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42. 天才


 誰も彼もが寝静まったであろう、深い深い夜のこと。

 

 俺の目の前に立ちはばかるは、白のコートに身を包む双子の弟リイン・セントラルク。

 

 

 「にしても、見れば見るほどカルラにそっくりだね!」

 

 

 ロロは俺とリインを交互に何度も見比べてそんな感想を述べているが、改めて見ると肌の色だけは明確な違いがあった。俺が比較的色白であるのに対し、奴は日に焼けたような褐色だったのだ。

 まあ、そっくりであることに違いはないが。

 

 

 「なにジロジロ見てんだァ? 男に見つめられる趣味はねえんだがなァ?」

 

 

 リインは相変わらずの下品な笑みを浮かべて、そんな軽口を叩いている。

 やつの仕草、言動、なにもかも全てが懐かしくて、俺は少しだけ感慨深くなった。

 

 だからいきなり戦うのはやめて、とりあえず奴の意志は確認しておくことにした。

 

 

 「……戦う前に一つだけ聞いておきます。どうして私を狙うんですか?」

 

 「ァ? なんだその気色の悪い話し方は? ……まあいい、俺がテメエを狙う理由なんて、他の連中と変わらねえ。カルラ、おまえが持ってる莫大な経験値、俺はそれが欲しいんだよォ!」

 

 

 先に動いたのはリインだった。言葉の最後と共に放たれた炎は、無詠唱だというのに猛烈な火力を有している。

 

 

 「……」

 

 

 「ハッ、やっぱ噂は本当だったんだな。テメエにはどんな攻撃も魔法も通用しないっつう噂は!」

 

 だが、奴の言うとおり、俺の身体には炎どころか煤の一つもつきはしなかった。インナースーツも同様だ。

 

 リインの言動からは、俺の事を事前に調べているということが示されていた。

 

 そして、それらが全て事実、あからさまに向こうが不利だということが分かったのにも関わらず、奴は余裕な態度を一向に解こうとしない。

 

 何か策があるのだろうか。

 

 

 「なあカルラ? テメエいったいこの五年間どこに行ってたんだよ? 忘れもしねえ、俺達の聖儀の日の夜。盗賊に連れ去られたエミリアをおまえは一人で救い出し、次の日の朝には家を出ていった。

 

 それで五年もの間音信不通かと思えば、二つ名持ちの冒険者として世間を賑わせていた。力に目覚めて自惚れでもしたか?」

 

 

 「そんなわけないでしょう。貴方じゃあるまいし」

 

 

 リインの言っていることは的外れもいいとこだが、奴の立場からすればそのような印象を持つのも無理はないだろう。

 

 

 「……チッ、やっぱテメエは変わんねえな。そのスカした態度、気だるげな目つき、何もかもが気に食わねえ!」

 

 「……さっきから無駄な言動が目立つのですが、戦う気があるのかないのかはっきりさせてくれませんか?」

 

 

 「なんだとテメエ?」

 

 

 俺は思ったことをそのまま言っただけだが、思わないところでリインの不興を買ったようだ。

 思えばコイツのキレるポイントは昔からよく分からない。

 

 こちらとしては無駄話に付き合う気はことさら無かった。なので早々にケリをつけようと地面を蹴り出して接近する。

 

 「なっ!?」

 

 当然リインが俺の動きに反応することは出来ない。

 

 俺はそのまま添え手で木刀を突き出す。

 

 

 「……な~んてな?」

 

 だが、俺の攻撃が命中することはなかった。

 

 どういうわけかリインは俺の動きに反応していて、しっかり木刀の先を目で追いながら俺の攻撃を避けてしまったのだ。

 

 「……」

 

 「なんで避けられた?って顔をしているな? 教えてやろうか、俺はさっきお前が戦っているところをじっくり観察させて貰ってたのよ。

 あの速さは初見じゃまず対応できるもんじゃねえが、見て慣れれば反応できないこともねえ」

 

 

 リインはまるでそれが出来て当然かのように語っているが、見ただけで俺の動きに慣れるなんて芸当、常人に出来るはずもない。

 

 もっと言えば、他人が戦っているところと、自分が直接目の当たりにするのとでは、同じ光景でも受け取り手の印象は全く異なるはずだ。

 

 

 俺は認めるしかなかった。

 

 奴には自信に見合うだけの才能を持っているということを。

 

 

 その部分では、やはり俺は敵いそうにもないということを。

 

 

 だからこそ許せなかった。それだけの才能を持っておきながら、他人をあてにして強くなろうとするその根性が。

 

 他の連中ではここまで頭に血が上ることことはない。実の弟だからこそ、ここまで感情が昂るのだ。

 

 だがここで取り乱してはなならない。今は戦いの最中だ。

 

 俺は怒りに身を任せないようにするため、距離を取ってほんの少しだけリインのお喋りに付き合うことにした。

 

 

 

 

 「さっき聞いてきましたよね、五年間どこ行ってたかって、せっかくなので教えてあげますよ。修行していたんです、精霊使いとして強くなるために森に篭って仙人達と修行していました」

 

 俺が正直に答えてやると、リインは吹き出すように笑い飛ばした。

 

 「プッ、クハハハハハ!!!! 今時森に篭って修行だとォ? 精霊使い、確かテメエの職業だったか? そんな古臭いことをしてるようじゃあ、やっぱ落ちこぼれのテメエにはお似合いだったんだな!!!」

 

 

 「うわ! なにコイツ! ロロ、今のですんごい嫌いになった!」

 

 横で話を聞いていたロロは、頬を膨らませてガキっぽい怒りを見せている。まあ、自分達に関連する職業を貶すようなことを言われたとなれば、怒るのも無理はないだろう。

 

 

 「言わせとけばいいんですよ、リインはああいう奴なんです」

 

 しかし俺自身はそんなことを言われても怒りがこみ上げるようなことはなかった。

 

 別のことで怒っているからなのか、横で代わりに怒っている奴がいるからなのか。 答えはおそらくそのどれでもないだろう。

 

 俺は知っているんだ。精霊使いは時代遅れでもハズレ職業でもないことを、実際になったこの俺が、今までの戦いを通し身をもって体感している。

 

 他人がなんと言おうが、そんなものは無知から生まれる言いがかりに過ぎないということが分かっているから、俺は今冷静でいられた。

 

 

 「……てかテメエよお、ちょいちょい独り言呟いてるよなぁ? なんかヤベエもんでも見えてんのか?」

 

 「妖精ですよ、精霊使いにしか見えないんです」

 

 「意味不明、頭おかしくなっちまったんだなオマエ」

 

 

 リインは少し呆れたような表情を見せるが、その言葉と態度の本質は挑発だ。さっきからコイツの発言の全てには、俺を煽るような意味が含まれている。

 

 それをリインの癖と捉えることも出来るし、何かの作戦だと考えることも出来る。

 

 

 どちらにせよ奴の挑発は俺には効かない。

 

 俺はそのまま会話を続けた。

 

 

 「そういえば、父上や母上、あとエミリアは元気ですか?」

 

 「……あ?」

 

 「ですから、皆は元気なのかと……」

 

 「……今そんなこと関係あるか?」

 

 そんなことを聞き返されて、俺は少し返答に困った。

 

 関係があるかと言われればもちろんない。

 

 でもそれを言ってしまえば今までの会話全てに言えてしまうし、なんなら始めに話しかけようとしたのはリインの方からだ。

 

 

 俺は返答の内容を考える代わりに、なぜリインが今更こんなことを言ってきたのか、その理由について思考を働かせた。

 

 だが、これはそこまで考えるようなことではない。

 

 

 皆のことはリインにとって触れてほしくない話題だった。

 

 人間誰しもそうだろう。触れてほしくない話題は逸らそうとしたくなるものだ。

 

 それはリインにとっても例外ではない。それが答えなのだ。

 

 

 

 「……何かあったのですか?」

 

 

 俺は率直に尋ねる。

 

 

 「テメエには関係ねえだろ」

 

 

 リインは冷たい声音で答えた。

 

 だが、静かな怒りがそこには確かに秘められていた。

 

 

 

 「関係無いなんて……」

 

 

 

 「ハア!? 関係ないだろ!? 俺達に何があったかなんて、勝手に五年も家を空けたテメエには関係のねぇことだ!!!」

 

 

 何故かは分からないが、この話に触れようとすればするほどリインの怒りは増すばかりだ。

 

 

 「なにあの言い方!? ほんとヤな奴!」

 

 

 俺の事情を知っているロロはその発言に怒りを見せる。

 

 

 「なんとか言えやコラ? ……ああもういいわオマエ、次で決着つけようや」

 

 

 「す、すごい魔力……!」

 

 

 決着をつけよう、そう言ってリインは何か大技の構えに入った。その瞬間、空気中の温度が一段上がったような気がした。

 

 いや、それは気のせいなんかではないだろう。あまりの温度に蜃気楼が発生し、公園中の草木が自然発火現象を起こしている。

 

 

 「こ、これは……?」

 

 「クハハハッ、凡人のテメエじゃあ状況が理解出来ねえか? 黙って見てな、抵抗するだけ無駄だ」

 

 

 

 俺はその気迫を前に一瞬気後れし、リインは一気に己の魔力を解放させた。

 

 

 

 「"百火世界"!!!」

 

 

 リインは己の掌に集中させた炎の魔力を地面に打ち込んだ。凄まじい熱気と爆風が、俺の視界を一瞬遮る。

 

 そして次に目を開いた時には、そこは俺達のいた公園ではなくなっていた。

 

 

 「ククク……」

 

 

 地面を泳ぐマグマ、どこからともなくたなびく煙。地面はおろか、空すらも赤く燃えていて、言い例えるならそこは炎の空間と化していた。

 

 こんな大規模な魔法は、セントラルクの教えには無いはずだ。少なくとも父が使えるとは思えない。

 

 

 俺は少しばかり戦慄し、思わず生唾を飲み込んだ。

 

 

 恥じることなく何度でも言おう。俺の弟は、間も違いなく天才だった。

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