53. 再会
「と、とりあえず勝ったには勝ったんです! ここは素直に喜びましょう!」
俺は怯える二人を元気づけるようにそう言った。
「そ、そうね、残党を倒す苦労も無くなったんだし、ちょうどよかったのかも……」
ビスタは取り繕って俺に合わせる。
「そうだな…… 早く屋敷に戻ろう。きっと君の幼馴染みが待っている」
リサは俺達に比べて比較的落ち着いている様子だった。まあ、直接アベルを見たわけじゃないからな。少しだけ彼女がうらやましい。
しかしいつまでも怖じ気づいているわけにはいかない。これからエミリアを迎えに行くんだ、彼女の不安を煽らないように毅然としなければ。
俺は自分の頬を叩いて気持ちを入れ替え、屋敷に向かい、蔵の前まで来た。
「……開けますよ」
「ええ」
「ああ」
「……開けますよ?」
「いいからさっさとしなさいよ!」
蔵の前まで来たというのに、俺は扉の取っ手に手をかけたまま動けずにいた。
リサは肩を竦め、ビスタは怪訝な視線を送ってくる。
「カルラどうしちゃったの?」
ロロも様子を伺ってくる。
「いや、大したことじゃないんですよ。ただ、久し振りに幼馴染みと顔を会わせると思うとつい意識してしまって……」
「あ~…… あ~?」
ロロは一度共感したような素振りを見せるも、すぐさま首を傾げた。
俺だって虫けらに理解されようなんて思ってはいない。
ただ、別れの挨拶もせず旅立ったものだから、彼女は俺の事を怒っているかもしれない。
もし口を聞いてくれなかったらどうしよう、なんて心配が働いてしまうのだ。
「男がネチネチ言ってんじゃないわよ!」
しかしビスタは待ってくれなかった。ぐいっと無理矢理俺の背中を押して、蔵の中へと押し込んだ。
蔵の中は相変わらずだった。
薬品のような匂いが充満し、あの日の事を思い出させる。
俺は辺りを見回して、人がいないか探した。
「……こっちだ!」
リサは鼻をスンスン鳴らして、二階へ繋がる梯子をかけ上がった。
俺も急いで着いていくと、そこには手錠を掛けられ、壁から延びた鎖に足を取られた一人の女性が椅子に腰かけ黄昏ていた。
「エミ、リア……」
俺は一言呟いた。間違いない。少し汚れてはいるが、金色の髪に碧い眼、彼女はまぎれもなく成長したエミリアだった。
「カルラ……?」
彼女はこちらの声に気がついて振り向き、俺の名を口にした。
「エミリア!」
「カルラ!」
それまで憂いていたことがあったはずなのに、俺は頭が真っ白になって気がつけば彼女の方へ駆け出していた。
エミリアも相対するように俺の胸へ飛び込んでくる。
「よかった、無事で……!」
「カルラ、カルラッ……!」
また会えたことの喜び。それを分かち合うように俺達は互いの体を抱き締めた。
「でも、どうしてカルラがここに……?」
涙を拭いながらエミリアが訊ねる。
「後でゆっくり話しますよ。とりあえずここを出ましょう。村で皆が帰りを待っています」
俺はエミリアの拘束具を力づくで破壊し、少し彼女が歩くのに手間取っているように見えたのですかさず肩を貸した。
そうして村に向かう道中。俺達の後ろを着いて歩くビスタとリサが耳打ちで話し合っている。
「あれがカルラの幼馴染み……」
「話で聞くよりえらく親しげじゃない」
聞こえないように話しているつもりだろうが、全部丸聞こえなんすよね。
俺はともかくエミリアに失礼な事を言わないか心配だ。
「ねえねえカルラ、後ろのお二方は?」
と、流石にエミリアも二人のことが気になるようだ。
「あー、えっと……」
どう説明すればいいものか、俺は少し言葉に詰まった。
「どうしてそこで詰まるのよ! 普通に紹介すればいいじゃない!」
ビスタはたまらず声を荒げる。
「す、すみません。えっとエミリア、今のがビスタ、そしてこちらがリサです。二人は先日知り合った仲間で、今は一緒に旅をしています」
「……ふーん、そうなんだ。 あ、エミリア・リードヴィーケです、カルラがお世話になってます」
エミリアは立ち止まって二人にペコリと会釈した。
「ど、どうも……」
唐突に礼儀正しいところを見せられて、ビスタは少し調子を狂わせていた。
あのビスタを御してしまうなんて、エミリアはいつの間にこんな強かになったんだ。
そんな調子で村まで向かい、着いたときには、俺達は沸き上がるような歓声の声に迎えられることになった。
「エミリア様だ! カルラ様がエミリア様をお連れなられて御帰還されたぞ!!」
「すごい! こんな奇跡が起きるなんて! 私達は救われたのねッ!!」
「カルラ様バンザイ!!! セントラルクに栄光あれ!!!」
まさかこんな風に民達から祝われる日がくるとは思わなかった。五年前の俺が知ったらびっくりするだろうな。
「それだけ頑張ったってことだよ」
ロロもそんな言葉をかけてくる。なんだか俺も調子が狂ってしまいそうだ。
「……っと、そうじゃない。 誰かエミリアをお願いします! 見た目では分かりにくいですが、かなり衰弱しているようなので!」
俺がそう言うと、群衆の中から数人の女性達が出てきてエミリアを一軒の民家に連れていった。ひとまずこれで安心出来るだろう。
「今日は宴だ! カルラ様とエミリア様が戻って来られ街を取り返すことができた!これはもう盛大に祝うしかない!」
「いいな!」
「そうしよう!」
「そうと決まれば早速準備に移らなければ! いや、その前にシーシア様に御報告だ!」
村人達は俺の話を聞くことなく勝手に話を進めていくが、そういえば母にまだ挨拶をしていなかったことを思い出して、俺は母の元を訪れた。
そこは父がいた小屋とはまた別の建物だった。
俺は意を決して部屋の中に入り、中にいた見覚えのある女性の顔を見やった。
「カルラ…… カルラなの?」
「お久しぶりです、お母様……」
身を起こした状態でベッドの上にいた母の顔は、俺の記憶のそれよりも幾分かやつれているように見えた。
街を奪われ、父は倒れ。
きっと母の中で想像出来ないほどの葛藤があったのだろう。
「どうしてここに、使命は終わったの……?」
「いいえ、まだです」
「それならどうして? 今ここはとても危険な状況なのよ?」
「知っています。むしろ、私はその窮地を解決するためにやってきたのです。お母様、もう安心してくれていいんです。 全て終わりました。 街の盗賊達は皆消え失せ、エミリアも保護することが出来ました。全て終わったのです、この地に平穏が戻ってきたのです」
「そんな…… まさか貴方が街や民を救ったというの? 街の魔導師やあの人でも敵わなかった、あの屈強な大群を倒してしまったというの……?」
母は声を震わせてそんなことを言う。
「もちろん私だけの力ではありません。今は仲間がいて、彼女達の協力がなかったらこう上手くはいってなかったでしょう」
「仲間……?」
母が気になった様子なので、俺は部屋の外で待っていたビスタ達に入ってくるように呼びかける。
「紹介します。ビスタとリサです」
俺がそう紹介すると、母の目から一筋に涙がこぼれ落ちる。
「お母様っ?」
俺は思わず声をかける。
「ごめんなさい…… なんだか嬉しくなっちゃって」
「嬉しい……?」
「ええ、あの気弱で引っ込み思案だったカルラが、こんな立派に成長して、仲間と呼べる人達に出会えていたなんて、喜ばずにいられなくて……」
何かと思えば、母はビスタ達の前でそんなことを言い出した。
少し照れくさかったが、俺は特別母の言葉を遮るようなことはしなかった。
「強くなったのね、カルラ……」
母は俺の頭をそっと撫でた。俺はその間目を閉じてじっとしている。
俺だって年相応の感情は持ち合わせている。同世代の女の子達の前でこんな姿を晒すのは本当のところすごく恥ずかしい。
でも、考えてもみろ、こうやって再開して触れあえていること自体奇跡のようなものなのだ。
もし俺がなにも知らなかったら、もしここに来るのが後一日遅れていたら。
もしかしたら俺は二度と母に会えなかったかもしれない。
そんなことを考えると、俺は恥よりも感謝の気持ちの方が大きくなっていて、こんな状況も嫌にはなれなかったのだ。
「お母様、リインのことですが……」
しかし、流石にそれも限界があるので、俺はタイミングを見て話題を切り出した。
「……もしかして、リインに会ったの?」
「ええ、リデリアの方で、一度…… 私がここの惨状を知れたのも、リインのおかげです……」
俺がそう言うと、母の表情が僅かに暗くなったのがわかる。
「……」
母から何かを語る様子はない。だから俺は自分から質問した。
「お母様、リインは物凄く張り詰めている様子でした。 いったい彼に何があったのですか?」
俺がそんなことを聞くと、母は少し肩を震わせて改まったようにこちらを見つめた。
「あの子は、禁忌を犯したのよ。 決して踏み込んではならないことをしてしまった」
「禁忌? それはいったい……」
そうして俺が質問して、母から返ってきた言葉の羅列は、あまりに衝撃的で凄惨なものだった。
そのとき俺はリインの言葉を思い出す。
近い内に必ず会いに来るという彼の言葉を。
思い出して、俺はそのときのリインの覚悟と想いを推し測ることになるのだ。
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