39. 疾走、追跡、夜の街にて
「まさか勇者の手先がこの世界に!?」
「いや、いくらなんでもそんなことが……! 」
昼間とは違う顔を見せるリデリアの街を、俺達は全速力で走り抜ける。ビスタを拐った犯人は、人一人を抱えているにもかかわらず、俊敏な動きで建物の屋根から屋根へと飛んで移動している。
その素早さは相当なものだ。敏捷値が一万を越えている俺が全速力で走っているというのに、一向に追いつける気がしない。
おそらく、この街の土地勘の有無がそうさせるのだろう。俺と違って、先程から奴の動きには迷いが無い。
リサは奴の正体が異世界からの追っ手だと考えているようだ。
だが、とてもそうだとは思えない。彼女らの前例があるとはいえ、そう何度も向こうからこっちに入れることがあるものだろうか?
なにより、あれほどスムーズな逃走経路を異世界の連中が確保できるとは思えない。奴は間違いなくこの世界の人間だ。
「こうなったら二手に別れよう! 私が回り込む!」
そう言ってリサは建物の中の影へと潜り込み、影から影へと飛び移っていく。そのスピードは今までよりも格段に上だ。
俺は彼女の提案に乗ることにした。が、俺が追い込めなければ挟み撃ちの意味がない。
なので、一枚の精霊符を取り出す。
「解れた軌跡をなぞる者、犇めく鈴の音に指を折って、今、我に力を与えよ!《数観陀》」
敏捷力を上げる精霊術。俺の元々のステータスのせいで滅多に出番はないが、こういう特殊な状況で役に立つ。
これで俺のスピードはぐんぐん上がっていき、奴に声が届くまでに接近することが出来た。
「待て!」
「……」
呼び掛けるが、僅かに振り向いてこちらの姿を確認するだけで返答はない。
それどころか、変わった形をした刃物のようなものをこちらに幾つか投げつけてくる。
もちろんそんなものは俺に効きはしない。甲高い金属音を響かせて、刃物は地面に落ちていく。
その結果を相手も最初から分かっていたのか、特別驚くような様子は見せなかった。ということは、奴は俺のことも事前に知っていたということか。
俺は考えた、自分が次にするべき行動を。出来れば木刀で直接攻撃して動きを止めることが望ましいが、残念ながらそこまで近づけそうにはない。
なので、俺はあくまで陽動に専念することにした。リサが回り込むのがバレないようにこちらに注意を引かせるのだ。
そのために取れる行動は2つある。1つは俺が持つ唯一の飛び道具、銀精剣を撃つこと。だが、あの技を街中で使用するには威力と範囲が広すぎて、関係の無い人間達に被害が及ぶ危険がある。
なによりねらいを外してビスタに当たる危険性があることがなによりの問題だ。
あまり得策とは言えないだろう。
だとしたら、結論は決まったようなものだ。俺は2つ目の案を採用することにした。
俺は懐からロロを取り出した。部屋を出るときにひっそり連れ出したが、こんな状況なのにまだ寝ている。
「ロロ、起きてください!」
ぺしぺし頭を叩きつけて、ロロはやっと目を覚ました。
「ふぇ? もう朝?」
バカヤロウと言いたくなるが、今はそんなことを言っている場合ではない。苛つく思いを抑えて、俺は手短に説明した。
「いいですかロロ、緊急事態です。ビスタが拐われました。犯人はあの男です」
「……ぅ?」
逃げる犯人を指差すが、ロロは寝ぼけているようで今一状況を理解していない様子。だが、今は悠長なことをしている場合ではない、俺はロロを握る手を肩の上へと構えた。
「いいですか、私の言うタイミングで全力て光って下さい。チャンスは一度しかありません」
「……えっ?えっ?」
少しずつ意識の回復してきたロロは、戸惑いの声を上げた。だがもちろん彼女の同意を得ている暇はない。
「いきますよォ!!」
「えええええぇー!?!?!?!?」
俺は思い切り腕を振り切ってロロを投げた。彼女が飛んでいく先は左斜め上方、事前に計算して投げたおかげで、ちょうど犯人の目の前に差し掛かろうとした。
俺にしか聞こえない悲鳴が、夜の街並みを駆け抜ける。もちろん奴はロロの存在に気がついていない。
「今です!」
そして俺は叫んだ。これは一か八かのデタラメな作戦だ。
だが、俺とロロの付き合いは無駄に長い。流石と言うべきか、彼女は俺の指示した通りのタイミングで光を放った。
「うっ!?」
名づけて虫けらステルス閃光弾。思いつきだったが、効果はテキメンなようだ。
犯人はビスタを手離して、屋根の上から転げ落ちた。
「危ない!」
俺は加速して地面すれすれビスタをキャッチすることに成功する。
なぜかいつも以上のスピードが出た気がすると思ったが、よくよく考えれば契約の力か。
彼女の状態を確認するが、どうやら危害を加えられた様子はなさそうだ。それどころか、ロロ同様こんな状況でもまだ眠っている。
薬を盛られたか、あるいは魔法をかけられたのだろうか。
「ぐああああ!?」
犯人の悲鳴が、口を布で覆っているせいで少し曇って聞こえる。そちらの方に目をやれば、犯人はリサに取り押さえられていた。
「答えろ! お前は何者だっ!?」
「ハッ、誰が教えるかよ!」
男は中々に胆力のある奴だった。吐かせるためにいくらリサが痛めつけようとも、強気な態度を一向に崩そうとしない。
と、そのとき、俺達の前に四つの人影が現れる。
「ちょっとカルラ!ひどいよ!」
「ああ、すみません」
投げ飛ばされたロロが追いついたのも、ちょうどその時。状況が状況なので、まともに相手をすることもない。
俺は目線を男達から離さなかった。ビスタを拐ったアイツもそうだが、並々ならぬオーラは常人のものではない。特に、顔をフードで隠した真ん中の男は特段俺への敵意を放っている。
「貴方達はこの男の仲間ですか?」
「……」
俺の問いかけに、誰も答えようとはしない。
「私達にいったい何の用ですか?」
「……」
やはり返答はない。
そんな状況に痺れを切らしたのか、横で見ていたリサが強い口調で吠えた。
「おい! なんとか言ったらどうだ!」
「黙れ」
声を荒げたリサに対して、フードの男は静かに言い返したかと思えば、掌から火炎を放って牽制した。
「くっ!?」
もちろんそれを容易く受けるリサではない。不意を突かれたものの、影へと潜って炎を回避する。
俺は今の声と炎に少し覚えがあった。その正体が何だったのか記憶を探っていると、男の方から話しかけてきた。
「ククク…… 銀精剣のカルラさんよ。まだ俺のことが思い出せねえか?」
どうやら男は俺のことを知っているようだ。だが、男の煽りを受けても俺はまだ思い出せない。なので改めて素性を問うた。
「……誰なんだ貴方は」
「おーおー、酷いねぇ、折角久しぶりの再会だっていうのに」
そのあっけからんとした態度は、人数的な優位からくる余裕か、それとも己の腕に自信がえるのか、どちらにせよ、俺はその態度を許すわけにはいかなかった。
「誰だと聞いている!!!」
そんな口調で発言しては、もちろんイヤ
リングの呪いが発動して、俺に耳を締め上げる幻覚が起きる。
だがそんなことは構っていられない、俺は語気を強めるしかなかった。
何か直感的なものが、この男は危険だと俺に知らせてくるのだ。
「おぉ怖い怖い、弱虫カルラが偉く勇ましくなったもんだな」
弱虫カルラ。
この世で俺のことをそんな風に呼ぶのは、一人しか心当たりがない。全てを悟った俺に衝撃が走る。
「ッ!? その声、その炎。まさか貴方は……!?」
「チッ、やっと思い出したかよ」
男はフードを外し、その素顔が明らかになる。
「えっ!? 」
「うそ……」
その顔を見て、リサとロロの二人は驚いた。
そりゃそうだ。男は、俺に瓜二つだったんだから。
「久しぶりだなァ、クソ兄貴ィ」
「リインッ……!」
リイン・セントラルク。俺の双子の弟。
彼は邪悪な笑みを浮かべて、俺達の前に立ちはだかっていた。
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