52. さらなる刺客、その名はアベル
「がが、動けない……!?」
どうやらこの木刀の力までは調べられてはいないようだ。
にしても、驚くのは彼女の呪いに対する耐性。まさかあれをまともに受けて喋られるなんてな。
しかしこれは逆に都合がいいかもしれない。口だけ動くなら、俺は一方的に質問することが出来る。
そう、忘れてはならない。俺はエミリアを助けにここにきたということを。
「エミリアはどこにいますか?」
「……ボキが教えると思う?」
彼女が不敵に笑ったところで、刀を握りながら動かなくなった腕を思いっきり木刀で叩く。
「ぐうううう!?」
彼女はたまらず悲鳴をあげる。
「私はエミリアの居場所を聞いているんですよ。それ以外の返答は聞いていません。さあ答えて、骨を折るくらいなら造作もないですよ」
俺は脅した。彼女が吐くよう脅した。
いまだ自分に拒否権があるなどと、頭の悪さが喋り方から滲み出ているこの女のかんがえを改めさせるようにプレッシャーを与えた。
セルハナは歯軋りを立て汗を浮かべている。
中々に屈辱的なこの状況に、怒りを見せているようだ。
「く、藏のなか……」
そうして大した時間がかかることもなく、彼女は居場所を吐いてしまった。俺はビスタに目線で合図を送り、彼女はそれにうなずいた。
何がしたいかと言うと、エミリアのいるところまでリサを向かわせたかったのだ。
まだ何か裏があるかもしれないこの状況。居場所さえ分かってしまえば、リサが隠密に救い出すことが出来る。念には念を、ということだ。
「他に仲間はいるのですか?」
俺は待っている間質問を続けた。
「……街の要所に見張りをつけている。軽く300人はいるかな」
だがその答えは俺の求めていたものではない。質問が悪かったと考え、俺は今一度問い直した。
「質問を変えます。貴方の上司や同僚はこの街にいるのですか? 」
しかし、こちらが質問をしたというのに彼女はそれに反応することがなかった。
まるで違う次元に意識を置いたかのように、こちらを無視して「ダディダディダディ……」と呟き出したのだ。
俺は不振に思いその言葉の意味を考えるが、それはすぐに明らかになった。
「っ! カルラ君! 今すぐそこを離れて!」
何かに感づいたビスタは、叫んでそんなことを言い出した。俺はわけもわからず急いで後ろに大きく下がった。
すると、まるで空間を突き破ったかのように何処からともなくソイツは現れた。
「やれやれセルハナ、ひどいやられようじゃないか」
「……だ、誰だ!」
コイツはやばい。
そんな電気信号が脳から全身に行き渡り、俺は思わず身構え叫んだ。
それほどにソイツの放つプレッシャーは凄まじい。まるで触れただけで身が朽ちてしまいそうな、刺々しい存在感と殺意が内在している。
「フフッ、……君はカルラ・セントラルク君だね? 私の名はアベル。"悪逆大魔アベル"なんて巷では呼ばれている。……っと、すまない、それはもう大昔のことだったか」
青い肌、青い髪、黒い眼に青い瞳を持ったその男は、こちらが構えているにも関わらず余裕な態度を見せ続ける。
それはビスタが鞭で攻撃しても変わらなかった。鞭が奴の体に触れるたび、奴の体は霧のような粉のようなものに霧散して受け流してしまうのだ。
「ハッハッハッ、サードゲートの一人娘は中々に威勢がいいな」
「なぜそれを……!?」
この世界の住人からサードゲートの名前が出る。
それは本来あり得ないことだ。彼女は一昨日この世界に来たばかり、名前が知られるようなことは一切していない。
だというのに、奴は彼女の名どころか一人娘と発言した。
それはつまり奴がこの世界の住人でありながらビスタのことを、いや、向こうの世界のことを知っているということだ。
「……貴方は何者ですか」
「いずれ分かるさ、いずれな」
男はセルハナを抱き抱え、再び空間の壁を破ろうとした。
「まて!」
俺はそれを追いかけようとする。
「着いて来ない方がいい、君の事は友人に任せてあるからね。今日は彼女を連れ戻しに来ただけだ。我々が大人しく退くなら君にとっても好都合だろう?」
男は威圧感を含ませてそう言ってきた。
俺はそれに食って掛かろうとしたが、プレッシャーに気圧され何も言うことが出来なかった。
見逃しているのはこちらのはずなのに、逆に見逃されている。そんな錯覚さえ覚えた。
「さて、それじゃあ私達はそろそろ行くよ。 おっと、その前にゴミは片しておかなければな」
男はまた意味深なことを言って、右手を高く掲げた。
「う、うそ…… あんなの人ひとりが持っていい魔力じゃない……」
「どういうことですか? 何も感じませんが……」
「次元が違いすぎるよ、それくらいアイツの魔力は異質。私達の理解が及ばない領域にいる……」
そんな言葉、彼女の口から聞くことははじめてだった。
ビスタにも、ドゥームレイダーにも、リインや師匠にすらもここまでの表現を用いたことはない。
いったいこれから何が行われるというのか。
「ッ! 伏せて!」
ロロが叫び、俺はビスタを庇うようにして地面に伏せた。
そしてそのとき見た光景は、とてもこの世の物とは思えない光の暴力だった。
まるで噴水や花火のように次々と魔力弾が空を目指して打ち上げられていき、それらは放物線を描きながら街中を破壊しつくしていく。
その衝撃は凄まじく、ただの余波ですら俺達を吹き飛ばそうとした。
「ぐううううううぅッ!!!?!?!」
俺は必死にビスタを守ることだけを考えた。それに応えるように契約の力が発動する。
数秒後、衝撃は収まり俺達はなんとか生き延びていた。
辺りを見てみれば、地面は捲り上がり門や柵はボロボロになっていた。あの衝撃を物語るには十分だろう。
「き、消えた……」
正直なところ、助かったという想いが強かった。
しかし、あの砲撃はいったい何が目的だったのだろうか。
「お、お嬢様! ご無事でしたか!?」
呆然としていると、リサが庭の向こうからやってきた。
俺達も彼女の方へ駆け寄った。
「え、ええ、なんとかね。 正直生きた心地がしなかったわ」
「同感です…… リサも何事もなかったようでよかった。 それで、エミリアは見つかりましたか……?」
「いや、それがまだなんだ。さっき蔵の前にいた見張りを突破しようとしていたんだが……」
「……?」
「彼らは皆、空から降ってきた光に撃ち抜かれて死んでしまった。一瞬のことだった。それで私は二人のことが心配になって、戻ってきたんだ……」
彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。自分の役目を放棄したからなのか、それは分からないが、俺はそのことを聞いて悪い予感がしてしまった。
「まさか……!」
俺は屋敷とは逆方向に駆け出して、見張りが大勢いたはずの大通りに出た。
しかしそこにはもう見張り達はいなかった。
「なっ……!」
追いかけてきたビスタ達が絶句の声を漏らす。
ゴミは片しておかないと。
アイツが言った言葉の意味を俺達は今理解したのだ。
あの魔力弾は、無差別に放たれたものではない。
正確な狙いを以て、この街にいる賊供を全滅させるために放たれたのだ。
あの男にとって、賊共なんていくらでも代えの利く使い捨ての駒でしかなかったのだ。
「そんな、そんなことが……」
あれが敵の頭領。
人を生き返らせることができ、空間を破って移動する手段をもち、次元の異なる魔力を有し、戦略兵器並の正確無比かつ大規模な攻撃を軽々とやってみせた。
そして何より、まるで人の命を容易く弄ぶ。
そんなもの、もはや化物や天才と言葉で称することもおこがましい。
俺達はただただ立ち尽くしていた。
自分達が今生きていること、その奇跡を噛み締めるようにして。




