54. 守られた命
母と少し話をした後、俺達は村人に案内されるまま村の寄合所へと連れ出されていた。中に入ってみれば、驚くほどの量の御馳走や酒が机の上に並べられていた。
「さあカルラ様! こちらへお座りください!」
村人が勧めてきたその席は、一番偉い人間が、あるいは宴の主役が座るような真ん中の席だった。
「いや、私は……」
こういうことに慣れていない俺は咄嗟に断ろうとするが、貴方がここに座らないでどうすると迫られて、結局そのまま流されてしまった。
リサとビスタも俺の両脇に無理矢理座らされてひどく困っている様子だ。
「私達必要なの?」
「そんなこと言ったら私だって……」
「いや、君はいなきゃダメだろ」
便乗しようとしたのに、まさかのリサに突き放されてしまった。どうしてだ、俺達は仲間じゃなかったのか。
「お肉! お肉!」
まあ、肉肉うるさい馬鹿が大人しくなるならここに留まってもいいかもしれない。
そんな思惑を抱きながら俺は宴会に臨んだが、そこにいる村民達を見て、一つ気ががりがあったことを思い出す。
なので、皆が騒いで俺への注目が逸れたタイミングを狙ってこっそりその場から抜け出してしまった。
「……こんなところで何してるんですか?」
俺の気ががりとは、とある人物のことだ。
「カルラ様……」
その人物とは、俺が窮地を救ったあの少女。
彼女は寒い夜風に晒されながら、村の外れにある墓地で一人立ち尽くしていた。
「お父さん、もう埋葬されたんですね」
「はい、体が腐食するとかわいそうだったので……」
少女の声は少しくぐもっていて、それだけで彼女の心情がこちらに伝わってきそうな気がした。
「自慢の父だったんです。おっちょこちょいでお人好しなところがあるけど、いつも一生懸命で、家族のことをいつでも一番に考えてくれる。……そんな自慢の父だったんです」
おもむろに少女は語りだす。
「私も、貴方のお父さんはすごく立派だったと思います。娘を守るために、自分より強い相手に勇敢に立ち向かった。
武器も強さも持ち合わせてなくても、彼には気高い勇気があった。彼は男として、父親として、一番大切なものを持っていました」
「はい、でも……」
でも、そんな自慢の父は死んでしまった。
今日、自分の目の前で、自分を守るために殺された。
彼女は最後までを口にはしなかった。
その理由は聞かなくてもわかる。それを口にしてしまうと、急に現実感に襲われてしまうから、自分のせいで父が死んだなんて考えが頭をよぎってしまうから、だから彼女はあえて最後まで言わなかったのだ。
ふと彼女の顔を覗いてみれば、目にいっぱいの涙を溜め込んでいる。
彼女はそれを見られたことに気がついて、咄嗟に手で顔を覆った。
「あ、ごめんなさい…… あれ、おかしいな、なんで私泣いちゃってるんだろう。悪い人達をカルラ様がやっつけてくれたのに、村が平和になったのに……」
「……」
「ダメですよね、皆が祝ってるのに、私だけこんな陰気な雰囲気出してたら、こんなんじゃシラケちゃいますよね……」
少女は涙を拭いながら笑顔を作った。まるで、私は何も悲しくない、悲しいことなんて何もないと自分に言い聞かせているようだ。
そんな彼女が見ていられなくて、まるで昔の自分を見ているようで、ほんの少しの苛立ちを覚えて、俺は少し乱暴な言葉をかけた。
「……泣きたいときは、泣けばいいじゃないですか」
「えっ……」
「泣けばいいんですよ。大好きな父親が死んだんです。悲しくって、悔しくって、どうしようもない焦燥に駆られて、そんなときに人は泣くんです。今くらい、思いっきり泣いていいんです」
そんなことを言われてしまって、彼女の様子は変化していく。
「カルラ様っ…… 私、私…… !うわぁぁん! わぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
俺は勢いに身を任せて彼女を抱き締めた。きっとそれが、唯一俺が彼女にしてやれることだと思ったから。
こうしていれば、泣き叫んでも声がこもって皆がいるところまで聞こえはしないだろう。
これが今の俺に出来る精一杯だった。
でも、それが俺の意思だったんだ。村人達に囲まれて持て囃されるよりも、今一人で泣いているかもしれない彼女の拠り所になりたかった。
どうして?
なんのために?
そんなことは俺の知ったことか、強いて言うなら理屈じゃないんだ。
ただ、俺は俺の声を聞いて行動しただけだ。後悔なんて一切ない。
彼女は泣いた。俺の胸でめいいっぱい泣いた。
泣いて泣いて、泣き尽くして、それでも治まらないからまた泣き叫ぶ。
そうだ、それでいいんだ。
今くらいは、泣けばいい。
俺は何も言わず彼女を抱き締め続けた。
◆ ◆ ◆
一時間くらい経った後のこと、俺は彼女を家まで見送り、別れた。
「……そろそろ出てきたらどうですか」
誰もいない物影を見てそう言うと、そこから何者かが姿を現す。
「……いつから気づいていたの?」
人影の正体はビスタだった。確か宴会場に置いてきたはずだったが。
「逆にいつから聞いていたんですか?」
俺は質問を返した。
「けっこう最初の方からよ、あんまりにも怪しい様子で逃げ出そうとしてたから、何かおもしろいことでもあるのかと気になって着いてきちゃったわ」
相変わらず鋭いというか、なんというか。
彼女の目は誤魔化せないな。
「別に、おもしろいことなんて何もなかったでしょ」
少し呆れて、俺は思わず溜め息を吐く。
「そうね、あれをおもしろいって言うのは少し不謹慎だわ。でも……」
「でも?」
「良いものを見れたわ。カルラ君、かっこいいところもあるのね」
何を言い出すかと思えば、彼女はクスリと笑ってそんなことを言った。
「ははっ、なんの冗談ですか」
俺は冷ややかに笑い返した。
「本当のことを言っただけよ? 貴方が側にいてくれて、きっとあの子は救われたでしょうね」
今度は真面目な顔をしてそんなことを言う。その眼差しは決して冷やかしではないと伝えるには十分だった。
「……だといいんですけどね」
俺は少し自信無さげに返した。いや、もとより彼女を救えた気なんてさらさらない。
むしろ、父親を助けられなかった無力さが今でも自分を攻め続けている。
と、気づいたらそこで会話が終わってしまっていて、ふとビスタの方を見てみると、彼女は一点を見つめて何かを考えているようだった。
「……どうかしたんですか?」
「なんでもないわ。 ただ、あの子が少し羨ましいな、なんて思っちゃっただけよ」
「羨ましいな? それってどういう……」
「なんでもないわよ! それより早く戻りましょ。リサ一人に任せちゃったから、きっとあの子困ってるわ」
結局意味は教えてもらえず、ビスタは会話を断ち切るように駆け出した。俺もすぐに後を追いかける。
最後の瞬間にちらっと見えた彼女の表情は、少しだけ寂しそうで、相も変わらず綺麗だった。
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