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64. その世界は何色


「ずぶぬれヌレヌレ子猫ちゃん~、僕の腕でねむりなよ~、はっずかしがらずにさーおいで~、一人で過ごすにゃ夜はながーい!」

 

 

 「……」

 

 

 地平線が見えるほどにだだっ広い平原を歩くさなか、下手とも上手いとも言えない、ただただ聞くに耐えない酷い歌が俺の意識を惑わす。

 

 

 犯人は三度の飯より四度の肉を好む暴食妖精ことロロ。

 

 歌詞の意味を分かっていないのか、なんの恥ずかしげもなく大声で歌い続けている。

 

 そんな妖精と意思疏通できる〈精霊使い〉こと、俺カルラ・セントラルクは無表情を貫きながらただその酷い歌を聞き流していた。

 

 

 今すぐ黙るように注意してもいいが、そうすると逆に俺に都合が悪くなってしまう。だから俺はアイツが自分から歌うのをやめるまでじっと我慢している。

 

 

 どうしてそんなことをする必要があるか?

 

 

 それは今の俺達には一人の同行人がいるからだ。

 

 「あ、カルラ、もうそろそろ魔法が切れるよ。かけ直さないと」

 

 「もうそんな時間ですか、それじゃあお願いします」

 

 それが今口を開いた金髪のエルフ、エミリア・リードヴィーケだ。

 彼女は俺の幼馴染みで、俺の力になりたいだのなんだので半ば強引に俺の旅に着いてきている。

 

 どこまでも真っ直ぐで少し勝ち気な性格をしていて、今あるこの状況もそんな彼女の性格がもたらしたと言っても過言じゃない。

 

 

 正直言うと、俺は昔彼女のことを疎ましく思っていた。

 

 それはあまりに彼女が眩しかったから、側にいると自分の小ささが浮き彫りになるような気がしたから。

 

 彼女には確かな「自分」というものがあって、それを信じて疑わない。

 

 それゆえ常に自信に満ち溢れていて、他人と関わるときも常に全力、超接近。まさにあの頃の俺とは真逆の人間というわけだ。

 

 

 そんな彼女が今こうして俺の隣にいるわけだが、どういうわけか嫌な感じは全くしない。

 

 これが成長というものなのか、そんなことは俺には分からないが、まあ、いい傾向だと思う。

 

 

 それでなぜエミリアがいるとロロの歌にツっこむことが出来ないかというと、それはやはり彼女の純粋さに起因している。

 

 今ロロが口にしている下品極まりない歌は、精霊使いである俺にしか聞こえていない。

 

 つまりここで俺がリアクションを取れば、エミリアも間接的に何かあったのだと気づくことになる。

 

 そうなれば彼女が何があったのか、どんな歌だったのか聞いてくるのは必至。

 普通の人間なら適当に誤魔化せば済むが、エミリアなら聞き出すまで追究して、俺は話さざるを得なくなるなるだろう。

 

 

 そうなれば俺はただのセクハラ野郎だ。

 

 

 エミリアとはこの前にもあんなハプニングがあったというのに、これ以上俺の信用が無くなるようなことはあってたまるものか。

 

 これがビスタなら、ここまで恐れる必要はないんだがなぁ……

 

 

 っと、いけない。どうしてここでビスタの顔が浮かんでしまうのか、思い出すにしてももう少しマシな場面があっただろうに。

 

 「 チチンプイプーイ! ……はい、魔法のかけ直し終わり! これであと二時間は姿を保てるよ!」

 

 

 俺がそんな考え事をしている間に、エミリアの魔法が再び作用する。

 

 それは対象の姿を変えることが出来る魔法。これにより俺達は、エルフ特有の長い耳を人間同様の丸いものにしてこの世界に紛れて活動出来ている。

 

 

 「にしても本当に便利だよね、カプセル魔法だっけ?

 適性さえあれば小瓶の煙を吸うだけでそれぞれの魔法を使うことが出来るこの世界の超技術! 私達の世界にもあったらいいのにね~」

 

 「そうですね、きっと日々の生活も豊かになりますよ」

 

 

 

 「あってもカルラはあのヘンテコな魔法くらいしか使えないけどね~」

 

 と、いつのまにか歌うのをやめていたロロが小馬鹿にしながらクスクス笑っている。こんな安い挑発、普段なら無視しているところだが……

 

 「……なんですか?」

 

 「お! ヤンのかコラ!」

 

 きっとさっきの歌で機嫌が悪くなっていたのだろう。普段は寛容な俺も、ついムキになって喧嘩を買ってしまった。

 

 俺はロロを睨み付け、ヤツもノリノリで睨み返してくる。

 

 

 だが、逃げなかった時点でヤツの敗北は決定している。俺は無言で人差し指を立てながら魔法を発動させた。

 

 

 「うぇ! もしかしてカルラ、アレ使ったの!?」

 

 「ハハ、いい気味ですね。カルラ様失礼なこと言ってすみませんでしたと謝れば解いてあげますよ」

 

 「ずるいぞー!」

 

 

 キーキー喚くが今度こそ無視。

 

 ロロは今、全身謎のタトゥーまみれになっている。

 

 もちろんそれは俺の魔法の仕業だ。

 

 効果は相手の体表に好きな紋様の刻印を浮かべさせることが出来るというもの。

 

 それで対象が強化されたり逆に弱体化されたりするようなことはない。

 

 本当にただ刻印を出現させるだけ、名前は確か〈ベヘナ・ゲレナ〉。

 それが今さっきロロが言っていたヘンテコな魔法。この世界で俺が唯一習得できた魔法だ。

 

 

 しかしまあ、ロロが馬鹿にしたくなる気持ちが分からなくもない。

 わざわざ魔力を消費してまでこんな無意味な効果しかないんじゃあ、こうして嫌がらせするくらいにしか使い道がないからな。

 

 

 しかもこの魔法を露店で買い付けた時、店の主人が、

 

 「こんな魔法あったっけな?」

 

 なんて言うくらいだったから、この世界の住人に忘れ去られてしまうくらいには無価値で地味な魔法なんだろう。

 

 

 「ねえとってよ~! 気持ち悪いよ~!」

 

 単細胞が肌の刻印をさすりながら嘆いているが、それは俺の求める謝罪の言葉ではない。

 

 

 許されるにはまだまだ誠意が足りないな。

 

 

 そんなふうにロロを鼻で笑ったとき、背後からの突き刺すようなプレッシャーが俺を襲う。

 

 

 「カ~ル~ラ~!」

 

 振り返れば、エミリアが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。

 

 

 「ひっ……! ど、どどどどどうしたんですかエミリア」

 

 「どーしたもこーしたもない! 今ロロちゃんにイジワルしてたでしょ!」

 

 「なーんのことだか、言っている意味がよくわかりませんねぇ……?」

 

 「とぼけてもダメ~ 今のカルラすんごい悪い顔してるよ!」

 

 と、シラを切ってみたもののエミリアの目は誤魔化せず。俺は泣く泣く彼女の言うとおりにしてロロにかかっていた魔法を解いた。

 

 

 どうしよう、さっきの今で手のひらを返すようだが、エミリアのこういう感じやっぱ苦手だわ。

 


 昔はリインばっか怒られていたのに、どうして今になって俺がこんな目に遭わなければいけないのか。

 

 まさか俺がリインに似てきた? ないないない、それはない。

 

 


 

 「しかし、こっちに来てもう3ヶ月になりますが、なんというか…… なんというかですね」

 

 「なんというか、だねー……」

 

 

 魔法もかけ直して再び歩み出そうかというときに、どこからか吹いた生ぬるい風が俺達の髪をなびかせた。

 

 その風に誘われてか、ふと、果てしない曇天を見上げて呟く。

 

 

 

 そう、俺達がこちらの世界ドランジスタに訪れてから、なんだかんだで3ヶ月程の時間が経過していた。

 この3ヶ月はひたすらにこの世界の情報収集に努めた、ゆえにビスタ達とはまだ出会えていないし、勇者達を倒せてもいない。

 

 しかしまあ、それだけの時間をかけた甲斐もあって、色々わかったことがある。

 

 

 

 特に重要なのを順に挙げていくと、1つがこの世界におけるビスタの存在について。

 ビスタ、もとい魔王の娘ビスタ・サードゲートという人物は、やはりこの世界においてはかなりの重要人物だったようだ。

 魔族側からすれば最後の希望の星であったし、逆に人類側からすれば生きているだけで平穏が脅かされかねない不安材料。

 ゆえに魔族と人類は、魔王が討たれ戦争が実質の終結を迎えた後も、彼女を巡って争っていたらしい。

 

 

 そして驚くべきが、ビスタが俺達の世界にやってきておよそ10年の時が経っているらしいということ。

 

 厳密には、ビスタが姿を消したという情報が出回ってから10年が経過している。

 

 これはいったいどういうことなのか。

 

 

 考えられる可能性は三つある。第一にビスタが嘘をついていたかもしれないという可能性。

 つまり、実はビスタは俺と出会ったとき、俺達の世界に来たばかりでもなんでもなかったかもしれないということ。


 しかしそんな嘘をつくメリットが分からないのでその可能性は薄いだろう。

 

 

 

 だとするならば、残る可能性はあと二つ。

 

 

 それは、二世界間移動は時間のコントロールが出来ずに本来の時間とは違う年代へ移るかもしれないということ。

 そしてもう一つは、俺達の世界とこっちの世界では時間の流れが違うということ。

 

 しかしまぁ、どのパターンだとしても俺にとっては何も問題はない。

 

 例えこの世界がマチューが死んでから百年千年経っていようが、勇者達は不死身ゆえに生き続けているだろうし、異世界人である俺にとってはどうでもいいことだ。

 

 

 まあ、ビスタにとってはそういうわけにはいかないんだろうがな……

 

 彼女はいち早く元の世界に戻りたがっていた。それは、残された他の魔族が心配だったから。

 

 だというのに、いざ戻ってみればそこはもう10年後の世界。きっとその間に亡くなった同胞もいることだろう。

 

 どう転んでも、彼女の望む結果になっているとは考えにくい。

 

 

 「ビスタさん、大丈夫かな……」

 

 

 灰色の空を眺めながら、エミリアがふと呟く。どうやら彼女も同じ事を考えていたらしい。

 

 「どうでしょうかね……」

 

 下手なことを言うと混乱を招くだけなので、俺は短くそれだけ返した。

 だが、彼女が今この世界のどこかにいて、ちゃんと生きているということはなんとなく分かっている。

 

 確証があるわけではない、そういう予感がするというだけだ。きっと彼女との間に交わされた契約がビスタの存在を俺に知らせてくれているのだろう。

 

 

 そしてビスタが安全なのだと分かった今、俺達は少し寄り道をしていた。

 

 地元民の話によれば、この平原を抜けるとかつてとある魔物が生息していた山林に差し掛かるとのこと。

 

 

 

 俺とってはとても縁の深い魔物だ。

ご覧頂きありがとうございました。

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