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55. エミリア


 宴会場に戻ってみれば、もう宴はお開きとなっていた。いや、それをお開きと称していいものか、男達は皆酒に酔いつぶれ死屍累々の山を築いていた。

 

 そしてどこからともなく女の笑い声が屍の山の向こうから聞こえてくる。

 

 恐る恐る半開きの扉から覗いてみると、それはまぎれもなくリサだった。彼女は薄気味悪い笑みを浮かべながら、とくとくとく…… と自分のグラスに酒を注いでいる。

 

 「お~? カルラじゃないかぁ~? ちょっとこっちにこいよ~、一緒に飲もうじゃないかぁ~」

 

 「けっこうです」

 

 びしゃん! と扉を閉めてなんとか逃げることに成功する。

 

 

 誰だリサが困ってるとか言ったやつは、ノリノリで楽しんでんじゃねえかよ。

 

 

 思わず横にいたビスタに目で訴えかけると、彼女はそっぽを向いて誤魔化してきた。俺も負けじと視線を送り続ける。

 

 しばらくそのような格闘があって、彼女はじきに白旗を上げた。俺達は互いに可笑しくなって、たまらず腹を抱えて笑ってしまう。

 

 

 結局その日は村に泊まることにしていたのだが、俺はエミリアのことが少し気になってビスタに先に部屋へ戻って休むよう伝えてその場で別れた。 

 

 

 そうして、村人に居場所を聞いて、俺は彼女がいるであろう部屋の前まで訪れていた。

 

 

 「エミリア、起きていますか?」

 

 「カルラ? 起きてるよ、入って」

 

 

 招かれて部屋に入ってみれば、そこはランプの灯りだけが僅かに部屋を照らす薄暗い空間だった。

 少し目を凝らしてみると、金髪の少女がベッドの上で身を起こしている。

 

 俺は彼女の側によって、近くにあった丸椅子に腰を掛けた。

 

 

 

 「具合はどうですか」

 

 「うーん、まあまあかな」

 

 「まあまあですか」

 

 「うん、まあまあ」

 

 

 なんだかぎこちない会話は、一旦そこで途切れてしまって、無言の間が少し続く。

 

 居心地の悪さを覚えて、意を決して訊ねかけようとするも、ちょうど向こうも同じタイミングで話しかけようとしてきて、見事に声が被ってしまった。

 

 「……先にどうぞ」

 

 「あっ、うん…… えっと、その、今日はありがとう」

 

 エミリアは少し思い詰めたようにそんなことを言い出した。

 

 

 「礼なんていりませんよ、当然のことをしたまでです。幼馴染みとして、セントラルクの人間として…… もっとも、勝手に家を空けた私がセントラルクの姓を名乗っていいのかは分からないですけどね」

 

 リインに言われた言葉を思い出してそんなことを滑らせて、俺は自嘲気味にハハハと笑った。すると、彼女の表情が少しだけ柔らかくなる。

 

 「……なんか、ちょっと安心した」

 

 「え?」

 

 「あ、えっとね、なんて言うんだろ。久しぶりにカルラの姿見てさ、昔よりおっきくなってるし、話し方も大人っぽくなってて、なんだか別人のようだったんだけど、今みたいに自虐したりするの、昔と変わってないんだな~って」

 

 「ちょっとそれひどくないですか?」

 

 冗談半分で抗議する。

 

 

 「えへへ、ごめんごめん」

 

 彼女は頭をさすりながら、少しだけ申し訳なさそうにした。

 

 「私は何も変わってませんよ。今も昔も」

 

 「え~? うっそだぁ~」

 

 「うーん、流石にちょっと厳しいですかね」

 

 

 訂正したように、何も変わってないわけはない。

 俺はエミリアが目の前にいることもあって、五年前の誕生日に、彼女を庇って一度死にかけたときのことを思い出す。

 あのとき前世の記憶を取り戻して、俺を取り囲む何もかもが変わってしまった。そして恐らく俺自身も、この五年間を通じて変わってしまっているところもあるだろう。

 

 俺がそんなことを考えていたら、エミリアが少し目を潤ませていた。

 

 「エミリア?」

 

 「あ、ごめん。 ちょっと昔のこと思い出しちゃって」

 

 昔のこととは、つまり俺も思い返していたあの日の夜のことだろう。考えることは一緒ということか。

 

 「あの日のこと、私ずっと忘れなかったよ。ずっとお礼が言いたかったんだ。 あの日カルラが助けてくれなかったら、今の私ここにいなかった……」

 

 鼻をすするような音と、咽び泣くような声音。きっとこの五年間溜め込み続けていたのだろう。

 俺があんな別れ方をしてしまったから、彼女はずっとそんなことを思い続けていたのだろう。

 

 俺はちょっとだけ返す言葉を考えて、彼女に対する申し訳なさから、結局思ったこと全てを伝えることにした。

 

 「感謝される覚えなんてありません。あのとき私があそこに向かったのだって、あなたを助けるのは二の次でした。そんな私にあなたから感謝される覚えなんて…… 」

 

 「そんなの関係ないっ! ありがとうって言わなきゃ、私の気が済まなかったのっ!

 ……ねえ、ずっとどこに行ってたの? 新聞とかで取り上げられて、最近になって知ったけど、カルラ今は冒険者してるんだよね? おじさまやおばさまは旅立ったとしか教えてくれなかったし、私ずっと心配してたんだよ?」

 

 エミリアがこのことについて聞いてくるのは分かっていた。むしろ、俺が彼女のもとを訪れたのは、その事について話すためでもある。

 

 だから俺は素直に話した。五年前のあの日、雪降る森の中でナイフに刺され倒れた俺がどうやって復活したのか、どうして賊を倒すほどの力を身につけたのか、そしてどうして翌日には別れの挨拶も告げずに旅立ったのか、五年間何をしていたのか、どうして今になってここに戻ってきたのか。異世界の存在も、勇者のことも前世のことも、何もかも包み隠さず伝えた。

 

 

 

 「……というわけです」

 

 「ほ、本当なの? それ」

 

 エミリアは信じられないといった様子だ。

 

 「全て事実ですよ。 エミリアは、私が戦っていた様子見てたでしょ?」

 

 「うん…… ナイフをおでこで弾いてたりしてたよね、あのときは何かの見間違いかと思ったけど、つまりそういうことなの……?」

 

 「つまりそういうことです」

 

 俺は少し自信あり気に返す。

 

 

 「それじゃあ、またどこかに行っちゃうんだ……」

 

 そう言ってエミリアは視線を落として、俺は少し戸惑ってしまう。

 まさかそこまで落ち込まれるとは思わなかった。

 

 俺は状況を打開するために話題を振ることにした。

 

 「そ、そういえば、エミリアはどうしてたんですか? 何か変化とかありました?」

 

 「変化? うーん、そうだなぁ、基本的にはずっと魔法と弓術の勉強してたよ。あの事件がきっかけで、自分の身は自分で守れるようにってお父さんが物凄く厳しくしてきてさ、おかげでそれなりに強くはなったけどね」

 

 そう言って彼女は、まあ、結局捕まっちゃってたけど、と言葉を付け足した。

 

 「あのときと今とじゃ全然わけが違いますよ。領民のために自ら犠牲になれるなんて、中々出来ないことです」

 

 「えへへ、カルラにそう言ってもらえると嬉しいな」

 

 「え?」

 

 俺は思わず問い返す。

 

 「あのときもね、本当はスゴく恐かったの、自分だけでも逃げようって思っちゃったりもしたけど、もしカルラがここにいたらきっと立ち向かうんだろうな、ここで逃げたら、カルラが帰ってきても胸を張ってお帰りって言えないな。なんて思ったら、なんだか勇気が湧いてきちゃったんだ」

 

 エミリアは少し照れ臭そうにしてそんなことを言う。

 

 「フフッ、そんなまるで私に影響されたような……」

 

 「影響されたんだよ? カルラが昔命懸けで私のこと守ってくれたから、私も誰かを守ろうって思えたの。カルラは、色んな意味で私の恩人、ヒーローなんだよ」

 

 俺が笑って誤魔化そうとしたにも関わらず、エミリアは真剣な眼差しと声音でそれを遮った。俺はその迫力に気圧されてついつぐんでしまう。

 

 

 「さっきの話だとさ、私を庇ったときって、まだ防御力とかってそのままだったんだよね。でも、それでも私のこと守ろうとしてくれた。運よく今生きてるけど、本当は死んじゃうはずだったのに」

 

 

 エミリアの口からそんな風に褒められ照れ臭くなって、自分の顔が少し紅潮しているのがわかる。まったく、さっきのビスタといい、今日は調子を狂わされてばかりだ。

 


 「あっ、いつのまにかこんな時間になってましたね。 それじゃそろそろ私は戻ります。おやすみな……」

 

 恥ずかしくなって、会話を打ち切り席を立とうとしたそのときだった。

 

 

 首のあたりが何かに引っ張られる感覚。

 

 

 振り向いてみれば、エミリアが俺の襟巻きの裾を引っ張っていた。

 

 

 

 「エミリア……?」

 

 「やだ、行かないで」

 

 

 「い、一体どうしたのですか」

 

 「ごめん…… でも、まだ一緒にいたい。もうちょっとだけでいいから、カルラとお話がしたいよ……」

 

 「いやいやいや、なに変なこと言ってるんですか」

 

 

  「だって……! だって……! もう嫌なんだもんっ、朝起きたらカルラがいないなんて、あんな思い二度としたくないっ……!」

 

 

  彼女はボロボロと大粒の涙を溢しながら、それでもその手を離すことはなかった。

 

 

 

 そのとき俺は思い知らされた。

 

 

 

 あのとき自分がどれ程愚かなことをしたのかと言うことを。

 

 

 五年前、使命を受け入れつつも、同世代の二人にだけは劣等感からどうしても打ち明けることが出来ず、その結果リインもエミリアも傷つけることになってしまったこと。

 

 

 己のくだらないプライドが、幼馴染みを泣かせてしまった。

 

 

 俺は椅子に座り直し、結局朝まで部屋を出ることはなかった。

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