ってんだおまえ……?」
鷹頭は俺の言葉に困惑した。
そりゃそうだろう、コイツは何も知らないのだから。
俺が何者で、何を成す為にこの世界へ訪れたのかなんて知るわけがないのだから。
しかしまあ、ここに来たのはある意味収穫かもな。おかげでこの世界のことがより詳しくなった。
「念のため聞いておきますが、ここを出たいと言うなら手伝いますよ」
既に錠を壊して牢屋から出た俺は、鉄格子の向こうにいる鷹頭に問いかけた。無論、その質問は奴一人に向けたものではないが。
「だ、騙されねえぞ! しょせんお前は人間だ! 端から俺達を利用しようって魂胆だったんだな!?」
「おっぱい揉みてぇ」
「……どうやら出る気はないようですね。いいです、貴方達はそうやって日陰に生きていなさい」
「……」
ここまで言っても魔族達は動かなかった。
本当に終わってるなコイツら。
「クソが……」
俺はこのやるせない感情のやり場に少し困って人に聞こえないよう毒を吐くことしか出来なかった。
ご覧頂きありがとうございました。




