40. 強く強く打ち破れ
「アッハハハハハハ!!!! なんて顔してんだよ!」
「……ッ!」
意味が分からない。
なぜ、どうして、なんだってリインがここにいる?
あの黒装束の仲間ということは、敵、なのか……?
俺は目の前の状況を上手く理解出来ずにいた。止まっている場合ではないのに、頭も体も動こうとしない。
「おいおいおい、感動の再会だってのにだんまりかよ? それともなにかァ? ブルって何も喋れねえか!?」
「おいカルラ! どういうことだ、アイツは君の知り合いなのか!?」
俺の返答を求める声が前から後ろから聞こえてくる。正直一々答える余裕なんて今の俺の精神状態にはなかった。
だが、いつまでもそんなことをしている場合ではない。
俺が今するべきこと、それは再会の感動を分かち合うことでも、リサと情報の共有をすることでもない。
「……ロロ」
「……うん!」
俺はロロに目配せして合図を送った。周りからは俺がなんでもない虚空に目をやっているように見えているだろう。
だが、これでいい。
「えいっ!」
そして次の瞬間、この場を光が支配する。奴らが目を眩まされ隙を取られている間に、俺達は逃げることにした。
◆ ◆ ◆
「ハア、ハア……」
数分後、俺達は人目を避けながらひたすらに逃げて、いつの間にか闇市の近くにまで来ていた。それでも変わらず走り続けようとしたら、後ろからリサが止まるよう促した。
「おいっ、もういいんじゃないか? 一旦あの路地裏に隠れよう」
確かにこのまま逃げ続けて街を出るわけにもいかない。俺は彼女の提案に乗ることにして、狭い路地裏を横歩きで進んでいった。
「……さて、説明してもらおうか。あの者達は誰だ? なぜ男の一人は君そっくりの顔をしている? 見たところ面識があるようだが、奴とはどういう関係なんだ? なぜ奴らはお嬢様を狙った?」
「……そう一度に質問しないで下さい。順番に答えますから」
予想もしていなかった展開に、俺は正直放心気味だった。だが、そんな俺の態度をリサは認めようとはしなかった。
当たり前だ。ビスタが俺そっくりの男の仲間に拐われそうになったんだ。早く情報を得ようと理解したくもなるだろう。
「っと、その前に……」
だが、説明する前に一つしておかなければならないことがある。
さっきは逃げるのに必死で忘れていたが、俺が走りながら背負っていたビスタは今も下着姿のままだった。
このままでは彼女のメンツに関わるので、何か被せるものが必要だ。
俺は亜空間から一枚の外套を取り出し彼女の身体にくるませた。
そして、先程リサから説明を求められたため、俺はそれに答えた。
「……私そっくりだったあの男、彼はリイン・セントラルク。私の双子の弟です」
「弟だと?」
「ええ、彼とは10歳の頃まで共に生活していました。自覚はないですが、私達は瓜二つだと周りからはよく言われていました。
あと、私が知っているのは弟だけです。直接拐いに来た男と他の三人は全く知らない連中です」
「……それで? 奴らはなぜお嬢様を拐おうとした?」
「わかりません。いったい何が狙いなのか、この私にも全く」
「君がグルという可能性は?」
冷静に見えるが、リサの発言の裏には怒りや焦り、不安の色が見られる。
俺は身に覚えのない疑いをかけられるが、言い返す気にはなれなかった。リサの立場からすれば、俺のことが怪しく見えるのは当たり前のことだ。
「あわわわわわ……」
様子を見ていたロロは狼狽えるばかりだ。まあ、仮にコイツが口出しできたとしても、証明出来るのは俺とリインの繋がりは兄弟なだけだということしかないだろう。
「……別に私も君のことを本気で疑っているわけではない。ただ、信じきれないのもまた事実だ。何か心当たりはないのか? 彼らについて」
「本当に何も分からないんですよ。私が狙われるならともかく、ビスタが狙われる理由なんて…… ん?」
そうは言ったが、俺の中でどうにも引っかかる部分があった。
それはリインについてではない。アイツを取り巻いていた男の一人、麦藁で編まれたとんがり帽を被ったあの男だ。
そういえば、何処かでアイツと会った気がする。それもここ最近だ。
「……あっ!?」
俺が記憶を辿っていると、どうやらロロが先に思い出したようで、突然張り上げた声を出した。
そしてその声がきっかけとなって、俺の脳裏にも奴の記憶が思い起こされた。
「玄弾のビハップ!」
俺とロロは声を合わせてそう叫んだ。
そう、あの男は"玄弾"の二つ名を持つ冒険者の一人、俺が一昨日決闘で倒した男だ。
「な、なんだ突然? 私にも全く分かるように説明してくれ」
「あ、あぁ、すみません。一つだけ訂正させて下さい。
さっき他の連中は知らないと言いましたが、一人面識がありました。とんがり帽のガンマン、ビハップという男です」
「そ、そうか…… それで? その男がなんだというのだ?」
ビハップのことを伝えても、リサの表情から混乱の色はまだ消えない。彼女の言うとおり、ビハップが仲間にいたから何が分かったのかが重要だ。
「……彼は一昨日私に決闘を申し込んできました。目的は私の経験値です。貴方も影から聞いていたなら分かると思いますが、私はメタルスライムのような特性を持っているんです」
「ああ、それなら聞いた。今日も何度か挑まれていたな」
「つまり、彼が仲間にいるということは、彼らの目的はビスタではなく私だったんですよ。推測でしかありませんが、ビスタを人質にとって私を誘きだす作戦だったのかもしれません」
俺はもうそのようにしか思えなかった。
思えば俺の《討伐者経験値ボーナス》スキルのことが世間に広まっていることも気にはなっていた。
この事を知っているのは師匠とマガンタ、森に住む者のみ。だが、彼らがそんなことを言いふらすとは思えない。
強いてスキルのことを知っている可能性のある人物を挙げるなら、直接その恩恵を受けたリインこそ次に考えられるだろう。
もしかしたら、アイツはここ数ヶ月刺客をけしかけて俺のことを狙っていたのかもしれない。
もちろん、実の弟のことをそんな風に考えるのは本心ではないが……
と、俺一人推測を進めていくが、周辺の事情をよくは知らないリサは、未だに疑問符を浮かべていた。
「いや、ちょっと待ってくれ。炎を使った君そっくりの男は君の弟なのだろう? なぜ肉親の者があんな敵意を見せて君を倒そうとする」
「……そこまでは分かりません。でも、彼は容赦のない男です。何か事情があるなら、私を狙うこともあるでしょう」
「デタラメすぎる。自分で言ってて可笑しいとは思わないのか?」
彼女の願いを言うことは最もだ。一般的な常識で語るなら、実の兄をつけ狙う弟なんて、とてもいるとは考えにくい。
だが、俺は知っている。
リインという男は貪欲な男だ。
先ほどの邪悪な笑みを見て確信した。アイツは今も変わらず己の欲望に忠実で、俺のことを陥れようと画策しているに違いない。
だが、そのことを理解してもらうために、一からリインのことをリサに説明する必要があるが、残念ながらそんな暇はない。
彼女の問いかけに、俺はただ、アイツはそういう奴なんだ。と、繰り返すことしか出来なかった。
そしてしばらく互いに無言になって、妙な空気の間が続く。先に切り出してきたのはリサのほうだった。
「まあ、仮に君の言っていることが全て本当だとして、それはそれで問題だ。こっちは全くの無関係なのに巻き込まれたということになる」
「それは…… そうですね、本当にすみません」
俺は相手の目を見ることもなく平謝りする。
「……ハァァァァァァァ~」
そうしたら、いったい今の俺の行動の何かが気に入らなかったとでもいうのか、彼女は不満気に大きな溜め息をついた。
「さっきからずっと何か引っ掛かってモヤモヤしていたが、今やっとその正体が分かったよ」
「なんですか突然?」
「いいから黙って聞いてくれ。正直な話をするとな、私達は君を信じるしかないんだ。こんな右も左も分からない世界で、君がいなければ現地人とコミュニケーションもままならない。君を失えば、私達はそこで終わりなんだ。 分かりやすく言い換えれば、頼りにしている」
「……?」
「まだ分からないか? じゃあはっきり言ってやろう。その弱々しい腑抜けた態度を何とかしろ。
弟だかなんだか知らないが、なにをそんなに恐れている? 私がダンジョンで見た君は、もっと強い男だったんだがな?」
彼女にそんなことを言われて、俺は今さっきの自分を振り返った。
確かに、動揺していたとはいえ、相手がリインと分かってからの俺の行動は全て後ろ向きなものばかりだった。
ビスタの安否を最優先させることは間違いではなかったとはいえ、相手の情報も満足に得てないまま逃げるべきではなかったかもしれない。
俺はふとロロのほうに目をやった。
彼女は黙って頷いた。どうやら誰の目から見ても今さっきの俺の様子はおかしかったようだ。
「つまりだ、勝手に弱気になるなということだ。共に勇者を討つ者なら胸を張れ、堂々としろ。そんな態度でいられると、こっちまで滅入ってしまう」
「……」
そこまで言われて、流石に俺も何も思わないわけがない。いったい俺は何を考えていたのか。
弟だろうと誰だろうと、俺の行く先を遮るなら、それは敵に違いない。
気合いを入れ直すため、俺は自分の頬を強く平手で叩いた。
「……目は覚めたか?」
「ええ、流石にこの時間だと眠くもなりますね」
リサはそれを気にする素振りは見せなかった。むしろ、やっとかという風に肩をすくめた。
このまま逃げるのは性に合わない。俺は今決着をつけることにした。
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