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59. 人が人を守るとは


 「そういえば、お母様から話を聞きましたよ。 貴方もお父様達と前線に立っていたことを」

 

 

 「ああん?」

 

 「それで貴方、魔法を暴発させて仲間を巻き込んだそうじゃないですか。使うなと言われていた大魔法を、言いつけを破って無理矢理使おうとして」

 

 

 「……だからどうした」

 

 リインはまるで気にしていない様子だが、苛立った表情から内心そのことを引きずっていることが伺える。

 

 

 「別に、単純な力を求める前に、身につけるべきものがあるんじゃないかと思っただけですよ」

 

 俺が話題を振ってみると、奴が少しだけ苛ついているように見えたので、俺はあえてそこで煽ってみせる。

 

 「ああ? テメエも他の連中のように道徳や哲学を語るのか? 分かってねえな、圧倒的な力さえあれば、魔法だって自由自在なんだ。テメエら凡人には分からねえだろうがよ」

 

 

  「ええ、わかりませんね」

 

 

 「……チッ、なんか気分が悪くなったぜ。話は終いだ、そろそろくたばれ」

 

 

 俺が頑なな態度を通し続けると、リインはとうとう気を悪くして手を上に掲げた。そうして空間中に煙が満たされていき、奴の合図でそれら全てが俺に襲いかかってくる。

 

 

 

 一見すると俺が追い込まれているように見えるこの状況。だが、実際はそうではない。

 

 

 

 前回のことからも、そろそろ頃合いなのは検討がつく。

 

 

 「黒き呪いよ! この世界を侵せ!」

 

 

 だから俺は、木刀の呪力を解放し百火世界を内側から解除させた。

 

 それまで視界の全てを埋め尽くしていた赤が、一旦黒に覆われて、次第に森のダンジョンが彩る緑へと変化していく。

 

 

 

 「なっ、そんなバカな!?」

 

 

 リインは呪いの力を甘く見ていたのか、自分の大技がいとも容易く消えていく様を前にして狼狽えている。

 

 

 「終わりですね、降参するなら今の内ですよ」

 

 

 おそらくこの状況を本当の意味で理解しているのは俺だけだろう。木刀を突きつけ勝利宣言するも、リインはまだ戦うことを止めようとはしない。

 

 「だ、だが、また構築し直せばいいだけの話だ! いくぞ、百火世界ッ!!」

 

 

 しかしなにも変化は起きない。

 

 

 「くそがッ! なんでだ!?」

 

 「分からないんですか? 魔力が足りてないんですよ。もう、貴方にはあの魔法を再び使うだけの魔力が残されていないんです」

 

 「そんな馬鹿な…… 」

 

 「どうやら、気がついてなかったようですね。百火世界、あの魔法は貴方が思う以上に魔力消費が激しいんです。

 しかも、形成するときだけじゃなく、それを維持するだけで相当の魔力を必要とする。その事に気がつかなかった貴方は、私の作戦が途中で切り替わっていたことにも気がつかなかった」

 

 「作戦が切り替わって……? まさかッ!?」

 

 「そう、貴方が私の術の効果が切れるのを待って時間稼ぎしていたように、私も貴方の魔力が切れるのを待っていたんですよ。 短期決戦が難しいとわかったあのときからね」

 

 「ふざけんなッ、凡人ごときがこの俺の考えを上回ろうなんざ……」

 

 「凡人でも天才でも、勝負は油断した方が負けるということですよ。さあ、降参を……」

 

 

 間違いなく勝負は決した。それは、俺もリインも、ここにいる全員がそう思ったことだろう。だが、油断していたのは俺の方だったのかもしれない。

 

 ここはそもそもダンジョンのど真ん中、空間魔法を解除してしまえば、モンスターが出ることだって十分に考えられる。

 

 リインを相手することに夢中だった俺は、その可能性を考慮していなかった。

 

 

 降参をするよう促したその瞬間、脳に直接訴えかけてくるような感覚。ビスタとの契約が、俺に彼女の危機を知らせているのだ。

 

 「ビスタッ!?」

 

 彼女がいる方へ振り返ると、いつの間にか奇怪な花の姿をしたモンスターが、蔦のような触手を伸ばして彼女を捕らえていた。

 

 「くっ!?」

 

 そして次の瞬間、その花のようなモンスターは牙の生えた蕾を開いて毒霧を放出しようとする。

 

 「くそ、間に合え!」

 

 俺はリインとの勝負を中断して、ビスタの方へ駆け出した。

 

 見たところ、リサはまだ寝ているのか影から出てくる様子がない。

 つまり、彼女を守れるのは、今俺しかいないということだ。

 

 

 「ハァッ!」

 

 

 そして、間一髪奴が毒を噴き出す前に木刀で動きを止めることに成功する。

 

 

 「大丈夫ですか、ビスタ」

 

 「え、ええ、おかげで助かったわ。でも、カルラ君毒が……」

 

 彼女が指摘したとおり、俺は攻撃する瞬間に少し毒を受けてしまっていた。そして、それはどうやら時間経過とともに俺の体力を奪い、なおかつ体を麻痺させる効果があったようだ。

 

 

 「へ、平気ですよ、このくらい。気にしないでください」

 

 強がってみせたものの、状態はあまりよくなかった。

 

 リインとの戦いを再開させるために奴の方へ向き直すも、体がついていかずたまらず膝を地面についてしまう。

 

 

 「ハ、ハハハッ、そら見たことか、俺が言ったことは正しかった。他人なんか庇ったところで、ろくなことにはならねえんだよ!」

 

 「うぅっ……!」

 

 

 

 「あ~愉快愉快! ざまあねえなカルラ! あともう少しで俺に勝てたかもしれねえのによ! ……おら立てよ、まだ勝負は終わっちゃいねえ」

 

 「ちょっと貴方! こんなときにまだそんなこと……」

 

 勝負を再開させようとこちらに近づいてくるリインに向かって、ビスタは俺を抱き抱えながら強く睨んだ。

 

 

 「あ? 黙れよクソ女、そもそもテメエがボケッとしてるから俺達の真剣勝負が妨げられたんだろうがよ。

 消えろ、その鬱陶しく伸びた髪燃やしてやろうか」

 

 

 だが、リインにとってはそんなことはどうてもいいのだ。

 

 

 そしてそれはきっと、俺にとっても……

 

 

 

 

 「やめ、ろ……」

 


 

 「ちょ、カルラ君!?」

 

 

 

 「ビスタ、彼の言うとおりまだ勝負は終わっていません。どうか、そこで最後まで見守っていてください。……さあリイン、第二ラウンドと行きましょう。貴方の腐った考えを改めさせてあげますよッ……!」

 

 

 

 「聞き捨てならねえな! こんなときでもまだ説教かよ!」

 

 リインは蹴りを放ち、それがおもいっきり鳩尾に入ってしまう。

 

 「ごふっ!」

 

 

 俺はたまらずうずくまる。

 

 

 だが、また立ち上がる。

 

 

 立ち上がって、反論する。

 

 

 「わかってませんね…… こんなときだからこそ言えることもあるんですよ。

 そう、仲間を庇ったゆえに窮地に立たされたこの状況で、私は今から貴方に勝つ。

 勝って、他人を守るということは決して貶されるような行為ではないということを証明してみせる」

 

 

 

 「ハハハハハッ!!! 勝つ? そんなボロボロの状態で!? 笑わせんなッ! そんなことは天地がひっくり返ってもあるわけねえ! テメエはもう終わりなんだよ!」

 

 

 確かに、奴が言うとおりこんなボロボロの状態で勝つなんて何かの冗談と思われるかもしれない。

 

 

 だが、そうじゃないんだ。

 

 

 仲間がいるから、仲間が見守ってくれているから人は強くなれる。勇気が湧いてくる。

 


 

 

 

 なのに、リインはまだそのことを知らない。

 

 

 

 自分以外をバカだの凡人だの罵って、ずっと独りよがりに生きてきたから。

 

 

 自分一人で生きていける人間が真の強者だと考えているから。

 

 

 

 それゆえに、奴は弱い。

 

 

 

 それは才能だとか実力だとかそういう事ではない。

 

 

 何よりも心の強さ、それが奴には欠けている。

 

 

 心というのは、肉体とは異なり己一人だけで鍛えられるわけじゃない。

 

 

 

 誰かと出会い、競い合い、時に叱咤されたり何かを学んだり、そうやって心は成長していくんだ。

 

 

 

 どれだけ魔法の扱いに長けていても、どれだけレベルが高くても、心の強さが伴っていなければ、ここぞというところであっさり敗北を招いてしまうんだ。

 

 

 

 自画自賛になってしまうが、そういう意味じゃ俺は強くなれたと思う。

 

 

 今こうして立っていられるのも、数多くの出会いが俺の心を強くしてくれたおかげだ。

 

 

 きっと、五年前の俺だったらそうはいかない。

 他人を信じられない弱虫だった頃の俺だったら、この状況だとビスタの背中に隠れていただろう。

 

 

 きっと、リインもあの頃とは違う俺の変化に気がついているはずだ。

 

 

 

 そして、そんなふうに自分を強くしてくれる人達はかけがえのないもので、それを守るということはとても尊いことなのだ。

 

 

 自分に価値を見出だせないんじゃない。

 

 何よりも自分が強くなったと思えるからこそ、人を守ることが出来るんだ。

 

 

 

 だから、俺は兄として見せてやらねばならない。

 

 

 今おまえに必要な強さがなんなのか、一人迷走しているこの阿呆に示してやらねばならないんだ。

 

 

 

 

 

 

 「さっさとくたばれ!!!」

 

 

 

 息をするのが精一杯なこの状況でも、リインは容赦なく攻撃を続けてくる。

 

 それは殴る蹴るなんてレベルで止まらず、先程も見せた体内へ直接炎をぶち込む攻撃までも織り混ぜてきていた。

 

 

 再び空間中を揺れ動かす爆発音。

 

 

 

 「ハァ、ハァ、ハァッ……」

 

 

 

 だが、それでも俺は倒れない。

 


 

 

 「おい…… 流石にそろそろ諦めろよ…… マジで死ぬぞ……」

 

 

 「倒れませんよ…… 私に信念がある限り…… 決して譲れないものがここにある限り、私は決して倒れない……!」

 

 「信念だと!? そんな曖昧なもので……!」

 

 「信念は決して曖昧なものではありません。そう思ってしまうのは、貴方自身が、貴方の心の中が曖昧だからですよ!」

 

 胸ぐらを掴み、鳩尾に一発。間髪入れずに頭突きもお見舞いする。

 

 

 「ぐはっ!」

 

 

 「いいですかリイン! 強さとは! 人の強さとは!

 追い込まれたときにこそ問われるものなのです!

 不意の攻撃を受けてしまったから、魔力が切れてしまったから。動揺して、弱気になって、心が揺れ動いてしまいそうな、そんなときに! 人は本当の強さを問われるんだ!」

 

 「ほ、本当の強さ……?」

 

 「ええそうです! 自分が負けてしまったときを思い出してください! 心のどこかに弱さや迷いがありませんでしたか!?

 魔法は心の在り方に左右されてしまう、それはレベルが上がって解決されるものじゃあないんじゃないですか!?」

 

 動揺しているところに、奴の鼻を潰しかねない勢いで拳を捩じ込む。

 リインは血を噴き出しながら後ろに後退りして、殴られた部分を手で押さえながら俺を睨んだ。

 

 「ち、違う! 俺の求める強さは、レベルを上げることで得られるんだ。ただ強く、ひたすらに強く! 俺には、それしかないんだッ……!」

 

 「そうですね。幼い頃に力を得てしまった貴方には、それだけが全てだと思ってしまうのも無理はないでしょう。

 でも、そんなことはないんですよ。 貴方にだって、誰にだって、心の強さは必要なんです」

 

 リインのその言葉には、少しだけ後悔や嘆きの想いが含まれているような気がした。

 

 

 ある意味で、奴もまた被害者なのだ。

 

 

 前世の因縁で、神の意志で、自分には関係のない勝手な事情に振り回されてしまった哀れな男なのだ。

 

 

 

 そして、俺もある意味では加害者なんだ。

 

 

 だから俺は同情の想いを、贖罪の想いを込めて拳を固める。

 

 

 

 

 弟よ、どうか伝わってくれ。

 

 

 

 

 勝手に拗らせて勝手に閉じ籠って勝手に家を飛び出して。本当に情けない兄でしかないが、これが、これが俺にしてやれる精一杯だ。

 

 

 

 勝敗を決する渾身のアッパーカットが、リインの顎に直撃する。

 

 

 

 

 奴は盛大に吹っ飛んで、受け身も取らないまま地面に倒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 「負けた…… 俺は、負けたのか…… これが、心の強さ……」

 

 

 「そうです…… 最後に一つだけ言わせてください。 私が今もつ強さは、全て他人が与えてくれたものと言っても過言ではありません。 人は一人だけでは強くなれない。側に誰かがいてくれるから強くなれる。

 他人を守るということは、その人のためだけじゃない。 何よりも、自分のためなんですよ……」

 

 「はっ、そうかい。心の片隅くらいには置いといてやる、よ……」

 

 リインは妙に晴れやかな笑顔を残して気を失ってしまった。

 

 それを見届けて、俺も酷使し続けてきた体を地に委ねる。

 

 

 

 「カルラ君ッ!?」

 

 

 

 後ろから聞こえてくるビスタの声と駆け寄る足音。

 

 抱き抱えられても、もう目蓋を開けるこも出来ず、彼女の姿なんてわからない。

 

 

 「へへっ…… すみません、ちょっとだけ休んでも、いいですか……」

 

 「バカ、いいに決まってるじゃない」

 

 

 

 

 その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 目を覚ましたのは数時間後のこと。そのときにはもうリインの姿はなかった。

 

 ビスタに聞いてみたところ、リデリアの時にいた黒装束の女が連れ出してしまったらしい。

 

 

 

 てっきりあのときだけの付き合いだと思っていたが、もしかしたらアイツにとっての仲間なのかと思って少しだけ安心する自分がいた。

 

 

 

 しかしそんなふうに物思いにふけている場合ではなく、俺達は急いでダンジョンを進み、無事に鍵を入手し村に戻った。

 

 

 しかしそこで、思わぬ出来事が俺を待ち受けていたのだ。


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